ドテッ!



子どもはよく転ぶ。タタタタッと走って来て、コロンと転ぶ。
大人はめったに転ばない。だから、たまに転ぶととても恥ずかしくて、思わずキョロキョロ辺りを見回してしまう。だれかに見られなかっただろうかと確かめる。そして、おもむろに立ち上がり、さも何ごともなかったかのように歩き出す。

私の知人によく転ぶ人がいた。大変に忙しい人で、しょっちゅう小走りしている人だった。気持ちと上半身が前に進んでも、足の運びが追いつかなかったのか、よくつまづいては転んでいた。本人には申し訳ないのだけれど、大人が転ぶとなんと慰めていいのか言葉が見つかる前に、転んだ本人も見ている者も思わず笑ってしまったりする。

ところが、体が小さい子どもが転ぶのとわけが違って、大人が転ぶのは危険が大きい。下手をすると重大な怪我につながり易い。

私も何度か、大人になって転ぶ経験をした。
その一つは、背中に生後1歳の二男をおぶっていた時のことだった。ある日買い物に出かけた先の歩道で、段差をスムーズにする為に埋め込んだコンクリートの斜面で踵を滑らしてしまった。ハッと思った時にはもう遅い。足は踏みとどまりようもなく前に投げ出され、ドテッと思いっきり尻餅をついていた。辛うじて上半身を後ろに倒さなかったのは母親の踏ん張りと言えるかもしれない。その代わり、ストッパーにした両肘にはけっこう深い擦り傷を負って、いまだに傷痕が残っている。

もしも思いっきり後ろに転倒していたら二男は・・・とは、考えるだけでゾッとする。

もう一つ思い出すのは、二男の少年野球の手伝いに小学校に出向いた休日のある日の出来事。
校庭の隅に設置してあるプレハブの道具小屋から麦茶用の容器を運んでいた時のこと。片手に容器を持って思いっきり走っていたら、どうしたはずみか勢いよく前方に転んでしまった。ドテッ!「あ〜、恥ずかしい」。痛いと思う前に、向こうの方でおしゃべりをしているお母さんたちに見られていなかったかと、すばやく確認。そして、そそくさと立ち上がった。

言わなくてもいいのに、「私ねぇ、いま転んじゃったぁ、エヘへ」などと自分から告げてしまう。もし誰か見ていたのなら、いっそ自分から話した方がいいかも、などという思い過ごし。だ〜れも、他人が転んだことなんか気にしてはいないのに、おかしな心理。

その日の服装はキュロットスカートだった為に、膝の擦り傷は思った以上にひどかった。タラタラと流れ落ちる血をティッシュで押さえながらも顔では平気を装っていた。その夜の入浴は、傷口にお湯がしみて昼間の我慢以上に我慢が要った。

転ぶなんて思っていないから転ぶと慌てる。
いやいや、慌てるから転ぶと言う方が正しいんだった。

兎にも角にも、落ち着いて行動するに越したことはない。
つくづく、年を取ると『足元にはくれぐれもご用心』と言えそうだ。
 

(2002年11月3日)