2003/09/28 (日) 晴れ
農家の庭先って楽しいな♪
いろんな木や花が植えてあって、
犬がいて猫がいて金魚やメダカが泳いでいて・・・
それらが皆、お行儀よく並んでいるのではなく、
いつ植えたのか、だれが植えたのか、
判然としないままに、そこに在るのが好い。
カブ農家のお手伝いに行った。
畑までの道を迷ってしまって、45分のロスタイム。
今日は、カブを覆っていた寒冷紗の片付け作業。
めくり方にも方法があって、次回の使用の際に手間取らないような片付け方を教わる。
まだまだ、助けになるほどの労働力となるには程遠い。
二年目の農業ボランティア実地研修の一日。
2003/09/25 (木) 曇り ときどき 雨
フゥ〜ッ、辛いトンネルだった。
9月になって急激に訪れた暑さに心身が置いてけぼりを食らって、落ち込んでいた。
おまけに、次から次へと仕事に追われる割りには片付かないという苛立ち。
こんな時には、何をやっても、何を考えても裏目に出てしまう。
そうしてまた、深い深い闇の底へと沈んで行く。
思い切って何も手をつけない、何も考えない、何も解決しようとしないことにした。
それでも、毎日が重苦しくて仕方がなかった。
こんな繰り返しを、もう、何十年やって来たことだろう。
台風15号と秋雨前線の影響でいっきに涼しくなり、雨がシトシトと降り続くようになった。
ヒンヤリとした空気が、むくみがちだった脳と体を冷やしてくれたせいか、
少しづつ気力が回復している。
このところ毎朝、駐車場で車を降りると、足元でリーリーリーと虫が鳴いている。
なんだか嬉しい。
2003/09/21 (日) 雨
台風15号の影響で、終日雨。
雨の中を出かけると、空気が生臭い。
見ると、濡れた路面にペッチャンコに潰れたカエルが二ー三転がっている。
今ごろになって何でカエルが道路に出てきたのか?
行動の鈍るこの時季に、這い出さなければ潰されずに済んだものを・・・
しつこく続いた残暑が一変して冷え冷えとした雨の中、
考えることがあるような、無いような。
片付けたいことがあるような、無いような。
曖昧な一日。
2003/09/20 (土) 曇り のち 雨
曇り空から小雨模様。
9月になってずっと続いた残暑の苦しみから久々に解放された。
午前中、農業ボランティアで畑の作業を少し。
午後、観たいと思っていた映画を観に東京へ。
メジャーな映画ではない為に、地元の映画館で観ることができない。
渋谷Bunkamuraの向かいにあるシネ・アミューズへ。
映画は「蛇イチゴ」。
平穏で平凡な筈の家庭に、突如表面化する問題の数々。
実直なサラリーマンであった父は、実は、リストラされていたことを家族に話せず多額の借金を重ねていた。
痴呆の義父を献身的に看病していた筈の母は、自分の本心を抑えて、円形脱毛になるほどのストレスを感じていた。
幼いころから真面目で正義感の強い娘は、同僚教師と幸せな結婚ができる筈だった。
そこへ、10年前に勘当されて行方知れずだった長男が、ひょんな偶然から帰ってくる。
相変わらずチャランポランで、どうやら香典泥棒をはたらいたらしい兄が引き起こす家族内の波風。
痴呆の年寄りの葬儀で、いっきに表面化したそれぞれの本音。
29歳の新鋭・西川美和の脚本・監督作品。
チャランポランな詐欺師の兄を、お笑いの宮迫博之(雨上がり決死隊)が好演。
真面目な妹役には、つみきみほ。
一歩間違えば、暗くジメジメしそうなテーマを、サラリと扱ってある。
もしも、現実の家庭にこうした問題が起きたとしてもこんなものだろう、という身近な感覚がある。
最終場面で、食卓に置かれた(蛇イチゴ)が示唆するもの、
それは何だろう?と、いま考えている。
2003/09/19 (金) 晴れ
「人、すべからく、小利を貪らず、大儀に則るべし」
私はずっとそう思って来たし、今もそう思うし、これからも、そのようにしか生きていけない。
