2016年11月アーカイブ


NHKスペシャル「パナマ文書」を視た。


今回表沙汰にならなければ、世界各地の富豪たちはずっと税金逃れを続けたであろう。

いや、いま現在も税金逃れにあの手この手を尽くしているのであろう。

その結果、納税義務のある国で稼ぎながら、しかるべき納税を回避した莫大なお金が闇に隠されているのであろう。



今回の番組でインタビューを受けていた一人の金持ち男性の話。

彼はカーコレクションが趣味で高額な車を24台所有しているという。

インタビューを受けるにあたっては身元を知られないようにと腕時計をはずす場面があった。

なんでも、世界に数個しかない時計なので、その品物から身元がばれるような代物なのだそうだ。

莫大なお金で何をするのかというと、

珍しくておいしいものを飲み食いしたり、カジノで賭けごとに興じたりして使うのだと言う。



なんだ、そんなことか・・・と思う。

それが彼の幸せなのか・・・とも思う。



人間はみな等しく一体の身体を持って日々を暮らし、一日は平等に24時間である。

60歳を過ぎれば肉体が衰えていくことに貧富の差はない。

そして究極、死は万人に平等に訪れ、この世でのあれもこれも関係の無い灰と化すことは約束されている。



そんな貴重とも奇跡とも言える生を、

24台もの車を所有したり、人が持てない品を買い求めたり、高価な飲食や賭け事に使ったりして満足するとは・・・

なんと貧しい精神か!



世界的にみて、最近は超高層ビルの住居が建設されるようになり、高層階ほど値段が高いそうだが、

金持ちほど高いところに住みたがるのは、地面を行き交う貧乏人を見下げて優越感に浸ろうとする現れか。



ま、何を語ろうと、お金に縁の無い者の負け惜しみに聞こえることは間違いないが、

財に恵まれずとも幸せを感じることはあるわけで、それで十分ではないかと思っている。


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20161124youran (350x319).jpg トゥインクル・フレグランス・ファンタジー(ミニ洋ラン)


2‐3年前に買って部屋に置いていたミニ洋ランが枯れてしまったので、

先日 ↑ これを新たに購入して来ました。


買った時には蕾でしたが、ここ数日で花が次々に開いています。

顔を寄せると微かに香ります。


花を眺めると心がリセットされるようです。




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昨日から徐々に冷え込みが厳しくなって、天気予報通りに今朝ほどから雪が降り始めました。

午前9時半の今、ハラハラと直径1‐2センチほどの雪片が次々に舞い落ちています。

車や人通りの無い場所には既に積雪が見られます。

東京で見られる11月の初雪は54年ぶり、積雪となると観測史上初140年ぶりだとテレビが報じているところです。



あらゆることが仰天の連続だった今年も残り1ヶ月と少しになりました。

ひっくり返ったあれやこれやの行方は来年以降のことになるでしょうが、

どうか邪悪な方向に向かわないようにと、降りしきる雪の白さに、ふとそんな願掛けをしたくなりました。


20161124hatsuyuki1 (350x263).jpg   20161124hatsuyuki2 (350x263).jpg   20161124hatsuyuki3 (350x263).jpg 



【追記】

午後4時、いきなり室内に明るい光が差し込んできました。

雪雲の切れ間から太陽が顔を出しています。

すでに夕陽の気配。

先ほどまで雪がチラついていましたが、どうやら明日は晴れそうです。


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平凡こそ幸せ

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20161118bara (350x323).jpg 普段利用するスーパーで貰った誕生月鉢花プレゼント


