2017年5月アーカイブ

郵便ポストが無い!

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このところ生活の移動範囲が広くなったために見聞することが増えている。


そんな中、驚きもしたし困りもしたという出来事。


仕事の関係で郵便物を送付しなければならないことになった。

仕事帰りにポストに投函すればいいよね、と安易に考えた私は世間知らずだった。



私の記憶の中では郵便ポストは街中のあちこち目につく場所にあるもの。

まして駅前には絶対に有るもの、と思っていた。


前記事で述べたように、現在通っている街は若い世代が圧倒的に多い街。

住宅地なのだが10階以上のマンションが立ち並ぶ地域。

これだけの人口が住んでいれば、きっと駅までの道のどこかにはポストが・・・ある・・・よ・・ね。

ところが、ない・ない・な--い!。

ポストが無い!

駅前にすら無い!


とうとう自分の住んでいる街まで郵便物を持ち帰り、

自宅最寄りの駅前でやっとポストに投函できた。



ああ、郵政民営化とやらで郵便事業の後退はポストの数にまで変化をもたらしたのか・・・

とは少々筋違いな感想かもしれないが、そもそも私はあの郵政民営化に反対だった。



若い世代が多く住む、近年発展した住宅街には、設置される郵便ポストが少ないのだろうか?

ビジネス街では、いまだにそれなりに郵便の利用はあるだろう。

しかし、手紙を書かなくなったと言われる若い世代にとっては、もはや郵便は縁遠いのかもしれない。

このごろは、郵便に頼らずとも宅配業者のメール便もあるし、

親しい間柄のやり取りならスマホやメールが主流だろうし、

わざわざ便箋・封筒・切手を揃えて直筆文字で想いを認め、

ポストまで足を運んで投函する作業なんて「かったるい」の一言で避けられてしまうのだろうか。



私が住んでいる街は、昔からの土地柄で郵便ポストの数は多い。

自宅近所のポストのありかは大体把握している。

一度設置したポストの撤去はしないけれど、新設に関しては難しい時代なのかもしれない。

いや-----それにしても、これからも郵便物送付の際には電車で一時間持ち帰りになりそうな・・・

なくなって初めて有難味を知るのは何も親ばかりではなく、ポストよお前もか!という話。


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戦後の物のない時代からバブル絶頂期のころ、

我々の思考は「あれが欲しい、これも欲しい」のプラス思考だった。


隣がいい車を買った、テレビを買った、洗濯機を買った、家を買った、うちでも欲しい。

そうして、大物から小物まで、暮らしは物で溢れかえるようになった。


今は、片づけられない汚部屋が話題になり、

断捨離とやらで如何に物を減らすかが人々の関心事。


その一方で100円ショップは大盛況。

あれも100円これも100円で大量買い。

せっかく断捨離しても、身辺はまたまた物で埋まっていくというお粗末。



物に限らず、新しい場所に新しくやって来た人間が、自分発想の新しい事を始めたがる例も多数見てきた。

イベントや仕事内容の見直しは結構なことだが、

まったく新しい事を始めるのはその場所で最低でも一年過ごしてからにしたほうが良いと思っている。

それまで何の不都合も無く推移していた場所で、することが増えるというのは負担なものだ。

それに、始めた人が最後まで責任をもってくれるわけではなく、

次にその場所に来た人は「前からやっていることだから」と言われれば止められない。

そうして、こなすべき仕事や年中行事はどんどん増え、携わる人間の負担は増加するばかり。


新しい物や事が本当に必要であるか否かの判断が足りないのではないだろうか。



物を買うにも「本当に使うのか?」を考えて買うようにと、片づけの識者の言葉。

事を始めるにも「代々受け継ぐ意味のある提案か、そのことをできる余裕のある環境か」を考慮しなくては、

後々の負の遺産になり兼ねない。



イケイケドンドンで成長を続けてきた社会も、今は低レベルで停滞気味。

これもあれものプラス発想をするより、当節、無くてもよい物や事柄を整理する時代ではないか。

よりシンプルな生活環境や仕事内容で自分たちの負担を軽減する方向に向かわなければ、

いずれは自己破綻の道を辿りかねないと見ている。


現状に何かを足して表面だけ取り繕うのではなく、

整理統合をしてスッキリさせたほうが動きやすいし暮らしの満足感も高まる。

マイナスという言葉は、決してネガティブな意味合いだけではない。


これ、長年勤めた仕事現場の体験から導き出した私論。



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10年くらい前、異動の際にいただいたカラーの鉢植え。

いただいた時には、もちろん、たくさんの花が咲いていた。

それから少し大きめの鉢に植え替えてからは、全く咲かず飛ばず(花だから飛ぶわけないけど:笑)。


それが、今年は蕾がついて日に日に花の形が見えてきた。


過去を振り返る暇のない暮らしを続けて来たし、

今もなお思い出を懐かしんでいられる状況にはないけれど、

このカラーをいただいた経緯に関しては良い感情が残っている。


つくづく思う、人はどのように出会い、そして、どのように別れるかが大切なんだなあ・・・と。


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今年4月までは、職住接近ということで自宅のある市内のみの情報で暮らしてきた30年。

5月から、1時間半の電車移動で自分の生活範囲を越えた地域の情報に接することになった。



勤務先マンションのある土地は若いファミリーが多く暮らす地域なので、

これまでの自分の暮らし方とはいろいろと勝手が違う。

通勤途上で出会う風景や事柄も、目新しいことばかり。



世の中こんなに変わったのだ、との感慨を抱くことが多くなった。



まだ昼食に弁当を作って持参する朝の余裕がないので、勤務地のコンビニで調達している。

そのコンビニのレジに外国人のお兄さんがいる。

東南アジア系かなと思われる風貌。

真面目で大人しそうなお兄さん。

(今夕のテレビニュースで、コンビニレジ店員に外国人労働者を雇う店が増えたと伝えていた)


