マスクと消毒液のこと

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 新型コロナウイルスの拡がりでマスクの着用とアルコール消毒の有効性が報道され、各店舗の棚からその両品が消えている。

 勤め先のマンションにもアルコール消毒液を設置したいのだけれど、発注しても品物がないので設置できないでいる。


 個人的には、この新型コロナウイルスのニュースが出る前にマスクは130枚入りを2箱買っていたので問題なし。昔はマスクなんて使ったことがなかったけれど、現在の仕事で通勤するようになって、寒い季節だけは、喉と鼻の乾燥防止と冷気緩和のために着用している。

 職場に1箱と自宅に1箱、これでシーズンは足りると思っている。いま買いだめに走る人たちは一人で何箱も購入するようだけれど、大箱なら100枚前後入っているのだから一人一箱にして、多くの人の手に渡るようにすれば良いのに。情報によればネットで高値を付けて転売している輩がいるそうで、なんとまあ公徳心に欠ける行動よと嘆かわしくなる。


 アルコール消毒に関しては、昔からアルコールティッシュは常備で持ち歩いているので、こちらも予備を含めて、個人的には大丈夫だった。

 アルコール消毒液と言えばボトルにこだわってしまいがちだけれど、アルコールタオルやティッシュが案外使いやすい。先週お店で見たら、プラスチックケースに詰め替え用の袋入り品は結構残っていたので、私はこの詰め替え用をシール容器に入れ引っ張り出して使っている。職場マンションの手すりやプッシュボタンを拭くのに、これが意外と便利。


 まだまだ全体像が見えてこない新型コロナウイルスの流行だけれど、さあ、これからどうなっていくのだろう。確実に人の外出が減少していることは土日の電車内を見ればハッキリ分かる。

 誰かにどうにかしてくれと要求する前に、まずは、自分自身の管理から始めるしかないのだろう。



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 今、新型コロナウイルスがどのように感染拡大しているか不明な中、一般庶民の(特に勤め人)生活は通常通りに動いていくしか仕方のない現状。めっきり移動の人影は減ってはいるものの、学生や勤め人は公共交通機関で移動の毎日だ。


 あれほどメディアで報道されれば不安は否応なく膨らんでいくというものだが、敵が見えぬだけにどう気を付ければ良いのか分からず、ええいままよ!罹患したらした時のこととやけくそに近い心持ちである。


 とりあえず明日も仕事。明後日は祝日の日曜日でゴミ出し業務のない日なのでお休みになる。


 いろいろな方面から国の対策に批判が為されているが、この初めての事態に誰が適切に対応できただろう。と言いながら、究極のリスクに備える危機感の無いこの国の弱点がこの度露呈したのだと思う。


 もう「夢見る夢子(夢男)さん」ではいられないと思い知らなければならない。この国が襲撃される危機はどこかの国の武力だけではなく、今回のような自然発生の場合もあるということ。


 一朝ことが起これば即それに対応できる体制作りの必要性を皆が認めなくてはならないだろう。


 緊張感に欠けるこの国に「喝!」。


 誰かがやってくれるではなく、自分も当事者になるという覚悟で常に考えたほうが身のためだと思う。



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 毎日、新型コロナウイルスのニュースが報じられている。勢いは一向に下火にならず、いまやどこで誰が感染するかわからない状況になっているらしい。特に高齢者や持病のある人が重症化する傾向にあるそうだ。


 仕事のある私は出かけないわけにはいかず電車に乗る。いつもなら遊びに出かける人たちで、平日とは顔ぶれの違う人たちが多く乗り込んでいる電車も、昨日今日は出控えているのか乗車人数が極端に少ない。


 見えない新型コロナウイルスの魔の手が、もう既に近くに存在するかもしれないと感じ始めている。


 私も高齢者に違いないので、もし感染したなら重症化の可能性はある。これからどうなるのだろうと思いつつ、日常生活を続けている。



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 先週映画を観た時、「ダウントン・アビー」と「パラサイト」を天秤にかけて「ダウントン・アビー」を観たけれど、「パラサイト」がアカデミー賞を受賞したというニュースを見て改めて今日鑑賞しようと映画館に足を運んだ。

 アカデミー賞受賞が決定された昨日の今日で、平日にもかかわらず多くの人が鑑賞に訪れていた。


 鑑賞後の感想としては「観て良かった」と思う。テレビで色々な人が「パラサイト」に関する評価を話していたが、それらの一つ一つを得心できる映画だった。



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 通勤で利用する最寄りの駅への道には、ちょうど行程の半ばあたりに急坂がある。斜度30-40度くらいに感じる(数字に弱いので正確かどうかはわからないが)。自宅を出ていったん下がって、その後上って平坦な道という行程で駅まで12-13分。

