このところ立て続けに女性国会議員の不祥事が報じられている。
やり玉に上がった女性議員はいずれも、バッチリメイクに巻髪で、色美しいスーツ姿。
議員がお洒落をしてはいけないとは言わない。
ただ、個人的な感想を勝手に述べさせてもらうなら、
服装にも表情にも、知性・教養・議員という職業の自覚などのピリッとするような印象が見られない。
この服装や化粧は誰の目を意識しているの?と訊きたくなることが多い。
昔、女性社員が「職場の花」だと言われた時期があった。
男性優位の職場にあって、優しく甲斐甲斐しく男性社員のフォローをしてくれる女性、
そんな位置づけとして女性が配置されていることが多かった時代の言葉。
そんな中で、どんな女性が「花」と呼ばれるかは、男性(特にオジサマ年齢)次第。
まさに、男尊女卑社会の発想。
近年、政府は「女性の活躍できる社会の実現」と煽っているが、その真意はいずこに?
そもそも、あえて「女性の・・・」と謳わなければならない社会なんて、
女性が一人の人格を有する人間として尊重されていない社会である、とはよく言われることだ。
よく聞く話だが、
喧嘩するカップルや夫婦の間で、女性が、
「私も、自分の考えを持つ一人の人間なの!わかってる?」と言うと、
男性は、
「当たり前じゃないか!犬とも猿とも思ってないヨ、君は人間だヨ」と答えるという、
男女間にあるあるの会話。
それだけ男女間には発想のズレが大きいということの象徴かもしれない。
さて、女性国会議員の話に戻って。
近年、男女問わず、選挙立候補者の中に選びたい対象がいなくて困る選挙が増えた。
かつては、
長年、政治家としての活動に実績がある人物なら、その人を、
長年、地道に筋を通して政治活動を続けている政党で、自分の考えと近いのであればその政党に、
それぞれ判断の手がかりはあったような気がする。
しかし、近年は、
人数合わせの為に立候補者を公募する政党が多くなり、
それまで政治など関心外であった人物であっても、まんまと当選してしまう事態が増えている。
もちろん、お金なくして選挙を戦うことは無理なので、政党による公募応募者の人選が行われ、
そこに上手くアピールして滑り込んだ新人が立候補のチャンスを掴むのだろう。
問題はそこ!その人選をする政党の重鎮か何か知らないけれど、選ぶ権利を行使する人たち。
もし、それがオジサン目線での人選であったなら、
まあ、多くの常識人が予想する通りの人物が選ばれるでしょうね。
若い男なら【元気よく・威勢よく演説打てる人】
女性なら【見た目重視、有権者に対して可愛げや素直そうな元気をアピールできる】
要するに、有権者の目をくらまして、大量得票できればそれでいいという人選。
(あとは野となれ山となれ)的な人選としか思えない、その人物たちの当選後のアレコレ。
ところで、最近「きれいすぎる〇〇」って言うけれど、
大抵の場合、〇〇に入る職業に容姿端麗は関係ないことがほとんどで、
「きれい過ぎるからって、それがナニ!」「第一、言われるほど綺麗じゃないし」
と、思わず突っ込みたくなるが、バカバカしいので無視。
国会議員に若者が増えたら、
同年輩の異性議員に求めることの中に「きれい・可愛い・美男子」が大きな位置を占めるだろうか?
最近の女性議員の浅はかな言動や身なりを見ていると、
「自分ってなーんにも知らないし、やる気もないし、でも国会議員は美味しいから辞めたくないし、
おじさん議員に目の保養させて、可愛がって庇ってもらうためにも、
ちょっと若づくりに洒落倒した女でいたほうがイインジャネ?」的な、品の無い軽い人柄しか伝わってこない。
大した働きをしなくてもガッポリ議員報酬は手に入るし、
重要な委員会も遅刻や欠席して平気なほどの面の皮の厚さもある。
塗りたくる化粧品は、さぞお高い物でしょう。
塗りたくるお時間も化粧品の量も、さぞやタップリお使いになるのでしょう。
それだけのバッチリ・メイクをする時間を惜しんで、お勉強しなさい、お勉強を!
要らぬ情報ですが、今や世界のロイヤル・ファッションは、
いかに庶民的なファスト・ファッションを品よく着こなすかの傾向にあるようですよ。
どこかのブランド・スーツにうつつを抜かすより、
被災地山形の繊維業者の糸で作ったカーディガンを着用したり、、
国内産の野菜や果物などを、自ら料理して食してみての感想を発信したりと、
議員に選んでくれた有権者の為にできることは多々あるでしょうに。
国会の議場の椅子に座るだけの「あだ花」は要りません!!
総国産の建築資材で、誇りをもって重厚に建築された議場には、
自らの立場をわきまえて、任務に専念する使命感溢れる地道な人間が一番必要なのです。
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