世は挙げて個人情報保護時代。

「知られたくない」が保護される。

なのに、一方では「知られたい」という願望を抱く人も多い。

矛盾しているのではないかと感じることが多い。



マンション管理員として働く私も個人情報の取り扱いに関する指示が常に通達される。

これから長期にわたって勤められる立場ではないし興味も無いから、

私は居住者に関しての個人的な情報は覚えないようにしている。


人にかかわる仕事をする者にとっては難しい時代だと思う。



ただ、世間を賑わす話題に触れていると、

「私の事を知らせたい、知ってほしい。有名になりたい。」という行動が多く見られる。


インターネットに自分の情報を投稿して話題を集めたい。

個人のアート作品や文芸作品で一儲けしたい。

テレビや劇場などでパフォーマンスを披露して人気者になりたい。



世に名を馳せるようになれば私生活が暴露されるのは昔も今も変わらない。

人に名や顔を覚えてもらおうと志せば、それはある程度覚悟しなければならない。



多くの人々に「知られたい」のか「知られたくない」のか、どっちなんだよ!

名前も住所も出身地も趣味も思考傾向もその他もろもろ多くの個人情報を知らないで、

目の前に相対する人とどうやって良好な人間関係を築けと言うの?

視覚情報だけで相手を推し量って付き合えってか?



むーっ、もう何が何だかわけがわからない時代。


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政治に関しての発言は極力控えたいと思ってきた。

しかし、この度の衆議院選挙に関する動向を見ていて不気味な不快感を拭えないでいる。



インターネット上でこんな動画が紹介されていることを知った。

金子修介の雑記 "Essay"」 

総務省と明るい選挙推進協会が選挙啓発のために2005年に制作した動画である。

その中に出てくる政党の名前が "希望の党☆"。

すでにネットでは話題になっているらしい。



一般社会集団においても、ある人物をやり玉に挙げて攻撃することで自らが主導権を奪取しようという人間がいる。

また、そうした人物に風が吹くと、自分もその風に乗りたいと吹き寄せられる人間は多い。

「そうだ、そうだ」「そうよ、そうよ」と、いつの間にか微風から竜巻になった勢いに巻き込まれた結果、

実は、やり玉に挙げられて追い落とされた人間の方がマシだったのではないか・・・

と、後悔するという事例は多々ある。


自ら神輿のてっぺんに乗ることに名乗りを上げる人間は、往々にして、乗ってしまえば満願成就。

つまり、一度は神輿のてっぺんで「してやったり」の快感を得ることだけが目的だったりする。



選挙がある度に思うことだけれど、

「この人たちの中から選んでください」と提示されるだけで選ぶ虚しさ。



よほど心して選ばないと、本当にこの国は危ういことになるような気がしてならない。



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駅の構内で呼び止められた。

20年近く前に同じ職場で働いていた知人女性。

その第一声が「ねぇねぇ、露草さん太った?」。



親譲りの太りやすい体質なので、小太り人生は覚悟している。

それに、高齢になって代謝が悪くなっているのか、動けども動けども痩せない。



近くには住んでいるが、ここ十数年は会うこともなく過ぎてきた知人女性のこの言葉、

彼女の記憶にある私はどれほど引き締まった体だったのだろう?

あの頃は頻繁に山登りをしていたしなぁ・・・



オシャレとも無縁な私だし、このまま小太り人生で終わりそうだな・・・


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昨日、昼時にファミリーレストランを利用した。

接客してくれた若い女性は細身で彫りの深いハッキリした顔立ち。

外国人(フィリピンか東南アジア系)かなと思ったけれど、

ハキハキと正確な日本語を喋り接遇態度も完璧。

最近は日本人でもメイク次第だし親が外国人でも日本育ちということもあるし・・・

名札を確認しようとしたが、よく見えなかった。



いつも些細なことにひっかかって確かめたくなる私の癖。



頼んだメニューには牡蠣の調理方法にフライとグラタンが選べるものが含まれていた。

昼食で揚げ物を食べると夕方あたりに胃がシクシクする私は「グラタンを」と頼んだ・・・と思う。


いざ料理が目の前に届くと、そこにはカキフライが。。。

「え、わたし、グラタン頼まなかった?」と言ったら、

そのウェイトレスさん、「いいえ、確かにフライとおっしゃいました。わたし覚えていますもの」と、即座に断定。

こちらとしては、オーダーの時に脳内にグラタンの画像を浮かべながら「グラタンでお願い」と言った記憶があるので???

・・・まあ、年のせいで頭の中と口から出す言葉が符合しないままに思い込んだかもしれないし・・・

ということで、「じゃあ、作り直しますか」と言う彼女を押しとどめて「どちらでも食べられるから大丈夫、大丈夫」と良い人ぶった私。

これって、典型的日本人だよなあ・・・と自身で苦笑い。


相手が誰であろうと(客であろうと)自分の正当性を即座にハッキリ言うその一言で、この女性は確かに外国人だと確信できた。


この場合、日本人ウェイトレスだったらどうだろう?

