昨日は勤務先マンションのゴミ置き場整理整頓に行ってきました。思ったほどひどい状態ではなくて、12時までに何とか片を付けてきました。居住者の皆さんに「ありがとう」の気持ちです。
清掃人兼管理人として仕事をして5年、居住者さんたちに訴えるには(過ちを指摘し注意する)ことより(より良い環境を作って見せる)ことだと感じています。一日に何度もゴミ置き場の整理整頓をして常に整った状態を保っていれば、居住者の皆さんもそれに倣ってくださるようです。もちろんこれは居住者の皆さんの社会的な意識レベルの高さあってのことだと思っています。良い物件で仕事をさせてもらっていることに感謝です。
清掃が一番重要な仕事ではありますが、その一方で管理人業務もおろそかにできません。
昨日も一件水のトラブルの訴えが寄せられたのですが、スムーズな受け答えができず、最初の対応につまずきました。
昨日は通常の勤務日ではなくゴミ置き場整理のためだけの自発出勤のつもりだったし、支店も年始休業中なのでトラブル解決は無理だろうということが最初に頭に浮かんだので「さあ、どうしよう...」という気持ちが初動を鈍らせました。
その後、支店休業中でも24時間対応しているお客様センターとのやり取りで何とか事態を把握してお客様への対応をできましたが、あれで良かったのだろうかとの反省をずっと引きずっています。お客様相手の仕事の難しさを痛感しています。
トラブルが即解決できないにしてもお客様が納得する終わり方とは?常に心掛けてはいるつもりでも、次第にテキパキと反応できなくなっていることを自覚するようになりました。これは仕事に限らずすべてのことに関してです。そう、まさしくこれが老化の為せる変化だろうと認めざるを得ません。
まあいいさ、若い者と同じようにサッサと考えたり動いたりできなくても、それなりに動いていればいいさと開き直ったりするのですが、しばらくは後悔の念を引きずりそうです。
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