昨日、昼時にファミリーレストランを利用した。

接客してくれた若い女性は細身で彫りの深いハッキリした顔立ち。

外国人(フィリピンか東南アジア系)かなと思ったけれど、

ハキハキと正確な日本語を喋り接遇態度も完璧。

最近は日本人でもメイク次第だし親が外国人でも日本育ちということもあるし・・・

名札を確認しようとしたが、よく見えなかった。



いつも些細なことにひっかかって確かめたくなる私の癖。



頼んだメニューには牡蠣の調理方法にフライとグラタンが選べるものが含まれていた。

昼食で揚げ物を食べると夕方あたりに胃がシクシクする私は「グラタンを」と頼んだ・・・と思う。


いざ料理が目の前に届くと、そこにはカキフライが。。。

「え、わたし、グラタン頼まなかった?」と言ったら、

そのウェイトレスさん、「いいえ、確かにフライとおっしゃいました。わたし覚えていますもの」と、即座に断定。

こちらとしては、オーダーの時に脳内にグラタンの画像を浮かべながら「グラタンでお願い」と言った記憶があるので???

・・・まあ、年のせいで頭の中と口から出す言葉が符合しないままに思い込んだかもしれないし・・・

ということで、「じゃあ、作り直しますか」と言う彼女を押しとどめて「どちらでも食べられるから大丈夫、大丈夫」と良い人ぶった私。

これって、典型的日本人だよなあ・・・と自身で苦笑い。


相手が誰であろうと(客であろうと)自分の正当性を即座にハッキリ言うその一言で、この女性は確かに外国人だと確信できた。


この場合、日本人ウェイトレスだったらどうだろう?

明らかに客の思い違いと思っても「申し訳ありません、ただ今お取替えいたします」といった対応をするのではないか?

自分自身ならと考えてみると、

「あなた間違えてるわよ」と言われたら、まずは自らの言動を振り返りモタモタしてしまうだろう。

そして、おそらくは、自分の言い分を引っ込めてしまいそうだ。

まして自分の記憶にすっかり自信を失っている今なら尚更のこと。



どちらが良いとか悪いとかいう問題ではなく、

ほんの小さな出来事から、民族文化の違いについて考えさせられた。


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僕は9歳のときから死と向きあってきた』  柳田邦男:著     新潮社:刊


死生観とは人がこの世にあるうちに完成することはないのだと思う。

何度も何度も繰り返し「生きるとは・・・」「死するとは・・・」と問いかけ続けることで紡がれていくもののような気がする。

人生の意味を問うことは、すなわち、死の意味を問うことだと確信するようになった。


この書の中で著者が「自分の死を創る」時代の提言をしている。



振り返れば自分も、この本の著者:柳田邦男さんと同じように、

小学校4-5年の頃から常に死というものに向き合って生きてきた。

世間的にみれば底辺を這いずり回るような人生かもしれないが、

常に死を意識し考え続けてきたことが折々の経験を意味あるものとして感じさせ、

現在の年齢まで歩みを止めずに来られた原動力だったような気がする。



人間というものは【物語】を語らなければ理解できない。

自分のためにも、他者との理解のためにも。

そして、【物語】のために有効な方法が【書く】ことだと柳田邦男さんもこの著の中で述べている。

他人に読ませるためではなく、

ただ自分の考えを整理し、生きる指標として脳内に根付かせるためにも【書く】という行為は有効である。


死を考えることは今を悔いなく生きることである。

改めて強くそう想う。



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忘れる人、忘れない人

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つい最近こんな言葉を目にした。

「恩を受けた人は忘れてはいけない。恩を与えた人は忘れた方が良い」

一字一句が同じではないが、大体そういう意味の言葉。



同じような言い方で、

「いじめた者は忘れているが、いじめられた者は忘れない」ということを言う人もいる。




できれば、

誰かが繰り返し思い出したくなる温もりの記憶の登場人物として人の心に残りたいものだ。



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「親の顔が見てみたい」と思うような振る舞いをする人を見かけることがある。

