結婚前に義兄宅を訪れた際「出身学校の教育方針は?」と問われました。とっさに相手の意図を忖度して「良妻賢母です」と答えました。ま、自身も穏やかな家庭が築けるならば自我を極力抑えれば良いのではという根拠のない漠然とした予感があったからでもあります。予想通り義兄からは「それは良い」との反応をもらいました。
その後スタートした結婚生活ではさまざまな納得いかないことがあったのですが、いつも(我慢、我慢)と自らに言い聞かせて献身を心掛けました。明治生まれの父親から叩き込まれた(女は男に逆らうな)が行動規範だったのです。不満を感じるのは自分が間違っているからだと思うしかなかったような気がします。
ところが、近年読むようになったネットの記事に『男尊女卑』に悩むまたは悩んできた人たちのものがあり、それらの経験や疑問や立腹のエピソードが過去に私が経験したことと似通っていることに驚いています。まったく接点のない女性たちが未だに同じような理不尽を感じていることにこの国は変わっていないのだと落胆してしまいます。
もっと早い時期に気づいていればと思うこと、それは『自分の考えを主張してみること』です。(自分を抑え込んで男の言うことを黙って聞いていれば食わせてもらえる)という親の叩き込みにはもっと反発しても良かったのだと今になって気づくなんて......はぁ~っ。
ハッキリ言って私の人生(黙って男の言うことを聞いていては食っていけない)ことの連続でした。女一人で七転八倒しながら生きて来て思うことは、この国はまだまだ男尊女卑の考え方を払しょくできていないのだなあということです。
一人一人の個性と能力が尊重され最大限生かせるなら男も女も関係ない、そんな社会ならいいなあと思います。
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