2018年1月アーカイブ


小泉純一郎という総理大臣がいた。

彼が「郵政民営化」を掲げて解散総選挙を打った時、

反対する勢力に対して、政治に無縁だった素人の刺客を立てて排除しようとした。


子供の頃から政治に関心を抱いて政治家の発言や行動を見てきた私の眼には、

彼のやり方が政治家らしからぬ理念を持たない下品な行いに映った。


私の直感は「小泉純一郎」は、長年、党内で冷や飯をくわされた仕返しをしているのではないか、というものだった。

その "仕返し" の大義名分として掲げたのが「郵政民営化」であって、

彼が、郵便事業を民営化して国民の生活にどのような影響が出るのかに関して熟慮したとは思えなかった。

この「郵政民営化」は、彼が若いころから主張していたが、党内の幹部から相手にされなかった事項だという。

彼からは、国のトップになって日本の将来の為に何事かを成し遂げたいとか、

国民のために何かをしたいという政治家としての奉仕精神をくみ取ることはできなかった。


しかし、それは単なる私だけの素人考えであって、あえて表に出しても仕方がないものだと思っていた。



ところが、昨晩の「深層NEWS  シリーズ平成の深層(1)小泉政治とは何だったのか」(BS日テレ)を視て、

合点がいったので、あえて今さらながら、ここに書き残しておこうと思った。


ゲストは山崎拓と亀井静香。



山崎拓の意見は、小泉政治に加担した人間らしいキレイごとのコメントで聞くだけ無駄だったが、

亀井静香のコメントに得るものがあった。

当時、小泉政治の渦中で翻弄され、刺客(ホリエモン)に選挙を妨害された人物の言葉には説得力があった。



静香ちゃんいわく、「あの人(小泉純一郎)はね、ここぞというところで動く勘の働きに関しては天才的だし、芸術家だよ」と。

静香ちゃんはこうも言っていた、「純ちゃんは、政策とか行政とかには関心ないよ」と。



山崎拓のコメントで印象的だったのは、

「小泉さんは、政治は『パンとサーカス』だと言っていました」というものだった。

『パン』は経済、『サーカス』は国民がビックリするようなパフォーマンス。

なるほどね、『パン』の経済の部分は、全面的に竹中平蔵にやらせていたもんね。


一方で、北朝鮮への電撃訪問や選挙の遊説で聞かせる演説の巧さなど、

テレビ映像や大衆の目に触れる場面での見せ方は際立っていたよなあ・・・


小泉純一郎は、

テレビ映りだけは威勢が良いけれど政治に関しては勉強不足で国民のことなど頭にないという、

浅薄な政治家がはびこる時代の扉を開けた張本人だと思う。



私の中での小泉純一郎像は「自分勝手で生活感覚の欠如した冷酷な趣味人」である。



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昨夜の「深層NEWS」(BS日テレ)のテーマは「老いた親の困った行動 理由知り解決・予防へ」だった。



落語にも出てくるような頑固で偏屈な年寄りは、昔も今も変わりなく存在する。

それでも、落語の中では「適当にあしらい」ながら付き合っている様子が見える。

「しょうがないなあ、あの年寄りは・・・」とぼやきながらも、

いずれは自分も辿る道という前提がないと「あしらい」はできない。



「深層NEWS」で語られていたのは、

老人の困った行動は、その老人の人間性がもともとそうだったというのではなく、

頑固さや反応の悪さは人体の変化から生じているものであるということ。



老いれば老いるほど、誰にもどこかしらに不自由が生じる。

これは動植物の別なく、生身で生きているものの逃れられない宿命。

不自由が生じれば、若々しかった頃と同じことはできなくなるわけで、

本人にとっても周囲の近しい者にとっても「こんなじゃなかったのに・・・」という失望と苛立ちは大きい。



死生観の涵養・・・老いを受容するには、早いうちから心の軸足をここに置いてものごとにあたる習慣を身に着けることが重要だと思う。

否でも応でも、いずれ受け入れざるを得ない『その時』は誰にも来るのだから。



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もうずい分前のことになるが、手紙を書かない理由に衝撃を受けたことがある。

20年くらい前になるか・・・

その人物曰く、「手紙は後々まで形で残り、誰に読まれるかわからないから嫌だ」という。

私と同年齢の人物の言葉だっただけに衝撃だった。


私の年齢の人間には『信書の秘密』という了解があると思っていた。

自分あてに届けられた手紙に綴られた内容を他者に暴露するなどもっての外だ。

暴露しないという信頼関係があるからこその手紙であり、

形になって残ると後の恥さらしにされるかも知れないという杞憂は、

手紙を受け取る相手の人格を信用していないことになる。


えてして、そういう人物の書く手紙は面白くもなんともないことが多い。

そんな手紙、誰の目に触れても支障が生ずるわけがない。

それなのに、どこかの偉いさんの手紙でもあるまいし、

受け取った側が世間にさらすかもしれないから嫌だという言い草はチャンチャラおかしい。



以来、私はその人に手紙を書くことを止めた。


私は、自分あてに届いた信書を人に見せるようなことはしない。

しかし、直接私がそう言われたということは、その人物が私を信用していないのだと受け止めざるを得ない。

ヤレヤレ・・・である。




しかし、一方で、最近怖いなあと思うのはラインやメールのやり取りである。

いくらでも転送可能なので、心を込めて打った内容がそのまま見ず知らずの人物に転送されて話のネタになっているかもしれない。

その怖さを17‐8年前に経験している私は、画像やメールを安易にやり取りすることのほうが怖いと思っている。



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西部邁さんが亡くなったと報じられた。

静かにだけれどジンワリと衝撃を受けている。


討論番組のパネリストや政治・社会問題のコメンテイターとしての西部さんしか知らないが、

豊富な学識と信念から言葉を発する人だという印象が残っている。


昨年、「プライム ニュース」に出演されて持論を展開された回を視聴していた。

その「プライム ニュース」が追悼番組として、西部さんの出演ダイジェストを放送した。

その中、最後の発言でヨーロッパの著名人(カフカ?)の言葉をひかれていたのが印象的だった。

「希望?希望なんて持てないけれど、強いて言えば、

『(この社会に)絶望する人が増えることが希望と』言えるでしょうか」という言葉。

現在のこの社会に絶望も感じないで生きていられるほど西部さんは鈍感ではいられなかったのだろう。



今朝がた、夜じゅうつけっ放しにしているラジオ「深夜便」から「絶望」という言葉が耳に届いて目が覚めた。

「絶望名人カフカの人生論」(新潮社)の著者:頭木樹さんがゲストでお話しをされていたのだった。

起床後、インターネットで「絶望名人カフカの人生論」について調べてみた。

フランツ・カフカ・・・・・・・・読んでみようかな・・・・・・




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見るからに悪そうな面構えの人間が悪いことをしても、「やっぱりね・・・」と思うだけ。

日頃の行いの荒(すさ)みが顔に出ている人間には周囲も用心する。


救いようも無く落ち込むのは、

ウッカリ信じてしまった相手から手ひどい裏切りを受けたと自覚した時。

もし、そのことに気が付かなければ、心はかき乱されないで時は過ぎてゆくだろうが・・・

気付かないことは、ある意味において幸せなのかもしれない。

ただ、むしられるだけむしられることになるだろうけれど。


一時(いっとき)の事にしても、相手を信じた自分に腹が立ち、

心に刺さったトゲは生涯抜けることは無い。



本当に悪い奴ほど優しげな顔で近づいてくる。

にこやかに接近してくる人間には要注意。

くわばら、くわばら。


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