それは若い人に限らず、いい歳をした年配者の場合もある。

前職にあった時、そういう思いを抱かせる人物に何人も出会った。



口先できれいごとを語っても、実際の行いが伴わなければ子供の身にはつかない。

むしろ、何も語らない背中こそ、子供はしっかり見ている。

どんなに反抗しようとも、子は親の後からその背中を見ながら歩むしかないのだから。



還暦過ぎた人間が「親の顔が見てみたい」などと密かに思われているとしたら、

なんとも情けない話ではないか。



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勤務先のマンションは機械式立体駐車場。

1階と4階はハイルーフの駐車が可能だが、2階と3階はノーマル・スペース。

その2階の契約者が、高さも確認せずに新車に買い替えてしまったところから話が始まった。



7月末のある朝、その男性(50代)が車庫証明の書類を持ってきた。

書類はなるべく早く作ってほしい様子。

ただ、その時すでに彼には新車の車高が現在のスペースにおさまるかどうかに不安があった様子。

駐車場関係の書類を調べてみると彼のほしい車の高さは現在のスペースにおさまらないことが判明。

駐車場の説明図を添えてその旨を伝えておいた。


その時点で私は(まさか、もう既に買っちゃったとか?)と思ったのだが、あえて追及はしなかった。

彼も「もう買っちゃったんだよ」とは言わなかった。

まあ、車庫証明が必要ということは売買契約は成立しているということだが。


すると、彼は私にハイルーフ・スペースの契約者で現在の自分の場所と替わってくれる人を探してくれと言う。

彼に代わって私が誰かに頭を下げて【お願い】するなんて変な話。

この話、マネージャーに報告し理事会の議題にもしてアレコレしている間に一ヶ月が経過。


途中で2・3回彼に出会ったので「あれからどうしましたか?」と訊ねると、

「私はあなたの前任管理員に頼まれて、昨年暮れにハイルーフ・スペースから今の場所に変わってあげたんだ」

「だから、今度はあなたが私の為に場所を交替してくれる人を探してくれて当たり前じゃないか」と言う。


前任者の仕事ぶりに疑念を感じていた私の直感は当たっていたようで、

彼女は居住者の個人的な関係の調整にまで踏み込んで"管理"していたことが次第に明らかになってきた。

私はそこまで請け負いませんから。

そんな人間関係の調整のようなことまで仕事の契約には含まれていませんから。

もちろん、こんなことは彼に面と向かっては言えませんが、ね。



それにしてもこの男性、何がいけ好かないと言って、まず自分のミスを認めない事。

絶対に「自分が悪かった」とは言わず、ひたすら、場所の交替を仲介しない管理員が悪いという論調で押し通す。

マンションの駐車場以外を借りようとする自助努力をしない。

こちらが「無理です」という内容をやんわり伝えているのに引き下がらない。


挙句の果てに

「マネージャーに相談するとか、理事会にかけてみるとか言わずに、

私はこういう風にこの話をすすめますと言えばいいんだ。

それが(仕事ができる)ということだ」とのお説教までされた。



私は、

「申し訳ありません。管理員とはいっても、私はただの掃除のおばちゃんですから。何の権限も力も無いんですよ」

「それに、このマンションの管理員になったばかりで、前任者と違って、まだ居住者様のお顔もよくわかりませんし・・・」

としか言いようがない。




そもそもは、あんたがよく確かめもせずに車を買っちゃったことが発端ですからぁ

わたしゃ知りませんよ(怒)。


昔から『無理を通せば道理が引っ込む』と言ってね、私はそれが大っ嫌いな人間ですからぁ

納得のいかないことの片棒を担ぐつもりはありませんから、悪しからず。



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電車に飛び込むのはやめて

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昨日の朝、いつもの乗り継ぎ駅に降り立つと、駅員さんの前に長蛇の列が!!