私は、今回の就職をするまで交通系のICカードで買い物をしたことがなかった。

初めてICカードを買い物に使ったのは、今回の通勤で、駅の自販機の飲み物を買った時。

おそるおそる品物を選んでカードを指定の場所にタッチすると、ゴトンとペットボトルが落ちてきた。

「これは便利だ」と味を占めて、コンビニでも支払いに使えるらしいので使ってみることにした。


その最初のコンビニレジが、上記の外国人お兄さんのいる店だった。

「ICカードで支払えますか?」「どうすれば良いの?」という私の問いかけに、

外国人のお兄さんが優しく対応してくれた。


別の日、開店したばかりの別のコンビニで買い物をした時、私は金額ピッタリの小銭で支払った。

すると、対応してくれた日本人の若いお兄さん店員が軽く「ちぇっ!」と舌打ちして小銭を数えた。


私の古い知識では、小売りのお店はカード払いより現金のほうが喜ばれると聞いていたので、

彼の「ちぇっ!」が何を意味するのかわからなかった。

後で自分なりに考えてみて、ジャラジャラ小銭を出す支払いより

ピッと簡単に済ませられるICカード払いの方が喜ばれたのかもと思った。


その街では、あらゆる店のレジにICカードの感知器が備え付けられている。

それ以来、私は少額の買物にはICカードを使えるように、少し多めのチャージをすることにした。



また、駅構内の移動の際、すれ違う人としょっちゅうぶつかりそうになることも気になっている。

昔は、どんなに混雑した駅構内でも、互いにスイスイとぶつからないように歩いていたように思う。

あののべつ混雑している東京駅でさえ微妙に避け合いながら往来していた。


それが、5月からの通勤では、しょっちゅうぶつかりそうになる。

一回は荷物を思い切り私にぶつけたにもかかわらず、立ち止まりもせず通過して行った男性がいた。


もう世間の常識になってしまって、何を今さらだけれど、

多くの人々がどこでもスマホに視線を落としているのが日常の街や駅や電車内の光景。

そりゃあ、視線がスマホに注がれていれば周囲にどんな人がいてどんな状況にあるかなんて気づかないだろう。

その常態化したスマホ凝視の日常行動が周囲への無関心となり、

スマホを見ていない時でも自分の周囲の人への配慮を欠かせているのかもしれない。


昔の人間が混みあう場所でもぶつからないようにすれ違えたのは、

前から横から近づく人々を視野の中にとらえていたからこその集団行動だったのだろう。



同じようなことは、雨の日に狭い歩道ですれ違う時にも見られる。

前方から迫りくる人が視野に捉えられていれば互いに傘を傾けてすれ違うであろうが、

先日来幾度かあった雨の日に、避けるのは私ばかりという経験をした。

他人に道を譲らせたら、以前なら「済みません」と軽く会釈や言葉が出たものだけれど、

最近は、道を譲って立ち止まっている人間など目に入らないらしい。



だからどうした、と言われそうだ。

古いことを持ち出しても通用しない時代だよ、とも。

私も今さら昔を持ち出して嘆いたり説教じみた意見を言うつもりもない。

