記念硬貨を手に入れてきた

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 「即位礼正殿の儀」にあたり発行された記念500円硬貨を入手してきた。

 もう無いものと思って出かけたが、幸いにも手にすることができた。


 過去にも数回、記念硬貨と言われるものを求めているが、もともとコレクションする行為に熱意がないので、数は少ない。それでも、折に触れ、取り出して眺めることがあり、その都度、発行当時のことが思い出されて懐かしい。



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台風19号通過後

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 非常に警戒を要する、これまで経験したこともない被害をもたらしかねないと、事前に報道を通じて注意の呼びかけがくり返されていた台風19号が通り過ぎて、今朝のテレビでは各地の被害状況を報じている。


 今回は、超大型台風で影響を受けた地域は広範囲だった。近畿・北陸・東海・甲信越・関東・東北そして現在は北海道の太平洋側あたりか・・・


 各地で河川が氾濫して周辺が浸水したようすがテレビ画面でつぎつぎに報じられている。そして現在、長野県の千曲川決壊の様子が集中的に伝えられているところ。


 このところ自然災害が発生するたびに報じられるのは「土砂崩れ」。


 私がインターネットで文章を書くようになった初期の頃、日本の治山放棄状態が気になって手に取ったある本(書名は失念。新書版だったか?)に「これから日本の国土に起こる深刻な問題は土砂崩れの連続発生」だと書いてあった。その部分は私の記憶に焼き付けられて、こうした災害が発生するたびによみがえってくる。


 「日本沈没」にしても、土砂崩れの連続発生を警告したその本にしても、なぜ社会の方向改善に活かせないのかと歯噛みする思いを常に抱く。


 個の利害を超えたところでものごとを俯瞰し、勇気ある決断をくだせる見識と教養を備える努力を惜しまない。政治家として選ばれるべき人間とは、そのような人物であってほしい。


 駆け引きのソロバン弾きばかりが上手い小賢しい人間や、親から受け継いだ金と人脈だけで選挙に当選してしまうおバカな政治家が闊歩する現実を繰り返し見ていると、ともすれば、この国に生きていることに絶望を覚えてしまいそうになる。



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もう行き過ぎた反省はしない

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 私は幼い頃に、癇癪持ちの父と兄にこっぴどく叱られながら育ったので、何かにつけて「自分が悪いから・・・」と思い悩む習慣が身についてしまったようだ。


 好かれたいと願うから献身的に他者に尽くそうとする。そして、その献身は体よく利用されるだけで何らの気持ちの見返りも無いということを繰り返してきた。


 70歳に近いこの年齢になって、今更だけど、もう行き過ぎた反省で悩み苦しむことはやめようと心に決めた。70年近く生きてきて、やっと、私が抱えてきた人間関係の困難の理由が見えるようになったからだ。それに、私に対して非道な態度を見せた人々も次々にこの世から去って、その都度、私の心の重石が取り除かれているということもある。私もいつの日か、そう遠くない日にこの世から姿を消すだろう。


 残された日々のページを、心軽やかに慈しみながら一枚一枚めくっていくことにしよう。



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嵐の前の・・・

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静かだ。

実に静かだ。

もうじき嵐がやって来る。

嵐の前の静けさだ。

降ったりやんだりを繰り返していた雨も、

そろそろ継続的に土砂降りが続くようになっている。

あと数時間もすれば暴風もやってくるだろう。

自然の猛威の来襲に、

ただ身を縮こまらせて備えるのみの時間が過ぎていく。



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 「日本沈没」という小説が出版された当時は読まなかったのに、最近、そのショッキングなタイトル名に今更ながらの強い関心を生じて読み進めている。


 「日本沈没」読書の動機が、近年の激しい天災の頻発にあるのは否めない。私だけでなく、これから日本は世界はどうなっていくのだろう・・・という不安感がいま世界中を覆っているのではないだろうか。


 天災のみならず人災とも呼びたくなるような信じられない言動の人物が組織や国のトップの座でやりたい放題をしている(ように見える)現実。


 「平成三十年」も「日本沈没」も、読み進めていると、それはまるで現実にいま同時進行していることのようにドキドキさせられる現実感がある。


 「日本沈没」の初版発行は1973年、「平成三十年」の初版発行は2004年。どちらも、豊富な知識に支えられた著者の先見力・洞察力に驚嘆するのみ。



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 「平成三十年」上・下    堺屋太一:著    朝日文庫


