マスク着用を考える

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また増加の傾向を示す新型コロナウイルス感染者数ですが、発生から既に3年の月日が過ぎようとしています。

そろそろ疲れてきました。個人的にも社会全体も。



そんな中、街を歩けばほぼすべての人がマスク姿。さまざまな呼びかけポスターにも「出かける時にはまずマスク」という表現が目立ちます。

はたしてそうでしょうか?マスクは絶対善でしょうか?



私は90%以上の人が抵抗もせずにいまだにマスクを着用している姿を異常だと感じます。

メディアのアンケートで「なぜマスクをはずさないのですか?」という問いに「他者からの非難がこわいから」という答えがあります。たぶん、日本人の多くの気持ちはこれでしょう。マスク着用に抵抗のない文化があったことも大きな理由にあげられるでしょう。



人は誰かの呼びかけに必ずしも同調できない場合があるはずです。その自己主張が許されない状態は怖いのではないかと思うのです。もちろん、それが絶対に社会の害になるものでない限りの話ですが。

マスクに限って言えば、政府は密集条件にない場合はマスクをはずしても良いと言っています。パンデミック当初で何もわからなかったころに比べると、コロナの感染は閉鎖空間におけるエアロゾルによるという研究も発表されています。エアロゾルで感染が生じるのならその状態でない場所でならマスクをはずすこともできるはずです。


活動を制限するあまり、人の活動は委縮し経済も健康にも悪影響が目立ち始めました。



たかがマスクという人もいるでしょうが、発生から3年たっても、マスクをしていなければ白い目で見られるような社会に改革発展の芽は育つでしょうか?近年「多様化」ということがしきりに言われるようになりました。ならば、自己判断でマスクを続ける人とはずす人とが共存してこそ、それを容認してこそ多様化の存在する社会とはいえないでしょうか?



 話は大きくなりますが、権力を握った人間が降る旗にゾロゾロと皆がくっついていく傾向の強い集団に異を唱えることは難しい。これは天動説をとなえたコペルニクスの昔からあることなのでしょうが、現在の日本では特に自らの集団迎合性向を内省しなければならないように思います。


自ら考えて行動する。行動したからには責任を持つ。少数意見を無視したり排除したりしない。
現在のマスク着用状況を見ながら、私は日本の夜明けは遠いのではないかと危惧しています。

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このページは、tsuyuが2022年11月 3日 15:40に書いたブログ記事です。

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