明らかに客の思い違いと思っても「申し訳ありません、ただ今お取替えいたします」といった対応をするのではないか?

自分自身ならと考えてみると、

「あなた間違えてるわよ」と言われたら、まずは自らの言動を振り返りモタモタしてしまうだろう。

そして、おそらくは、自分の言い分を引っ込めてしまいそうだ。

まして自分の記憶にすっかり自信を失っている今なら尚更のこと。



どちらが良いとか悪いとかいう問題ではなく、

ほんの小さな出来事から、民族文化の違いについて考えさせられた。


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僕は9歳のときから死と向きあってきた』  柳田邦男:著     新潮社:刊


死生観とは人がこの世にあるうちに完成することはないのだと思う。

何度も何度も繰り返し「生きるとは・・・」「死するとは・・・」と問いかけ続けることで紡がれていくもののような気がする。

人生の意味を問うことは、すなわち、死の意味を問うことだと確信するようになった。


この書の中で著者が「自分の死を創る」時代の提言をしている。



振り返れば自分も、この本の著者:柳田邦男さんと同じように、

小学校4-5年の頃から常に死というものに向き合って生きてきた。

世間的にみれば底辺を這いずり回るような人生かもしれないが、

常に死を意識し考え続けてきたことが折々の経験を意味あるものとして感じさせ、

現在の年齢まで歩みを止めずに来られた原動力だったような気がする。



人間というものは【物語】を語らなければ理解できない。

自分のためにも、他者との理解のためにも。

そして、【物語】のために有効な方法が【書く】ことだと柳田邦男さんもこの著の中で述べている。

他人に読ませるためではなく、

ただ自分の考えを整理し、生きる指標として脳内に根付かせるためにも【書く】という行為は有効である。


死を考えることは今を悔いなく生きることである。

改めて強くそう想う。



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忘れる人、忘れない人

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つい最近こんな言葉を目にした。

「恩を受けた人は忘れてはいけない。恩を与えた人は忘れた方が良い」

一字一句が同じではないが、大体そういう意味の言葉。



同じような言い方で、

「いじめた者は忘れているが、いじめられた者は忘れない」ということを言う人もいる。




できれば、

誰かが繰り返し思い出したくなる温もりの記憶の登場人物として人の心に残りたいものだ。



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「親の顔が見てみたい」と思うような振る舞いをする人を見かけることがある。