 2002年刊行だというから、今から17年前に日本の未来を予測して書かれた小説。著者はあとがきで「あって欲しくない日本」を予測して書いたと述べている。平成三十年を過ぎて、現実は著者が予測した通り、あるいは、それ以上の困難な事態に直面していると感じる。


 この小説に描かれた日本の直面するであろう困難には世界情勢の変化と暴力的自然現象が含まれず、日本人の倫理観や学力の低下という状態も予測の範囲外だったのだろう。


 それにしても、約二十年前にこれほどの予測ができたということには驚きを禁じ得ない。堺屋太一という人物の見識に脱帽。


 先日スマホでニュースダイジェストをチェックしていたら、現在の世界に広がりつつある傾向を「今だけ、カネだけ、自分だけ」と表現している識者の言葉に出会った。この短い表現の中に簡潔に的確に言いえて妙だと感じ入ってしまった。



 今や平成三十年は通り越し、元号も変わり、時代は混乱の極みを生じている。「今だけ、カネだけ、自分だけ」という考えが人類を滅ぼす端緒になりそうな危惧を感じる。人類が未来永劫に永久不滅な生物であらねばならないとは思わないし、思ってもどうしようもないことだけれど、もう少し直近の未来を予測して、バランスを保ちながら衝突を回避するような動きにならないものだろうか・・・


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台風15号に翻弄された一日

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 9月9日、千葉県に台風15号が上陸した。コンパクトな台風だという予報だったので、それほど前もって心配しなかった。しかも、8日は一日中晴天だったので、すっかり油断してしまった。


 9日は月曜日で、勤務先マンションの可燃ごみ出しの日。これまでの悪天候でも、何とか勤務地にたどり着けていたので、今回も何とかなると思っていた。清掃兼務の管理人としては、週に二回の可燃ごみ出しはどうしても終えておきたい業務。ごみ置き場をスッキリさせれば、火・水の休務日を安心して休める。勤務地の清掃事務所に問い合わせて、午後2時ごろまでにごみ出しすれば回収するということを確認した。


 どっこい、今回は「そうは問屋が卸さなかった」。勤務日の起床時間4時頃、暴風雨が最強で、台風の中心が我が家上空を通過するという最悪の展開。


 今回の台風襲来予報を受けて、早々に関東地方全域の交通機関は計画運休や運転遅延を報じていた。大体の鉄道が当初の予定では、台風通過時間を見込んで午前8時ごろからの運航開始を告げていた。


 前職は市内勤務だったので、どんな緊急状況でも移動に関しては何とかなってきた。最悪の場合は徒歩で移動も可能だった。しかし、3本の路線を乗り継いで片道1時間半の通勤の今は電車が動いてくれないとどうしようもできない。


 とりあえず、運行開始予定と報じられた午前8時前に最寄り駅まで行ってみた。改札は黄色いビニールテープで入場禁止になっていて、その手前には、私同様に運転開始を期待する大勢の人が集まっていた。


 1時間くらいは待っても、どうしても出勤しようと思ったが、2駅先の駅近くで線路ののり面の崩れが見つかり、原状回復するのは午前11時ごろになるという。いったん帰宅して出直すことにした。


 午前11時前に再び最寄り駅に行った。電車はまだ動いていない。念のため駅の係員に乗り継ぎ路線の運行情報を確認すると、こちらは午後になるという。とりあえず、バスで一駅先の大きな駅に移動してみた。こちらは改札から駅外まで乗車を待つ人で長蛇の列が左右二方向に発生している。しかも、どんどんその列が長くなっている。


 一駅先の駅に移動してまもなく電車が動き出した。すでに正午過ぎ。それまでも何度も所属長に連絡して、なんとか出社しようとしていたのだが、出社は諦めて、代わりに翌日勤務することにした。


 その後、テレビ報道で、今回の台風15号による千葉県の被害の甚大さを知ることになった。その大きなものが停電と断水。2日経った今日も復旧されていない。我が家近辺の地域は停電も断水もしていないのだが、千葉県の広い範囲で不自由な思いをしている大勢の人々がいるという。


 年々気象状況が荒々しくなってきている。人間の力では太刀打ちできないのが自然現象。謙虚に用心深く過ごすしかないのだろう。



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 医師の数も減少傾向で大病院や総合病院が大変だと言われるようになったころ、「かかりつけ医」として近所の開業医を決めておくことが推奨されていた。最近そうした呼びかけを目にする機会が少なくなったが、みんなどうしているのだろう?


