今日も日が暮れて夜になりました。ということは、とりもなおさず数少ない生存日数の一日を消費したということです。
今日一日何をしたんだろう、と振り返ります。いつも通りに家事をして、ベランダの鉢にご機嫌伺いをし、テレビを観たりという判を押したような変わり映えのしない過ごし方です。
でも、この「変わり映えのしない」ということがとても有難いことではないかと痛感するのです。とりわけ今読んでいる「安楽病棟」に書かれていることを考えると「変わり映えのしない」日々を大切にしなくてはならないと、改めて思うわけです。
さあ、明日からまた仕事です。
がんばろう!知らんけど。
(「知らんけど」っていま流行っているようですね。発言の最後に「知らんけど」と付け加えるらしいですけど、面白いなと思ってます。知らんけど)
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