異常事態は駅構内の空気で分かった。



「○○駅で人身事故発生のため上下線運転を取りやめております」のアナウンス。

このところ目にしない日はないくらい多くなった人身事故発生の電光掲示板案内。

今回は、私もそのあおりを食らってしまったわけ。


私は時給のパートだから出勤が遅くなれば給料が減るだけなんだけど、今日は可燃ゴミの回収日。

回収車は8時半には来てしまう。

24時間ゴミ出しOKのマンションなので、一度回収を逃すとゴミ置き場が大変なことになる。

しかも、次の日から2日間は私の休務日。

8時までには職場に到着したい。


急きょ別の路線に乗り換え、いつもと違う駅からバスに乗り換えて8時ギリギリで職場に到着した。

昨日のゴミ出しは何とか無事に終えることができた(ヤレヤレ)。

毎日1時間のゆとりをもって出勤していたことが幸いしたようだ。


一人の人間が電車に飛び込んだことでどれだけの人が迷惑を蒙ったのだろう。

つくづく思った・・・「電車に飛び込むのはやめて!!」と。


以前、【振り替え輸送】という言葉をニュースで聞いた時、

そんなに急に代替の交通手段を手配できるのだろうかという疑問を抱いていたが、

今日自分がその目にあって【振り替え輸送】の意味が分かった。

駅で発行される証明のキップを貰うと、乗り継ぐ電車やバスがフリーになるというシステムだということ。


急な変更にもかかわらずスムーズに対応できた自分はまだ呆けてはいないと、妙なところで妙な安心をした。



それにしても、

電車に飛び込むのはやめてぇーーー!!

ほっんとう(強調)に影響が大きすぎるから・・・


最近の私は、ホームに電車が接近してくると、その運転席に座る運転士さんを見るようになった。

彼(または彼女)の電車が安全に運行できますようにと祈りながら。



みんな生き辛さに押しつぶされそうな昨今だが、

どんな理由があろうとも、電車に飛び込んではいけません。



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そのレジ袋、有料ですから

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 こんなに雨脚が強くなるなら、頭からスッポリ被(かぶ)るレインコートを持って出れば良かった。それに、折り畳み傘ではなく普通の雨傘にすれば良かった。そんな後悔をつぶやきながら用事を片づけてきた。




 バス停から自宅までの間にあるスーパーで夕食の買物。ここは全ての商品の値段が少々高め。でも、日用品まで揃う自宅近くのスーパーはここしかないので、たいがいの物はここで買っている。


 レジ清算を終えて袋詰め用の台が空くのを待っていると、年の頃70代と思しき男性が箱詰め中。選んだ段ボール箱がやや小さかったと見え、入りきらない食材が4-5点台の上に転がっている。と、そのおじさん、ツカツカと店員のいないレジの横に吊り下げられているレジ袋を一枚めくり取った。ちょうどその瞬間、(この人どうするんだろう。早く台を空けてほしいんだけど・・・)と思いつつ視線を投げかけていた私と目があった。目元に浮かべている笑みを見ると、さほど悪気なくレジ袋を失敬しようとしている様子。


 見て見ぬふりをすべきか、それとも・・・と一瞬思ったけれど、こうした時に黙って見過ごせないのが私の性分。とはいえ、相手に恥をかかせてもいけないので、いつも声の大きい私にしては控えめな音量で「あのお、ここはレジ袋有料ですよ。3円です」とおじさんの顔を見ながらつぶやいた。


 ま、その直後に彼がレジに行って支払いを済ませたので何事も無く終わったけれど、ちかごろは滅多なことで他人の行為を注意したりはしない方が良い時代。私のように "黙っておれない症候群" の人間にとっては、人なかを出歩くと(ひと言言いたい、でもやめとかなくっちゃ)という場面に多々遭遇し、喉(声帯)がムズ痒くなることしばしば。



 おにいさん(いや、おじさん?それとも、おじいさん?)、ごめんね。私と目があったのが運のつきと諦めてね。



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この一文は書き残しておこう

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 心に残る一文も、時と共に消滅してしまうのが口惜しい。多々ある共感の文章を全て記憶に留めることはできないが、「これだけは」という一文をここに書き残しておこう。





