ロボットの方が付きあい易いかも

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私が現在の職業に就いて、かれこれ30年になります。

昔は「職業に貴賤なし」などという耳触りの良い言葉があり、

まっとうな人間なら、職業で人を差別するのは良くないと、少なくとも知識としては知っていた筈です。

でも、現実は・・・職業で人の扱いを変える人は多いようです。



この仕事に就くまでは、そうした差別的扱いを受けることはなく、適度な礼儀をもって人に対応されていましたが、

この仕事に就いて以後は、私の職名を聞いた途端に、私に対する態度が変わるという経験を重ねてきました。



趣味の場所で知り合った人でも、なぜか皆「お仕事何していらっしゃるの?」と訊いてきます。

自分の職業を正直に言うと相手の態度が一変するのが予測されるので、私は一瞬返答をためらいます。

でも、バカが付くと言われるほどの生真面目さが(嘘をつくのは良くない)と私を戒めてしまうので、

つい正直に答えてしまい、予想通りの結果を招いています。



いつの間にか、私は、職業を詮索されるような雑談をしなくてはならないような集まりには参加しない、

または、参加しても深入りした付き合いを避けるようになっています。



職場では、当然のごとく、昨日今日来た年若い新人でも、私を見下すような扱いをしてきます。

30年の長きにわたってそうなのですから、いい加減腹をくくって慣れれば良いものを、

未だに割り切れないでいるんです。

ま、それなりに受け流す時もありますが、年度が替わって顔ぶれが新しくなる度に嫌な思いをしています。



社会的な立場や貧富の差や見た目の良し悪しなどで態度を一変させる付き合い方には、常々疑問を感じています。


江戸時代に日本に来た外国人の記述に

「人々の暮らしは決して豊かとは言えないのに、道行く人々が活気に溢れ、それぞれが幸せそうに暮らしていることに驚く」

といった内容があると聞きました。


あの時代を想像してみるのに、

庶民は、その日の暮らしに追われながらも、助け合い庇い合い赦し合い、

武士や学者などの上層階の人々は、自らを律するルールを確立し遵守することで、

自分の仕事や暮らしぶりを自慢したり卑下したりせずに、

ひたすら生きることに専念できたのかもしれないと羨ましく思います。



今朝、老人ホームでお年寄りの話し相手になっているロボットの話をテレビで取り上げていました。

私も、これからの対話の相手としては、

人を見かけで値踏みしないロボットと会話する方が、よほど気持ちが良いかも知れないと思ってしまいました。



真面目とか、誠心誠意とか、弱者への優しい眼差しとかに価値を認めない人たち、

というか、そんなことに関心持たない人たちが増えているような気がして、寒々とした気持ちになることがあります。


ま、これも、このブログタイトル通り「ひとりしずか」に自分が勝手に考えている内容に過ぎませんが・・・



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このページは、tsuyuが2016年3月25日 07:41に書いたブログ記事です。

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