今朝7:00-7:30の「ボクらの時代」(フジテレビ)を見ました。
出演者は、シェリー、パックン、厚切りジェイソンの三人。
シェリーはアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ日本で育ったハーフ、
パックンと厚切りジェイソンは生粋のアメリカ人で奥さんが日本人。
そうだろうなあ・・・という予想はあったのですが、
パックンはトランプ不支持でジェイソンはトランプ支持のようです。
どちらかと言うと日本人が親しみやすいのはパックンかな。
ジェイソンは典型的アメリカ人のような気がします。
シェリーは日本生まれの日本育ちなのですが、見た目が外国人という個性があります。
自己を主張しなければ生きていけないアメリカと、
自己を主張すれば生き辛い日本、
そんな二国の違いを彼らが語っていたように感じました。
昔に比べると、
テレビやネットや旅行などで海外の情報に触れる機会は多くなったのだけれど、
日本人は未だに(目の前の外国人が日本の事を何も知らない)前提で相対してしまう傾向なのでしょうね。
グローバルって、外国語で会話ができれば O.K ということではなく、
互いのアイデンティティを育んだ文化や風土は違うということを当然のこととして踏まえた上で、
それでも理解し合う為に自分をどれだけ表現し説明できるかということだと思うのです。
その為には、
自らのアイデンティティを説明できるだけの知識・教養と自分の意見を持たなければならず、
何となくフワッと生きているかに見える日本社会はジェイソンのようなアメリカ人にはもどかしいのかもしれません。
それにしても、ここからは番組とは関係なく、私が最近思っていることですが、
日本人は礼儀正しくて勤勉だと言われてきましたが、
それは今でもそうなのでしょうか?
どうも最近は違うような気がします。
日本人が礼儀正しくて勤勉だったのは、そうするようにという社会的プレッシャーが強かったせいかも・・・
その社会的プレッシャーが分散して弱まった結果、
現代の日本人は何を善しとして何を悪とみなすかの価値観を見失っているように見受けます。
全ては乳幼児からの教育にかかっているのだと、私は最近強く思っています。
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