2018年7月アーカイブ


昨夜、テレビの番組案内をチェックしていて、

マルクス・ガブリエルの来日に取材して構成されたという番組を知り、視ることにした。

マルクス・ガブリエルとは、現在、哲学書としては異例に販売をのばしている

「なぜ世界は存在しないのか」という本の著者でドイツの哲学者だという。


私がこの番組を視ようと思ったのは、近年置き去りにされている "哲学" の話題であることと

「なぜ世界は存在しないのか」という本のタイトルに興味を感じたからだ。


番組が始まってすぐに、彼の言っていることは西田幾多郎ではないか、と感じた。

すると、番組の半ばでマルクス・ガブリエル本人が「自分の哲学は西田の哲学に共通すると言われる」と語っていた。

なら、なぜ今、注目されている哲学者がマルクス・ガブリエルなのか?

なぜ西田幾多郎ではないのか?

それを日本人として残念に思う。

西田は、「無」の考え方において、西洋の「無」と日本の「無」の違いにも言及しているのに・・・



行き詰まる資本主義社会・自由主義社会における息苦しさがマルクス・ガブリエルの哲学に注目を集めるのなら、

西田幾多郎はもっと見直されてよいと思う。



この番組を視てから、これからの時代に日本という国の文化・文明・思想が救世の思考を提供できるかもしれないという微かな光を感じた。



それにしてもマルクス・ガブリエル、その哲学者らしからぬ饒舌さに気持ちが引いてしまった。



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