毎週金曜日にヤクルト・レディーが訪問して来てくれる。
以前から、たまに来てくれてはいたのだが、買うか買わないかはその日の気分次第だった。
年齢60歳を過ぎて、身辺さまざまな生活様式の変化が生じている。
体を動かす機会は減少し、体内の諸症状が老化へ向けてまっしぐら。
そんな症状の中で、特に不快なのが "便秘"。
約一ヶ月くらい前、在宅中にヤクルト・レディーの訪問を受けて、何種類かの商品を購入した。
それが功を奏したのかどうか定かではないが、お腹の調子が良いような気がして、
ここのところ毎週金曜日には同じ商品を買うようになった。
ヤクルトと言えば、
私はその存在を保育園の頃から知っている。
約60年前のことである。
私の生まれ故郷は山間の農村地帯であり、
農業を営む家庭にとって幼児を預かってくれる保育園は有り難い施設だったろう。
保育園では幼児のおやつとして、毎日1本のヤクルトを子供たちに飲ませていた。
私自身はというと、保育園の集団生活になじめず、毎朝門のところで駄々をこねていたように覚えている。
そんな私がクッキリ覚えているある朝の光景。
それは、
保育園の入り口で、そこまで送ってきた誰か(母か姉か忘れた)から離れようとしない私に、
迎えに出て来た保育士さんが、ちょうど届けられたばかりのヤクルトのケースから1本取り出して私を誘った。
その時のヤクルトの誘惑。その1本をじっと見つめた自分の視線が今でも思い浮かぶ。
結局、私はヤクルトの魅力に負けて園内に誘い込まれたというわけ。
おそるべし、ヤクルトの力!!(って、力の内容が違うか・・・)
まあ、そういうわけで、何が言いたいかというと、ヤクルトはそんな昔からあるんだよね、ということ。
そして未だに愛飲者がいて企業が続いているという事実が意味するところは、
ヤクルトの力(こちらは本当の意味での力)って本物なんだねということ。
何事も、長く続くにはそれなりの裏打ちがあることを、ヤクルト飲みながら改めて認識した次第。
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