だって、これほどの世間の変容ぶりだもの、昔のようになんて言っても始まらない。


ただ、この国は、今や情緒もヘッタクレも無い荒んだ空気になったのだなあ・・・と感じるばかり。


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一人で仕事するようになって二週間が過ぎた。

5月初めから担当マンションに通勤するようになって二週間は、

引き継ぎを兼ねた派遣代行さんとの二人三脚だった。

正管理員不在期間の三ヶ月は、こうした派遣代行さんが数名で担当していたようだ。



そこへ、私が正管理員として着任したのだが、最初のうちは私の方が「借りてきた猫」状態。

前任者の残したアレコレをじっくり確認したくてもデスクは代行さんに占められて触れなかった。

それがまた、仕事への不慣れからくる私の焦りを増長させたのは間違いない。

早くこの現場のこれまでを把握したいという思いが日に日に強まっていたが、

業界素人の私が大きな顔で初日から主役を主張できる筈もなく、

ただ黙って、日々入れ代わり立ち代わり面子の変わる代行さんに従って動いていた。



そして、三週間目になってやっと、一人になった管理室で前任者の仕事の足跡に触れることになった。


前任者も女性で、数年(3-4年?)担当していたようだ。

残された書類の文面から、私とは全然異なる性格というか仕事への姿勢が見えてきた。

一番ショックだったのは彼女の接客慣れした文言使いの文章。

(わ・わたしにはこの人と同じことはできそうにない・・・)と、いっきにやる気を削がれてしまった。

前任者の残した文章からは、これまでの私の人生には無い「品(しな)をつくる」という文字が浮かんできた。



いったい前任者はどんな人柄でどのような仕事ぶりだったのか・・・?

それが大きな精神的負担となり、長時間の通勤や肉体労働からくる疲れより精神的な疲れが勝ってきた。

前任者と会えていないことが、不安の想像を膨らませてしまったようだ。



前任者の文章から私が想像した彼女の前職は、

首にスカーフを巻いて両手をお腹のあたりで組み優雅にお辞儀をするお仕事。

うーーーん、私のようなガサツ人間には無理!



その後、担当マンションに訪れた数人の業者さんや会社の管理指導部門の人と交わした会話の片鱗から、

すこーしづつ彼女のことが見えてきた。



今は、彼女と同じようにする必要はないと思えるようにはなりつつあるが、

果たしてお客様である居住者の皆様に "私流" が通じるかどうか・・・


この年齢になって、まだまだ働こうと志したは良いけれど、

これほど本格的に(一丁前)を求められるとは思わなんだ、というのが現在の偽らざる心境。


まあね、無理だと思えば辞めればいいんだし、そこは別の仕事で一区切りつけた人間の強み。

この仕事だって、勤められても数年(3年くらい?)だろうし、あまり気にしない方がいいかもと、

肩の力を抜こうとしている現在。


それにしてもこの疲労感は何なんだ!