晴天の一日でした。

所用で外出しましたが、気持ちよく外を歩くことができました。



このところ世界各地で大きな変化が続いています。

本音の発言が喝采を浴びる現象が続いていますが、これらは慎重にウォッチしていかなければならないでしょう。

目くらましの演技かも知れませんし、発言者の実態かも知れません。

その後に続く実質的な行動を見極めるまでは何とも判断のしようが無いというのが本音です。



ただ、人の性質・性格は見た目にも反映されるので、

ある程度の人生経験を積んで来ると何となく推察できる部分もあります。

それはあくまで "勘" としか言いようのない判断なので、声高に言えるものではありませんが。


また、世の中を動かすような人物には必ず方針に影響を及ぼすブレーンがいて発言を修正したりしているので、

テレビや新聞で見聞したことのみで正確な判断ができるとは限りません。



でも、世の中の情勢の混乱ぶりを報道を通じて野次馬的に見ていると、

改めて平凡であることの幸せを感じると同時に、

同じ人間でありながら、多くの人々の命運を背負う大役を引き受ける人に対する敬意は忘れてはならないと思います。



長く生きていれば、世界中の歴史的な変換の発生をリアルタイムで見てきたわけですが、

現在起きている世界の動きも、そんな歴史の一幕ではないかと思っています。


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高齢者の自動車運転で事故が相次いでいます。


事故を起こした人、巻き込まれて死傷された方々、どちらにも不幸な結果です。


運転免許の返納に関しては、なかなか簡単には行かない事情が多々あるようですが、

人間も動物である以上、年を経るにつれて身体能力や判断能力の退行は自然の成り行きです。

それを自覚するかしないかですが、老化を素直に受け入れられない人が増えているような気がします。



私の周辺でも、なかなか周囲の進言に耳を貸してくれない年寄が増えていて、

私も前期高齢者ですが、その私でさえ「アーアッ、ヤレヤレ」とため息もらしたくなるような事例が増えてきました。

60歳過ぎたら、常に自分の状態を自ら観察することを怠らず、

その上で、

身近な人たちの意見に耳を傾ける謙虚さが大切になってくると思います。


でもね、

そんなことを念頭に置いて暮らしている人なら、大丈夫そうですけれどね・・・


次々に発売される先進的かつ便利な機器を取り入れ楽をすることばかり目指すのも考えもので、

あえて不自由を選択することが健康維持に役立つ面もありますし、

ゆとりのお金があるなら生活の手助けに人手を頼んで対価を支払うことも社会貢献だと言えます。



次第に近づく人生のピリオドに向けて、

持てるものを如何に賢明に社会にお返しして行くかが高齢者に問われているのです。

これからの時代を担う若い人たちの邪魔をすることは避けなくてはなりません。

ましてや運転ミスで彼ら彼女らの命を奪うなんて、あってはならないことです。



必要もないところで無理に老人ぶることはありませんが、

少なくとも無理な若ぶりはしないでおきたいものだと、

これは自戒をこめて私が最近考えていることです。


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一時期、欧米式のディベートとやらがもてはやされ、

日本人も討論できるようにならねばという意見があったように記憶しています。

(今はどうなんでしょう?最近はあまりそういう主張を耳にしないようですが)

個人的には、このディベートとやらが好きではありません。

本来のディベートの目的は知りませんが、

どうも私は、相手を言い負かす為の言論合戦という色合いに嫌悪を覚えるのです。




私自身は、語りたいことがあると延々しゃべる傾向があり、

しかも理屈っぽいので敬遠される人間だったと自覚しています。



「・・・だった」と過去形にしたのは、

歳とった現在はもう、自己主張を声高に述べることに疲れ、議論を避けるようになっているからです。



また、ちかごろの会話はキャッチ・ボールにならないことが増えましたから、これが一番大きい理由かもしれません。


高齢者は、こちらの話は聞かないで自分の言い分ばかり語る場合が多く、

若年者は、こちらの話が分かったのか分からないのか言葉が返って来ず、

ただ黙ってこちらの顔をじっと見ているばかりのケースが多いのです。




話したいと思う気も失せようというものです。




他人の話はまず聴いたほうが良いと、私は思うのです。

相手の話を心のグローブで受け止め、しかる後、相手を傷つけない返球としての言葉を選ぶことが大切なのではないでしょうか。

返事の内容が否定的なことであればあるほど言葉は選ばなくてはなりません。




まあ、これらも、必要な会話はすべきものと思うか思わないかの問題が前提としてありますが・・・

最近は、他人と話さなくても構わないと考える人が増えているような気がします。

人はどんどん寂しくなるのでしょうね。

そして、人と話さないから相手が分からなくて疑心暗鬼が蔓延し、

悪意の蜘蛛の巣に易々と引っかかる事例が増加するのではなかろうかと、

老婆はひそかに危惧しております。


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これは私が結婚する時に母が買って持たせてくれた和装の普段着用羽織です。

着る機会も無く40年の月日が過ぎました。

処分できなかったのは、

この羽織に込められた母の想いまで捨ててしまうようでしのびなかったからです。



月日が過ぎて私も還暦をとうに過ぎました。

私の還暦到達の折には、特に行事的なことは何もなく過ぎましたが、

世間では赤いちゃんちゃんことか健康長寿を願って赤い物を贈るような習慣があるようです。



ここ数年、私は常に自分のその時(認知症発症とか病気や死)を念頭に置きながら暮らしているのですが、

いま着なければこの先これをいつ着るのと思い、今年から室内でこの羽織を羽織ることにしました。

母からの還暦祝いだと思って。



改めて、思います。

人は生きているうちに「語り合いたい人と語り」「会いたい人と会い」「和解したい人と和解」しなければ、

息を引き取るまさにその時、自らの人生プラスマイナス・ゼロと受容する心の清算はできないだろうことを。


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