 
 亡夫はこの坂道を上るのが苦しくなったことで体の異変に気付いた。自分も最近この坂道で動悸と息切れがするようになり、亡夫の発病時のことを思い出すことが多くなっている。年齢のせいだとは思うが、上りきったところからしばらくは呼吸が荒くなる。


 その急坂は途中で右に90度くらい曲がっており、曲がってすぐの道路わきに数年前に綺麗なアパートができた。セキュリティがしっかりしていそうな二階建て10戸足らずの部屋数である。自分の現在の仕事柄、集合住宅の管理状況に目が行ってしまうが、ここはしっかり管理されている。

 このアパートの道路沿いには1本のハナミズキが植えてあり、その足元に、一つのライトが木を照らすような向きで設置されている。その照明が問題で、特に夜明けの遅い冬場に私を悩ませていた。息を切らせて坂を上り、あと少しで平坦道路という直前でカッと光が目に飛び込んで来る向きになっていたのだ。何度経験しても慣れることのない"光のダメージ"にずっと悩まされていた。建物管理業務に従事している者としては、これは照明の向きを少し変えれば済むことだと思い続けてきた。

 昨年秋、仕事帰りにその照明の傍に、植栽の手入れに来たと思しき人を見つけた。管轄違いだとは分かっていたが、ダメ元で声をかけた。「あのね、この照明の向きを変えてほしいのだけれど何とかならないかしら」と。案の定、彼は「さあ、自分たちは木の手入れに来ただけなので・・・」と答えた。それはそうだと、私は状況が改善されることに期待はしなかった。


 ところが、年が明けてしばらくして、私は照明の向きが変わっていることに気が付いた。あの植栽管理のお兄さんが私の要望をちゃんと管理会社に伝えてくれたらしい。私は、その照明のまぶしさが解消されたこと以上に、植栽担当という管轄外の部署でありながら、ちゃんと要望を伝えてくれていたお兄さんに対する感謝の気持ちで嬉しくなったという次第。


 日本人の、仕事に関する能力が低下しているのではないかという不安と落胆の日々に、まだまだ捨てたものではないと思わせてくれるエピソードのひとつにはなると思って嬉しかった。



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今日は暖かくなった

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 昨日は、今にも雪になりそうな雨が一日降り続き、とても冷え込んだ。今日は、昼前から天気が良くなり午後には快晴と言えるほどの天候だった。気温も高くて、防寒着が不要なくらいだった。


 昨日は冷たい雨の中、先週担当者が休みで空振りだった美容院に行ってみたが、こんどは担当者が手一杯で1時間待ちだと言うので、またまた諦めた。次のチャンスは一週間後の2月4日。白髪がそうとう目立ってきたけれど、仕方がない。



 今日はフラリと映画を観に行って来た。NHKで放送していたこともある「ダウントン・アビー」。イギリスの上流社会を描いたドラマ。たまには英語の会話を耳にするのも良いかな・・・というくらいの動機。

 平日のレディース・デーということもあり、映画館は女性がいっぱいだった。私と同年配またはそれ以上かなと思しき女性たちが多かった。皆おしゃれだなあと思った。特に「ダウントン・アビー」を鑑賞した女性にはスタイリッシュな人が多いと感じたのは偏見だろうか。上映後にダンスのステップを踏みながら連れと楽しそうに会話していたベレー帽を被った女性は、ひときわ「ダウントン・アビー」の世界を楽しんだように見えた。


 明日からはまた仕事。新型コロナウイルスの感染は気になるけれど、人ごみの中を移動せざるを得ない。

 今日は中国の武漢から日本人を帰国させるために政府がチャーター機を飛ばして約200人が帰国。うち7人に疑わしい症状が出ているそうだ。この感染症の今後はどうなっていくのだろう・・・



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考えが追いついていかない

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 もともと頭の回転が速い方ではなかったけれど、ここ数年、急激に理解力が衰えていることを自覚せざるを得ないようになった。

 一方で、世界で起きていることは目まぐるしくて、何がどうなっているのかを理解する前に次の事態が進んでいるという毎日。

 それでも、事態の一端でも理解したいと思って、一生懸命に報道を追っている。仕事と報道ウオッチと睡眠時間確保とであっという間に日数が積み重なっていくばかりで、頭の中は中途半端ばかりで埋め尽くされ、自分自身の暮らしの次の展開にまで考えが及ばないようになっている。


 とにかく言えることは、私は一生懸命だということ。


 「だから何だ」と周囲から冷ややかに突き放されそうだけれど、やはり人は、見えている世界が理解できることで自らの考えをまとめて未来への方向を決定できるという現実もある。そういう意味から、私はいま大混乱。



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歯医者に行った

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 昨年、歯茎が腫れて治療を受けた箇所が再び状態が悪くなったので、昨日、歯医者に行った。

