「いいね」と言われなくても

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 誰でもがネット上に個人的な意見や主張を展開できて、それを不特定多数の人が読み「賛成・反対」の反応をこれまたネット上に返してくることが日常になって、人はより強く『承認』を求めるようになったような気がする。


 これまでは自分の意見を発信してもそれに反応するのは生活範囲で接触する限りの人々で、賛成であろうと反対であろうと言葉で反応が返ってくる経験はそう多くはなかった。その代わりに陰口を言われたり仲間外れにされたりという現象として反応を確認させられていたのだろう。

 陰口を広められたり仲間外れにされることは決して楽しいことではない。そんな不愉快さをネット上の「無視」からも感じるのだろうか。ネットの反応は実世界で出会ったりつながったりした相手によるものではないので、こちらの実人格を正確に知っている人たちの反応ではない。



 会ったことも無いネット住民から「いいね」と言われなくてもいいじゃないかと私は思う。重要なのは自分が自分に「いいね」と言うことで、現実世界で悩みつつも懸命に生きていることを自ら承認することだと思っている。


 自分の人生を他人の「いいね」で左右されたくはない。


 

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このページは、tsuyuが2023年4月19日 20:22に書いたブログ記事です。

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