それは若い人に限らず、いい歳をした年配者の場合もある。

前職にあった時、そういう思いを抱かせる人物に何人も出会った。



口先できれいごとを語っても、実際の行いが伴わなければ子供の身にはつかない。

むしろ、何も語らない背中こそ、子供はしっかり見ている。

どんなに反抗しようとも、子は親の後からその背中を見ながら歩むしかないのだから。



還暦過ぎた人間が「親の顔が見てみたい」などと密かに思われているとしたら、

なんとも情けない話ではないか。



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勤務先のマンションは機械式立体駐車場。

1階と4階はハイルーフの駐車が可能だが、2階と3階はノーマル・スペース。

その2階の契約者が、高さも確認せずに新車に買い替えてしまったところから話が始まった。



7月末のある朝、その男性(50代)が車庫証明の書類を持ってきた。

書類はなるべく早く作ってほしい様子。

ただ、その時すでに彼には新車の車高が現在のスペースにおさまるかどうかに不安があった様子。

駐車場関係の書類を調べてみると彼のほしい車の高さは現在のスペースにおさまらないことが判明。

駐車場の説明図を添えてその旨を伝えておいた。


その時点で私は(まさか、もう既に買っちゃったとか?)と思ったのだが、あえて追及はしなかった。

彼も「もう買っちゃったんだよ」とは言わなかった。

まあ、車庫証明が必要ということは売買契約は成立しているということだが。


すると、彼は私にハイルーフ・スペースの契約者で現在の自分の場所と替わってくれる人を探してくれと言う。

彼に代わって私が誰かに頭を下げて【お願い】するなんて変な話。

この話、マネージャーに報告し理事会の議題にもしてアレコレしている間に一ヶ月が経過。


途中で2・3回彼に出会ったので「あれからどうしましたか?」と訊ねると、

「私はあなたの前任管理員に頼まれて、昨年暮れにハイルーフ・スペースから今の場所に変わってあげたんだ」

「だから、今度はあなたが私の為に場所を交替してくれる人を探してくれて当たり前じゃないか」と言う。


前任者の仕事ぶりに疑念を感じていた私の直感は当たっていたようで、

彼女は居住者の個人的な関係の調整にまで踏み込んで"管理"していたことが次第に明らかになってきた。

私はそこまで請け負いませんから。

そんな人間関係の調整のようなことまで仕事の契約には含まれていませんから。

もちろん、こんなことは彼に面と向かっては言えませんが、ね。



それにしてもこの男性、何がいけ好かないと言って、まず自分のミスを認めない事。

絶対に「自分が悪かった」とは言わず、ひたすら、場所の交替を仲介しない管理員が悪いという論調で押し通す。

マンションの駐車場以外を借りようとする自助努力をしない。

こちらが「無理です」という内容をやんわり伝えているのに引き下がらない。


挙句の果てに

「マネージャーに相談するとか、理事会にかけてみるとか言わずに、

私はこういう風にこの話をすすめますと言えばいいんだ。

それが(仕事ができる)ということだ」とのお説教までされた。



私は、

「申し訳ありません。管理員とはいっても、私はただの掃除のおばちゃんですから。何の権限も力も無いんですよ」

「それに、このマンションの管理員になったばかりで、前任者と違って、まだ居住者様のお顔もよくわかりませんし・・・」

としか言いようがない。




そもそもは、あんたがよく確かめもせずに車を買っちゃったことが発端ですからぁ

わたしゃ知りませんよ(怒)。


昔から『無理を通せば道理が引っ込む』と言ってね、私はそれが大っ嫌いな人間ですからぁ

納得のいかないことの片棒を担ぐつもりはありませんから、悪しからず。



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電車に飛び込むのはやめて

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昨日の朝、いつもの乗り継ぎ駅に降り立つと、駅員さんの前に長蛇の列が!!

異常事態は駅構内の空気で分かった。



「○○駅で人身事故発生のため上下線運転を取りやめております」のアナウンス。

このところ目にしない日はないくらい多くなった人身事故発生の電光掲示板案内。

今回は、私もそのあおりを食らってしまったわけ。


私は時給のパートだから出勤が遅くなれば給料が減るだけなんだけど、今日は可燃ゴミの回収日。

回収車は8時半には来てしまう。

24時間ゴミ出しOKのマンションなので、一度回収を逃すとゴミ置き場が大変なことになる。

しかも、次の日から2日間は私の休務日。

8時までには職場に到着したい。


急きょ別の路線に乗り換え、いつもと違う駅からバスに乗り換えて8時ギリギリで職場に到着した。

昨日のゴミ出しは何とか無事に終えることができた(ヤレヤレ)。

毎日1時間のゆとりをもって出勤していたことが幸いしたようだ。


一人の人間が電車に飛び込んだことでどれだけの人が迷惑を蒙ったのだろう。

つくづく思った・・・「電車に飛び込むのはやめて!!」と。


以前、【振り替え輸送】という言葉をニュースで聞いた時、

そんなに急に代替の交通手段を手配できるのだろうかという疑問を抱いていたが、

今日自分がその目にあって【振り替え輸送】の意味が分かった。

駅で発行される証明のキップを貰うと、乗り継ぐ電車やバスがフリーになるというシステムだということ。


急な変更にもかかわらずスムーズに対応できた自分はまだ呆けてはいないと、妙なところで妙な安心をした。



それにしても、

電車に飛び込むのはやめてぇーーー!!

ほっんとう(強調)に影響が大きすぎるから・・・


最近の私は、ホームに電車が接近してくると、その運転席に座る運転士さんを見るようになった。

彼(または彼女)の電車が安全に運行できますようにと祈りながら。



みんな生き辛さに押しつぶされそうな昨今だが、

どんな理由があろうとも、電車に飛び込んではいけません。



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そのレジ袋、有料ですから

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 こんなに雨脚が強くなるなら、頭からスッポリ被(かぶ)るレインコートを持って出れば良かった。それに、折り畳み傘ではなく普通の雨傘にすれば良かった。そんな後悔をつぶやきながら用事を片づけてきた。




 バス停から自宅までの間にあるスーパーで夕食の買物。ここは全ての商品の値段が少々高め。でも、日用品まで揃う自宅近くのスーパーはここしかないので、たいがいの物はここで買っている。


 レジ清算を終えて袋詰め用の台が空くのを待っていると、年の頃70代と思しき男性が箱詰め中。選んだ段ボール箱がやや小さかったと見え、入りきらない食材が4-5点台の上に転がっている。と、そのおじさん、ツカツカと店員のいないレジの横に吊り下げられているレジ袋を一枚めくり取った。ちょうどその瞬間、(この人どうするんだろう。早く台を空けてほしいんだけど・・・)と思いつつ視線を投げかけていた私と目があった。目元に浮かべている笑みを見ると、さほど悪気なくレジ袋を失敬しようとしている様子。


 見て見ぬふりをすべきか、それとも・・・と一瞬思ったけれど、こうした時に黙って見過ごせないのが私の性分。とはいえ、相手に恥をかかせてもいけないので、いつも声の大きい私にしては控えめな音量で「あのお、ここはレジ袋有料ですよ。3円です」とおじさんの顔を見ながらつぶやいた。


 ま、その直後に彼がレジに行って支払いを済ませたので何事も無く終わったけれど、ちかごろは滅多なことで他人の行為を注意したりはしない方が良い時代。私のように "黙っておれない症候群" の人間にとっては、人なかを出歩くと(ひと言言いたい、でもやめとかなくっちゃ)という場面に多々遭遇し、喉(声帯)がムズ痒くなることしばしば。



 おにいさん(いや、おじさん?それとも、おじいさん?)、ごめんね。私と目があったのが運のつきと諦めてね。



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