 個人の思想が頽廃すると、社会も国も頽廃するということが、今、まざまざと見えてきましたね。


『老残のたしなみ  日々是上機嫌』   佐藤愛子:著   集英社:刊

最終ページ 最後の一行より



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 物の見方や考え方、生きる姿勢などが近しい人の本は時も場所も構わずに貪るように読みたくなる。異論にも耳を傾けるという知性ある寛容さが失われた現代は日常の会話にも神経を尖らせて相手の顔色を窺わねばならない。そんな状況の時代に、私は再び紙媒体の本に心のよりどころを見出している。


 このところは佐藤愛子さんの本がお気に入り。次々に読みたいと思うが、近くにある図書館分館には彼女の著作が少ないので、今日は図書館本館を覗いて来ようと思っている。

 さて、今日までに読み終えた3冊を記しておこう。




『母  住井すゑ』   増田れい子:著   海竜社:刊

『それからどうなる  我が老後』   佐藤愛子:著   文藝春秋:刊

『老残のたしなみ  日々是上機嫌』   佐藤愛子:著   集英社:刊 





 いずれの本も非常に集中して読み終えた。ということは、内容に共感する度合いが高かったということ。



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空き家解体を見て思うこと

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 日常的に利用しているスーパーの傍にあった空き家が、先日、解体された。横を通るたびに気になっていた家だ。そのほかにも気になる家はある。年々歳々そうした「主を失った戸建て住宅」らしき家が目につくようになった。



 (・・・らしき)というのは、実際に実情をだれかに聞いて確認したわけではなく、普段の通りすがりに外観から受ける印象をもとに想像しているだけの話だから。



 郵便受けにチラシが溜まって雨ざらしになっている。いつ見ても雨戸が開いていることがない。玄関の扉につる草が絡みついては枯れて、また翌年に絡みつきを繰り返している。人が暮らしていない住宅というのは朽ちるのが早いそうだ。それが外観からでも廃墟と化したことを見て取れる根拠でもある。


 先週の土曜日と日曜日に近所の公園で盆踊り大会があった。


 この地に住んで37年になるが、我が家がここに住む前からそこで賑やかに行われてきた地域の盆踊り大会である。子供が幼いころは連れて行ったものだ。その頃はまだ狭い公園の敷地ながら屋台も4-5店舗がテントを並べて、子供たちがワクワクしながら品定めやゲームをしていた。夜の闇の中、薄暗い灯りの下で見る夜店の品は子供にとってはとてつもなく魅力的で夢を誘うものだった。


 その盆踊り大会も一時期、人が集まらなくなって寂しい時もあったが、先週はそれなりに夕方から公園に向かって歩く浴衣姿の子どもと父母や祖父母らしき姿を見かけたのでまあまあの人出だったのではないかと推測する。おそらく、30年前に子供だった人たちが結婚して子供ができて実家に遊びに来ていたのだろう。


 盆踊りと空き家、何の関係もないように見えるが人口減少という観点から考えると興味深い。


 これまでの30年間のこの地の変遷を見て、これからの30年を考えさせられた。


 これから空き家の解体はどんどん進んでいくだろう。その跡地はどうなるのか?そこに家を新築して売り出しても、そもそも地域に暮らす人間が減っているのだから住居の需要も減少するだろう。それなのに、私の移動範囲で見かける限り、いまだに人の住まいが新たに建設されている。これらの新築物件が全て埋まり、これから30年間人が住み続けるという保証がどこにあるのだろう。


 そろそろ人口減少と独り身世帯の増加を念頭に置いた街づくりや福祉のあり方を模索し実行に移すことを急ぐ時期ではないのかと。


 いまのところ私が30年後の地域に関して想像できるのは、行き交う人々の姿もまばらな閑散とした光景なのだ・・・     そのころは、あるテレビ番組の決め台詞のように「いました、いました今日の第一村人ハッケーーーン!」などということが日本中のどこでも日常になっているかもしれない。


 まあ、それもこれも事の成り行き。あるがまま、なるべくしてなるようになるとしか言いようがない。歴史を振り返れば、人で溢れかえっていた時代ばかりではないのだから、はるか昔の社会のあり方に学ぶことがあるかもしれない。



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