 歯の根っこ二本のうち一本が相変わらず治っていないらしい。歯科医も「困ったなあ」を連発するばかりで、こちらも不安になる。提案された治療方法は、その奥歯を二分割して、悪い根につながる部分を除去して人口歯で補い、傍の歯につなぎ留めるという。

 歯が丈夫ではない家系の私は、できるだけ残存歯は大切にしたいと思っているところだったので、たとえ半分ではあっても抜歯することに抵抗があり、素早い承諾をためらった。

 医師としてはそれ以外に方法は無いという方針を強く主張しながらも、二・三回のレーザー治療の提案をしてくれたので、とりあえずはそちらを試してもらうことにした。


 高齢になれば、さまざまなことを諦めて手放すことに執着はない私だけれど、せっかくここまで維持してきた自分の歯を失うことにだけは強い抵抗を感じる。



 おいしく食事することを楽しみにしている私にとって、口腔内の健康はあらゆる身体および精神の健康の基礎なのだ。



 それでも、レーザー治療が効果なければ、医師の提案通りの治療をせざるを得ないだろうなあ・・・と思いつつも覚悟は定まらない。



 昨年、何気なく見ていたテレビで"老年歯科"をうたう歯科医があるのを知った。偶然にもその歯科医は、私が現在仕事で通っている自治体にあるらしい。ただし、通うには少し複雑な交通手段になる。

 セカンドオピニオンで受診してみたい思いは抱きつつ、40年来世話になっている現在のかかりつけ歯科医への遠慮とその後の通院の遠さを考えると二の足を踏んでいる。


 歯医者を変えようかなあ・・・と思い始めたのは、長年世話になっている歯科医の変化にもある。もともと丁寧な説明と親切な対応が魅力だった医師の態度が、最近は何となく投げやりに感じるからだ。先生も年取ったのだなあと理解しつつも、患者としては不安になる。

 はあ--------ッ、どうしよ・・・



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また雨・・・

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 電車通勤していると毎日の天候が気になる。

 去年は雨降りの日が多かった。そうでなくとも制服や弁当やその他諸々荷物の多い私なのだ。それに雨具が加わるのはとても負担に感じるので天気予報のチェックは欠かせない日課になっている。


 年が改まったからといって自然現象まで別ものになる筈はないけれど、例年なら冬晴れが続いて乾燥が気になる季節だから、そろそろ雨天は遠ざかるかなという微かな希望的観測を抱いていた。なのに、なのに、仕事が始まったとたんの雨天予報。


 ああ、今年も雨にたたられる日々なのか・・・ふぅ------


 まあ、今回雨天予報が出ている今日・明日はお休みなのでセーフだけれど。



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 あることがキッカケでホームページ発信を始めたのが2001年。今年で19年間インターネットに住所を維持している。何度か抹消しようと思ったこともあるが、消すことはいつでもできると思い、その都度、抹消を思いとどまってきた。

 その間、ネット上の発信ツールはどんどん変化している。文章中心から画像や映像が喜ばれるようになった。忙しくネットチェックする人にとってパッと見てサッと次に移れるコンテンツは暇つぶしに最高なのだろう。深く読み込み深く考えることは求められない時代になっている。


 昨年暮れ、日本の子供たちの学力の中で読解力が特に低下していることが話題になった。そうだろうなあ・・・と思う。仕事上若い人とやり取りする機会が多いのだけれど、会話がスムーズに運ばないと感じることが増えた。それは自分が年配者だからだろうと言われれば、それもそうなのだが、若い人たちが『雑談』できなくなっているのではないかと思う。彼らが多くの時間を費やすのはスマホとの会話であって、スマホは切り返してくることもないし、こちらの共感を発声して知らせる必要もない。黙って無表情にスマホの画面を見つめていればいいだけだ。


 そんな現代の風潮に何かひとこと言おうという気はない。あらゆることは「なるようになる」のだから、じっとその行方を見守りながら対処していくしかない。


 昔、ある新聞社系のカルチャーセンターに登録して文章通信講座を長い間受講していたことがある。いろいろ勉強になったと思う一方で、文章技法ではなく、私が表現した感情内容に関して批判的かつ反論的な添削がされることがあった。

 多くの人に読んでもらえる文章、多くの人の共感を得られる文章を書くのは簡単ではない。文章で何かを伝えることを仕事にしているなら、伝えたい内容や書く立場で作文技法は異なってくることは当然だが、私が文章を綴るのは、文筆を職業にしようと思っているからではなく、口下手な私が胸の内を表現できるのは文章しかないからだ。だからその内容にいちゃもんを付けられても困る。そんな理由もあって、私は長年続けた文章通信講座を止めることにした。


 いま、私に残された表現手段は、ホームページとブログへの投稿のみである。


 更新頻度が間遠になることが多くなっていたけれど、今年は少しがんばってみようかな。まだこの世の住人であることの証明のように、インターネット内の住所も存続させてみようと思っている。




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