人工知能の実用化と人間の役割は?

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今朝のNHK TV 総合「サキ どり」では人工知能の話題を扱っていた。

研究はずい分進んでいるようで、約20年後には、約半数の仕事が人工知能に代替できるらしい。

人工知能の仕事には感情が介在しない分、仕事の進捗が標準化できそうだ。


人間が仕事に携わる場合、

怠ける人がいれば、その負担は周囲に被さってくるという不公平が生じ、

負担が大きくなった者の不満の拡大や仕事の進捗の遅れなどにつながる。

また、

人間には相性の良し悪しや自分有利にと考える損得勘定が働くことがあり、

悪化した人間関係の解きほぐしには、仕事以外のエネルギーを要する。


そのような、人間ならではのトラブルは、人工知能を使うことで避けられそうだ。



現在、自分が職場で困っているのがこの「人間の悪感情」ということもあり、

人工知能相手なら、余計な感情の介在無しに規定の仕事をこなせるのに・・・と考えてしまった。

人間は、さまざまな悪感情から周囲の足を引っ張ることもするからなあ・・・非生産的だ。



では、人工知能が、人間生活の半分以上を担ってくれるような時代が実現したら、

人間はいったい何を為し、どのように人間としての存在を保つのか?


先日の「にっぽんのジレンマ」という番組では、若い論客たちがこの問題にも触れていた。

これまで人間が担ってきた分野の殆どを人工知能に任せられるようになった暁には、

人間の存在意義・価値ってどうなるんでしょうね?ということに、誰もまだ確かな予測はできていない。



考えてみると、知識や技術や道具などの発達はめざましいものがあるけれど、

原始より変わらないのが人間の感情だと思われる。

とはいえ、この感情さえも、脳科学の研究が進んでいる最近では次第に解明されているようだが・・・

当面言えることは、道具に振り回されずに心身を充実させる術をどれだけ持ち合わせているかが、

人間としての存在感を喪失しないでいられる鍵になるような気がする。



それにしても、ゴールの無い人間社会の営みにおいて、

たかだか100年に満たない人生を生きる我々に何が最重要事項なのか、それが問題だ。

(って、これは既にシェークスピアの疑問でもあったわけだが)


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このページは、tsuyuが2016年3月 6日 08:56に書いたブログ記事です。

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