したがって、美味しい思いにありつくことは無い。
小利を貪り続けると、
いずれは、思わぬ落とし穴に嵌るか、自己矛盾に陥って、
決して豊かな精神世界にたどり着くことはできない。
ただし、大儀に則る生き方を選択した場合には、
想像を絶する困難や苦悩が待ち構えている。
それらの苦しみを引き起こすのは、他ならぬ、同じ人間である。
2003/09/17 (水) 晴れ
最近、周囲の人々がみんな、非常に疲れていると感じる。
もちろん、自分も・・・
こんなはずでは・・・
子どもの頃に考えていたのは、
(大人になったら物事が見えてきて、それなりに不安なく暮らせる)
はずだった。
とんでもなかった。
親の庇護を受ける子どものまま年齢を重ねただけなら、
いい歳になっても、わかりきった風な理屈を並べる横柄な人間として道を闊歩しているのかも知れない。
しかし、世代は交代し、自分が子どもを庇護し社会の責任を担うようになって、
大人には大人の辛さ苦しさがあり、それは、終わりの無いものであることがわかって来た。
今や、誰に責任を問うわけにもいかない。
今、この時代に、強気で横柄な発言をする大人がいたら、
その人はまだ、自分が被るべき責任を自覚しない【大人こども】かもしれないと、
じっくり観察してみるのも必要かも・・・
治安・経済・教育、
改善の光明がなかなか見えてこない。
2003/09/13 (土) 晴れ
柏駅前の繁華街の奥にスペイン料理の店を見つけた。
料理がスペイン風というだけなら、注目はしなかった。
私の目をくぎ付けにしたのは「フラメンコ」の文字だった。
どうやら、その店ではフラメンコを見せてくれるらしい。
私はフラメンコが好き。
たいていの踊りは「笑いながら、楽しげに、おすましして」踊る中で、
フラメンコは「苦虫を噛みつぶし、地団駄踏んで」踊る。
決して媚びないその迫力ある表情と動きに、魅せられている。
そのイメージをセリフで表現するなら
「わたしは機嫌が悪いのよ!!なんか文句ある?」
実生活で言い放てば、たちまちレッテルを貼られて怖がられそうなこの言葉、
舞踊で踊ればフラメンコになるのでは、と思っている。
あ〜、踊ってみたいな、フラメンコ・・・
2003/09/11 (木) 晴れ 二百二十日 十五夜
退勤時、南方の空にムクムクと入道雲が湧きあがっている。
まるで真夏のよう。
今朝のラジオでも言っていた。
「今になって、夏がやって来たようですね」と。
とにかく暑い!
2003/09/10 (水) 晴れ うす曇り
メリハリの利いた日本語をしゃべる人が少なくなった。
従来の使い方に沿った話し方をする人も、少なくなった。
まず、口が開いていない。
そのせいか、言葉がハッキリ聞き取れない。
会話の際の発声が、最近特に気になってしょうがない。
演劇やアナウンサーを志す人は発声の練習をする。
「アエイウエオアオ」とか「外郎売」、北原白秋の「五十音(あめんぼ)」などが使われる。
できれば、幼稚園・小学校の段階で、こうした発声練習の時間を設けた方が良さそうに思える。
正確な意志の伝達は、まず、正確で明確な話し方から始まる。
力強い話し方ができる為には、力強い意思が必要である。
「私はこう思う」「何々は、これこれこうである」
まずは、こうした明快な話し方の基本ができてこその「ぼかし言葉」だと思うのだが、
最近は、全てが「ぼかし言葉」になっているように思う。
その結果、「じゃあ、結局どうなのよ」と思うことが多い。
それでは、話は一向に進んで行かない。
まず、現在自分が暮らす場所で使われている言葉が正しく使えることは、
非常に大切なことだと思う。
2003/09/09 (火) 晴れ
今夜は火星と月の大接近。
幸い、晴れの夜空。
どうやら、月も昇っているらしい。
辺りは月明かりで明るい。
8時半にベランダに出てみるも、建物の陰でベランダからは月が見えない。
