現在の仕事は、残すところ7日です。
来週は、この業界で最も重要なイベントがあるので週5日間出勤予定。
これが結構プレッシャーかかる仕事で、何年やっていても粗相のないようにと気を遣います。
先週、事業所のトップ(女性上司)に3月22日をもって最終出勤日とする旨を伝えました。
最終日は、いつもと変わらぬ勤務を終えてフェードアウトしたいと言っておいたのですが、
今週始めに、「花束を用意するから・・・」とNo.2上司(男性)が言ってきました。
私の真意はトップ上司に理解されていなかったようです。
実は、私は60歳定年を現在とは別の事業所で迎えたのですが、
その時には花束もねぎらいの言葉も何もなくスルーされました。
少々拍子抜けして寂しく職場を後にするという苦い思い出となっています。
今回は、再雇用という立場もあるし、この5年間のさまざまなことを振り返れば、
最後だけ花束を贈られて体裁を整えられても素直に喜べないのが正直なところです。
昨日、再度、トップ上司に
「本当に花束の用意や挨拶の場を設定したりは無しにしてください」と言いました。
「私が欲しかったのは、実物の花よりも『心の花束』だったのですが、ね・・・」
ハハハ、またまた私は余計なことを言ってしまったのですね。
形だけを整える為の花束なら、お金を出せば用意できます。
そんな花束を最後に渡すことで、それまで相手に為した非礼を清算し、
自らの気持ちのピリオドにしようだなんて・・・姑息過ぎると言わせてもらいます。
一方、『心の花束』は、
人の縁が結ばれている間に、互いの心の中に一本一本積み重ねていく目には見えない花束なのです。
別れ際に体裁を繕おうとしても『心の花束』は用意できるものではないのです。
そのことを分かってもらえるなら、
束は無理でも、最後に一本だけでも『心の花』と呼べる思いやりがいただけるなら、
それまでの諸々のマイナス感情を清算して去ることができるのに、と思います。
ま、これが私です。
だから、いつも生き辛い人生を生きているとも言えます。
本音をそのまま口に出さずにはいられない・・・という。
ハッキリ言って《馬鹿者》です。
しょうがないですね。
このままの私で人生終わるのでしょう。
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