長時間のラッシュ通勤が無理なのか、はたまた仕事がきつ過ぎるのかと悩み始めていたが、

今日あることに気が付いた。

それは連日の気温上昇。

不慣れな通勤と仕事、それに加えての連日の暑さ。

新しい仕事のアレコレから来る激疲れもあるけれど、軽い熱中症かも知れない。

齢をとると暑さ寒さに鈍感になるとは聞いていたけれど、気を付けなくっちゃ。



まったくぅ、安穏とか退屈とかいう言葉とは無縁の人生だよな私の人生は、と思うこのごろ。


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金品を狙われる高齢者

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今朝の「モーニングショー」で知ったのは "救世主症候群" という言葉。

詐欺集団が、同情を誘うようなシナリオを書いて・演じて・高齢者から金品をだまし取るという話。

これにまんまと引っ掛かってしまう高齢者の話。



高齢で財産はそこそこあり暮らしの心配は無い。

社会とのつながりは疎遠で日々することも無い。

誰かから役割を果たすことを求められることも無い。

そんな年寄りが狙われるのだそうだ。



自分も何か社会貢献をして感謝されるなら・・・という満たされぬ想いに付け込まれるという。


この話を聴きながら「さもありなん」と思うことは多い。


救世主症候群、私に金品と暇な時間があったなら陥りそうな症状だ。

財産も金品も無い、暇な時間も無い(むしろ高齢になって忙しくなった)私で良かった。

他人に同情して何かしてあげたくてもできる状況にはない。

人間関係も最低限だし、新しい人間関係を築きたい性格でもない。

社会に貢献したいと思うより先に、自らの暮らしを維持することで精いっぱいの私。

詐欺師にまんまと騙されるくらいなら私を助けて、と言いたいくらいだ。



ことは何でも構わないから、

死ぬまで(したいことがある)(しなければならないことがある)ということは幸せなのだと、

今朝の "救世主症候群" の話題をながら聞きしながら思った。


衰え行く身体能力や精神力・判断力にムチ打ちながら働くのは大変は大変だけれど、ね。

人間は、適度な強制を強いられることも必要なのかな・・・とは、

最近しばしば私の頭に浮かぶこと。



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そこは遠慮してほしいところ

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今日・明日は休み。

やれやれ、一人で仕事をするようになって初めての休日。

無敵の体力を誇る私も、さすがに、つ・か・れ・た。



夕食の買い物を済ませて帰宅しようとエレベーターに乗り込む。

相乗りは小学3年生くらいの女の子。

さあ、昇りましょうか・・・としたところに、5階の住人夫婦が現れた。

二人の手にはそれぞれリンゴ箱くらいの鳥かごが。

中には小鳥がいる。

よく見なかったので不確かだが、インコらしき鳥が数羽。

お世辞にもきれいな鳥かごとは言えない代物。



まさに私が昇りのボタンを押そうとしていたタイミング。

普通なら遠慮するでしょう・・・と思いきや、

旦那の方が「乗れるだろ」と妻に向かって言い、鳥かごを下げて乗り込んできた。

私も女の子も・・・いや、ここは遠慮してほしいんですけど・・・とは言えなかった。

女の子は8階の住民、私は6階。

できればそのデカイ2つの鳥かごとご一緒したくはなかった。



その後、昇り始めたエレベーターの中での夫婦の会話は、

「ほら、キョロキョロしてるよ」

「知らない人がいるからビックリしているのかな」

なんて・・・鳥もペットとなると人扱いになるのか。

ビックリしているのはこっちだよ!


ちなみにその夫婦は50歳前後で子供はいない。

男性のほうが先にマンションに住み始めて、

その後結婚した奥さんも決して若いとは言えない人。

引っ越してきた彼がまだ独りの頃、大音量の音楽が近隣に響くのでひと声掛けたことがある。



籠の中で鳥が羽ばたくと小羽根やエサの殻などが飛び散るので、

昔から籠の鳥には近づきたくない私。

エレベーターの中では彼らにお愛想の一言も言わなかった。

私の後ろに立っていた女の子も無言だった。



物が鳥かごでなくとも、リンゴ箱ほどの大荷物を二つも抱えているなら私なら遠慮するところだが・・・

まあ、人はそれぞれだから、私の常識があちら様も同様とは言えないことは百も承知。

でもなぁ、妻に向かって「乗れるだろ」はないでしょうよ。

そこは、先に乗っていた女の子と私に向かって「ご一緒してもいいですか?」でしょうよ。

心の内でそう思った私だった。


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勤務が始まって日曜日の朝のテレビ番組「ワイドナショー」(フジテレビ)は視られなくなりました。

その「ワイドナショー」(5/7放送)に、昨年、タレントのベッキーとの不倫騒動で話題になった川谷クンが登場したようです。


そしてこう言ったそうな→「グループの名前を『ゲスの極み乙女』としたことを後悔している」


何を今さら・・・です。



だ・か・らぁ、言わんこっちゃないでしょうよ。

(って、本人に直接言ったことないですけど:笑)


川谷クン、君はシンガーソングライターだったのかな?