階下に下りて道路まで行き夜空を見上げる。
双眼鏡で覗くとクッキリ、影まで確かな月と、その右下に火星がポッチリ見えた。
これまでは、夜空に赤々と大きく輝いていた火星も、月の光の近くにあると肉眼では見えなかった。
今年はタップリ天体観測。
月と火星の追っかけをさせてもらっている。
プロ野球・阪神タイガースの快進撃以外に、
これといった楽しい話題も見つからない日々には、
夜空を見上げて、世間の憂さを忘れている時間が、とてもありがたい。
2003/09/07 (日) 曇り
インターネットのお友達のかしちゃんが車を買い換えたらしい。
今度は軽自動車だそうだ。
私も最初は軽自動車から乗り始めた。
そのうちに、普通乗用車に乗りたくて最小の普通自動車を購入して、早や10年が経過した。
そろそろ買い替えも時間の問題。
乗り換えるなら軽自動車にしようと思っている。
久しぶりのエアロビクスに出かける車の中で考えた。
もしも日本中が軽自動車になったなら・・・
道路も駐車場も、もっとずっと、ゆとりが出るかもしれない。
大きいもの、強いもの、優れたものに憧れるのは人の自然だけれど、
小さくても、弱くても、馬力劣りしても構わないと思うようになった。
今の私にとって車とは、移動と運搬の用が足せれば事足りる。
何事も、すぐに人事に転換して考えてしまう癖の私は、
「デッカクても、度量が狭くて融通が利かない位だったら、
コンパクトでも、小回りが利いて内容充実しているというのも捨て難い魅力じゃないか」
などと考えた。
時まさに一国の代表を決める、自民党総裁選の告示前日。
どの人物が「デカイふりだけ」なのか、どの人物が「内容充実」なのか・・・
いずれにしても、私に選ぶ権限は無い。
「大きい」「小さい」の問題も、
私が決められるのは、どうやら、自分が購入する車の大小くらいのものらしい。
2003/09/06 (土) 晴れ
畑が待っている。
というわけで、農業ボランティアの日。
真夏の暑さとは少し感覚の違う暑さの中、9時から正午近くまで炎天下の農作業。
ハクサイの苗の植付けとニンジン・タマネギの種まき。
今日は、さすがに疲れた!
本来、元気が売り物の私は、ついつい無理を押して行動してきた。
それでも何とかなって来たのだけれど、そろそろ無理は利かなくなってきたらしい。
最近特に、年相応に疲れがたまるようになっている。
帰宅して、何をする気力もなく寝込んでしまった。
改めて思った。
「何事も、ボチボチやらねば・・・」
2003/09/05 (金) 晴れ
「菜の花や月は東に日は西に」(与謝蕪村)
という句がある。
夕暮れ間近の空に月が白くかかっていると、必ずこの句が思い浮かぶ。
今日もそんな光景を見た。
東の空に月がかかり、西の山際には沈む太陽が・・・
冒頭の句は、春先の菜の花畑が舞台になっているが、
今日は、秋の入り口の空。
季節は、春からちょうど半周したところ。
それにしても、
月が白いと、表面の凹凸模様がグレーになって、よく見える気がする。
月と太陽が同居する空。
照らすものがあり、
その光を浴びて輝くものがある。
どちらも好い。
2003/09/04 (木) 曇り 一時 雨 のち 晴れ
昨日の夕方の雷雨はすさまじかった。
雨が、と言うより、雷の勢いの凄さに圧倒された。
案の定、今朝のニュースによると、関東各地で落雷の被害があった模様。
ジョギング途中の男性が、雷に打たれて亡くなった。
今日の職場の話題は、それぞれの住まいの近くに落ちた雷の話。
何だか時代を象徴するようだと思ったのは、国会議事堂に落ちた雷。
改善しない社会状況を気にしているのかいないのか、
総裁選に向けた内部の力関係にばかり気をとられているかに見える政局に、
民の怒りが天に通じ、鉄槌を下してくれたかのように感じている。
新聞の一面に載った写真は、
太い稲妻が国会議事堂を直撃しているという迫力のあるものだった。