 私は今のところ医療のお世話になるような不具合がないので、いざとなった時にどこを受診するか決まっていない。人間ドックで指摘された項目も、経過観察を決め込んでいる。


 そんな私でも「かかりつけ医」と言える医師を決めているのは歯科医と眼科医。歯は子どもの頃から弱くて、どこに引っ越ししても、まず探すのは歯科医だった。眼科のほうは、年齢的なことからくる変化の経過観察として通院に便利な近くの眼科医を選んだ。


 昨年暮れ、歯茎が痛くて食事にも支障が出るようになり、久しぶりに歯科医に駆け込んだ。原因は歯槽膿漏によるもので、歯茎の掃除をしてもらって症状は軽快した。と、安どしていたら、先月から別の場所の歯茎が同様の状態になり、再び駆け込むことに。そこはもう一ヶ月以上完治しないでいる。齢だなあ・・・覚悟はしているものの、食事が思うように噛めないことは不自由だ。


 それにしても、その歯科医には、もう30年近くお世話になっているわけで、先日、先生の顔を見たらずいぶんお年を召しておられて・・・かかりつけ医も高齢者の仲間入りなのだという当たり前のことを再認識した。診断や治療にも衰えを感じたのは気のせいだろうか?


 「かかりつけ医」というけれど、医者も人の子で老いていくのは至極当然。その兆候を感じた時、患者としてはどの時点で別の医師に変わるかという問題も生じている。



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無気力が加速

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 語る傍から誤解が生じ、語りの本意を無視して恣意的に状況を捻じ曲げ、行き着く先への見通しも設定しないままに感情をむき出しにする・・・そんな雰囲気が国内外に満ち溢れてきた昨今、もはや言葉を発する意欲さえ日々そぎ落とされているような気がする。


 無気力


 この絶望感を抱えたまま、どこまで耐えられるだろうか・・・

 いま幅を利かせているのは暴力的な言動のみ。

 私は、この混沌とした状況に心身がついて行けない。

 人類が築いた社会が、人類の愚行によって破壊されていく時代に生きている。




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 小学校5年生だったか6年生だったか忘れた。何の授業だったかも忘れた。教師の質問は「将来何になりたいですか?」という、子供に対して発するありきたり過ぎる質問だった。

 私はその時考えた。今もなお、その時に考えた自分の思考過程も、朧気ではあるが思い出せる。 本当は「外交官、弁護士、新聞記者・・・」などと答えれば教師の設問意図に沿った答えになっただろう。それは分かっていた。しかし、自分の置かれた家庭環境を考えると、とてもその高みに到達できるような親の支援は無理というのは分かっていた。夢は夢でしかない。

 その時私の頭に浮かんだのは、女児の将来として一番一般的で周囲に受け入れやすい社会的な立ち位置は(主婦)であり(母親)であった。

 当時は仲人を半ば仕事のようにしている人がいて、独身の男女がいればお見合いの設定をして結び付けていて、どんなに出会いの無い男女でも誰かしらと結婚して所帯を持てるものだと思っていた。

 私は変わり者だった。親も兄姉もそのことを悪しざまに本人の前で口にするような無神経さだった。そのせいで、私は到底まっとうに社会人にはなれないものと思い込まされていた。

 女なら誰でも、成人すれば誰かが口利きして嫁入りし、子供ができて家事・育児をする、そんなことが当たり前のように思わされていた時代だった。

 母親なんてその気になれば私でもなれる、そう思ったのは世間知らずの子供の考えだったとわかるのは自分が母親になってからのこと。


 私の「普通の母親になりたいです」という答えに教師や同級生がどんな反応を示したかは思い出せないが、こう答えたことは私の記憶に鮮明に焼き付いている。

 
 長じて、私は辛うじて妻になり母になった。妻であった期間は短かったが、もう40余年ものあいだ母親を続けている。今は、何を考えるにも子供のことが第一というれっきとした「普通の母親」。


 小学校高学年の時、あまりにも陳腐な教師の質問に対して、奇をてらって答えた「普通の母親になる」という答えが、今は現実の姿となっているのだ。そして、これが一番幸せな私のあり方だったのだとしみじみ振り返ることがある。



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