(落ち着き)や(教養)を嫌う時代か?

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このところテレビ東京の人気番組「開運なんでも鑑定団」という番組に於いて、

石坂浩二さんの発言や映像が編集カットされ続けていた問題がマスコミに取り上げられています。

私も、この番組が好きで、ずっと視聴してきただけに、

このようなことが行われていたことを知って、テレビ東京に少なからぬ幻滅を覚えています。

最近、テレビ東京の番組には面白い企画が増えたように思い、けっこう視聴していたもので・・・



そう言えば、ここ2・3年、石坂浩二さんが番組でコメントされることが無くなったなあとは感じていました。

「鑑定金額表示のボタンを押すだけではもったいない人ではないか?」

「もっと鑑定品に対する彼のコメントを聞いてみたいのに」

などと思うことが毎回でした。



芸能関係のことには詳しくない私ですが、

石坂浩二さんは、博識で落ち着きのある方との印象はあり、

彼の存在が、あの番組に重厚さをプラスする効果があったことは否めないと思います。



後任と報じられている方については、仰々しく騒いで場を盛り上げる傾向の彼の起用には、

私は個人的に疑問を感じますし、今後の視聴意欲が減退することは確かです。



最近のテレビ番組は特に、また、テレビやラジオに限らず、

巷の人々の言動も、騒々しく軽い傾向になっているように感じます。


たまには互いの意見や見解をじっくり語り合わなくては、相互理解は不可能です。

互いの知見を交換することの大切さを、最近の社会は軽視し過ぎてはいないでしょうか?


やり取りは殆どデジタル文字に頼る傾向を強めていると思われる現代人は、

生の声で言葉を紡ぎ、相手と対面して語ることを避け過ぎてはいないでしょうか?


「語る」ということは、その中に込める(想い)が存在します。

(想い)を言葉に構成して会話や文章を綴るには(教養)や(自分なりの知見)が必要です。

また、人の話に耳を傾けるという作業には、それなりの忍耐力が必要になります。

そうした手間暇や消耗を強いられることを避けたがる風潮は、

いずれ、この国の劣化をもたらし、国の劣化は個人生活に無関係であるはずがありません。



それにしても・・・

意味不明な絶叫や、真面目を茶化して嘲笑って喜ぶことが日常普遍になった社会で、

私たちは、質の高い幸福感や充実感を味わうことができるでしょうか。


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このページは、tsuyuが2016年1月31日 11:22に書いたブログ記事です。

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