2019年6月アーカイブ

 小学校5年生だったか6年生だったか忘れた。何の授業だったかも忘れた。教師の質問は「将来何になりたいですか?」という、子供に対して発するありきたり過ぎる質問だった。

 私はその時考えた。今もなお、その時に考えた自分の思考過程も、朧気ではあるが思い出せる。 本当は「外交官、弁護士、新聞記者・・・」などと答えれば教師の設問意図に沿った答えになっただろう。それは分かっていた。しかし、自分の置かれた家庭環境を考えると、とてもその高みに到達できるような親の支援は無理というのは分かっていた。夢は夢でしかない。

 その時私の頭に浮かんだのは、女児の将来として一番一般的で周囲に受け入れやすい社会的な立ち位置は(主婦)であり(母親)であった。

 当時は仲人を半ば仕事のようにしている人がいて、独身の男女がいればお見合いの設定をして結び付けていて、どんなに出会いの無い男女でも誰かしらと結婚して所帯を持てるものだと思っていた。

 私は変わり者だった。親も兄姉もそのことを悪しざまに本人の前で口にするような無神経さだった。そのせいで、私は到底まっとうに社会人にはなれないものと思い込まされていた。

 女なら誰でも、成人すれば誰かが口利きして嫁入りし、子供ができて家事・育児をする、そんなことが当たり前のように思わされていた時代だった。

 母親なんてその気になれば私でもなれる、そう思ったのは世間知らずの子供の考えだったとわかるのは自分が母親になってからのこと。


 私の「普通の母親になりたいです」という答えに教師や同級生がどんな反応を示したかは思い出せないが、こう答えたことは私の記憶に鮮明に焼き付いている。

 
 長じて、私は辛うじて妻になり母になった。妻であった期間は短かったが、もう40余年ものあいだ母親を続けている。今は、何を考えるにも子供のことが第一というれっきとした「普通の母親」。


 小学校高学年の時、あまりにも陳腐な教師の質問に対して、奇をてらって答えた「普通の母親になる」という答えが、今は現実の姿となっているのだ。そして、これが一番幸せな私のあり方だったのだとしみじみ振り返ることがある。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村




 今日は有給休暇で仕事は休み。NHKの『あの人に会いたい』という番組が好きなのだが、仕事を続けている関係で、ここ数年は見ることができないでいる。

 今朝は堺屋太一さん。その番組の中で紹介された著書『平成三十年』に興味を覚えた。副題が(何もしなかった日本)。根本的なところでの変化を避ける傾向があると感じているこの国を、堺屋さんはどのように分析しているのだろう。読んでみたい。


 【団塊の世代】という言葉も堺屋さんの造語だと聞くが、社会を分析して未来を予測する鋭い先見性を持った堺屋太一という人物。今の時代をどう予測していたのかが『平成三十年』から教えてもらえるかもしれない。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村




やはり読書がしたいので

|

 本は読みたい、でも、書店で手に取ってみるとどれも結構な値段がする。それに、読み終わった後をどうするかが大問題。それでなくても片付けなくてはならない物だらけの身辺に、読後の書籍が積み重なるのは気が重い。一時、図書館利用を決心したが、読みたいと思った本がすぐに読めるわけではないし、返却日という制限があるし、ということで、長らく読書と遠ざかっている。


 通勤の乗り換え駅ホームに駅ナカの書店がある。行けば必ず読みたい本が目に付いて買ってしまうので寄り付かないようにしていた。しかし、今年に入って二度、その書店で本を買った。

 その中の一冊が 伊集院静の「いろいろあった人へ」(講談社)。かつて書籍広告で目にして、一度読んでみたいと思っていた。著者の奥様で女優だった夏目雅子さんは、私の亡夫と同じ白血病で、同時期に入院闘病をされていた。

 書店でパラパラとページをめくると、その当時の思い出が書かれている。買ってしまった

 いま読み始めたばかりだけれど、三十余年前に、伊集院静さんも同じような思いで看病されていたのだなあと思うと当時の記憶が甦って感慨深い。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村




 一昨日のこと、私が降車する最寄り停留所の直前でバスが停まり、後続車も連なって渋滞気味になっていた。見ると、前方に1台の車がハザードランプを点滅させて通行の妨げになる真ん中に停まっている。そのせいで、片側一車線の県道の通行が上り下りの譲り合いになって渋滞が発生している。

 すぐ横にドラッグストアやスーパーマーケットがあるので、高齢者が家族の買物が終わるのを待っているのかなと思って、横を通り過ぎる時にバスの窓から見下ろした。「それにしてもなんて非常識な駐車!」と思わずにはいられなかった。


 バスを降りて買物をと歩き始めたが何か変な雰囲気。スーパーマーケットの駐車場警備の男性に「あの車、どうしたのですか?」と問うと「もう1時間くらいあそこに停まっているんだよ。声をかけても、故障したから車が動かないとかあっちに行けとか言うんだ」との話。警備員によると酒の匂いもするようだと言う。「警察に通報しましたか?」と訊くと、自分の立場ではそれはできないからということだった。


 こんな時に知らん顔して通り過ぎることができないのが私の性分。近づいて行くと、何人もの通行人がその状況に興味津々で目をやりながらも何もせずに去って行ってしまう。車の横にあるドラッグストアの人が車の近くにいたので「どなたか警察に連絡しましたがか?」と訊ねたところ連絡していないという。夕方の5時過ぎだし、これでは渋滞はますますひどくなるだろうし、事故が発生しないとも限らないしと、私が警察に電話をかけることにした。


 その車、よく見ると前方をぶつけた痕跡がある。運転席に座る高齢男性は、車内が暑いのかときどき汗を拭いながらじっと前方を見つめている。何か事態の解決に動く気配がない。認知に問題ありかもと思ったが、近づいて「大丈夫ですか?」と話しかけても、身振り手振りで「ほっといてくれ、あっちへいってくれ」という意思表示をする。


 少し時間がかかったが、3人の警察官がやって来た。警察官が声をかけると高齢男性は素直に応じていた。さすが制服の威力!と妙なところに感心したりして・・・その車は他県から来たらしいのだけれど、警察官とのやり取りで彼は自分が今どこにいるのかの状況把握ができていない風だった。エンジンをかけるように促されてもスムーズに対応できていないようだった。警察官は3人でその車を押してスーパーマーケットの駐車場に移動させ、そこで事情聴取を始めていた。

 警察官が到着してすぐに私はその場を離れたので、その後の経過は知らない。



 これからは、こんなことに頻繁に遭遇するようになるのだろうなあ・・・と思った。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村




このアーカイブについて

このページには、2019年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2019年5月です。

次のアーカイブは2019年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

2019年8月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

月別 アーカイブ