だったら詞を書くにあたっては言葉を吟味したはずだよね?

そんな立場でありながら、グループ名に「ゲス」ですか?


私は君たちのグループ名を知った時、ほとんど吐き気をもよおすくらいの拒否反応でしたよ。

だから、君たちの曲を聴きたくもないと思いました。

「ゲス」なんて言葉をグループの名前に使う人間の品性を疑ったからです。



その場限りの激情で発する単発的な下品用語と違って、

個人名にしても集団名にしても、実体の身代わりとして他者に覚えてもらおうと命名するなら、

やはり他者を不快にしないような選択をすることが大事なのではありませんか?


川谷クンの一件は(自業自得)(身から出たさび)ですよね。

これからは慎重に、ね。

そして、多くの人の心を打つような詞で曲を作ってください。



ちなみに「名は体を表す」とは、

ここから転載


「名は体を表す」

名はそのまま、その実体を表すものだということ。実体が未知でも名を知ることによって実体を知る手がかりは得られるものだということ。

「故事・ことわざ辞典」新星出版社より


転載終わり



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昨日と今日、お休みです。

1日に職場に顔を出し、派遣代行の方からザッと様子を聞きました。

直後の休日なので、まだ多少の不安は継続中ですが・・・



☆☆☆



いろいろさまざま、生きていく上での心配事は絶えません。


(こんなに平和で幸せで良いのかしら)と自覚的に考えたのは過去1回だけです。

それは、夫が職場の勧めで病院を受診すると言って出かけた朝。

幼い子供二人が遊ぶのを横目にしながら部屋に掃除機をかけていた時のこと。

お天気は良いし、子供は健康で仲良く遊んでいるし、

幼いころから身内に(変人)だの(他人から嫌われる)だの言われた私が、

妻となり母となれていることを不思議に感じながら、

できればこの平穏が続いてほしい、いや、続くものだと思った瞬間でした。



人生とは、どこでどの瞬間に180度転換するかわかりません。


私が「幸せだ」と思った直後のことです。

電話の呼び出し音が鳴りました。

病院からでした。

「ご主人の病状について、ご本人には内密に奥様にお話があります」

このセリフは、テレビや映画で何度も耳にしていました。

その意味するところは・・・夫の病気が深刻なものだということです。



その前夜、夫本人は結果の深刻さを感じていたのか眠れないようでした。

ただ、家を出て行くまで「きっと大丈夫だよ。帰ってきたらあれをしてこれをして・・・」と、

まるで自分自身を安心させるかのように普段通りに振る舞っていたので、

私も悪い結果など予想だにしていませんでした。



病院に出かける夫は「検査だけだから、すぐに帰ってくる」と言い置いて出かけました。

玄関を出て、駅に向かう夫の背中が角に消えるまで見送りました。



夫を見送ってから、私は部屋の掃除にとりかかったのですが、

やはり、(何事もありませんように)という不安の裏返しでしょうか、

冒頭のような『幸福感』が鮮明に浮かんできたのです。

神様からの「失う前に記憶に焼き付けるように」とのメッセージだったのかもしれません。


あの一瞬の『幸福感』が記憶に鮮明であり、なぜ神様からのメッセージのように思うかと言うと、

『幸福』と感じた一瞬の記憶が、それからの人生で崩れ落ちそうな時の支えになったからです。



私だけでなく、心という存在を抱えながら生きる全ての人々は誰も、

大なり小なり常に何らかの「心の重石」を抱える宿命を負っているのでしょう。

その「重石」を支える力が出せるか否かは、

過去のある時点で、ささやかな幸せでも自覚できる一瞬があり、

そのことに感謝した記憶の有無に関係するような気がします。



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