2016年1月アーカイブ

このところテレビ東京の人気番組「開運なんでも鑑定団」という番組に於いて、

石坂浩二さんの発言や映像が編集カットされ続けていた問題がマスコミに取り上げられています。

私も、この番組が好きで、ずっと視聴してきただけに、

このようなことが行われていたことを知って、テレビ東京に少なからぬ幻滅を覚えています。

最近、テレビ東京の番組には面白い企画が増えたように思い、けっこう視聴していたもので・・・



そう言えば、ここ2・3年、石坂浩二さんが番組でコメントされることが無くなったなあとは感じていました。

「鑑定金額表示のボタンを押すだけではもったいない人ではないか?」

「もっと鑑定品に対する彼のコメントを聞いてみたいのに」

などと思うことが毎回でした。



芸能関係のことには詳しくない私ですが、

石坂浩二さんは、博識で落ち着きのある方との印象はあり、

彼の存在が、あの番組に重厚さをプラスする効果があったことは否めないと思います。



後任と報じられている方については、仰々しく騒いで場を盛り上げる傾向の彼の起用には、

私は個人的に疑問を感じますし、今後の視聴意欲が減退することは確かです。



最近のテレビ番組は特に、また、テレビやラジオに限らず、

巷の人々の言動も、騒々しく軽い傾向になっているように感じます。


たまには互いの意見や見解をじっくり語り合わなくては、相互理解は不可能です。

互いの知見を交換することの大切さを、最近の社会は軽視し過ぎてはいないでしょうか?


やり取りは殆どデジタル文字に頼る傾向を強めていると思われる現代人は、

生の声で言葉を紡ぎ、相手と対面して語ることを避け過ぎてはいないでしょうか?


「語る」ということは、その中に込める(想い)が存在します。

(想い)を言葉に構成して会話や文章を綴るには(教養)や(自分なりの知見)が必要です。

また、人の話に耳を傾けるという作業には、それなりの忍耐力が必要になります。

そうした手間暇や消耗を強いられることを避けたがる風潮は、

いずれ、この国の劣化をもたらし、国の劣化は個人生活に無関係であるはずがありません。



それにしても・・・

意味不明な絶叫や、真面目を茶化して嘲笑って喜ぶことが日常普遍になった社会で、

私たちは、質の高い幸福感や充実感を味わうことができるでしょうか。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

原作の内容からして暗くて重い話なので、覚悟して視ています。

第2話は、残念ながら見逃してしまったのですが、

昨夜の第3話は、視ようかどうしようか迷いながら、結局視ました。



臓器提供の為だけに生かされている子供たちだけれど、

成長とともに、人間らしい感情の発露は当然生じます。

そうした感情(恋愛や将来への希望)に、

行動範囲が限定され監視されている生活の中で、どのように向き合って行くのでしょう。



主人公(綾瀬はるか)の彼を横取りしてしまう女の子、

視ていて憎たらしくなってくるということは、彼女の演技が上手いということでしょう。


将来はプロサッカー選手になりたいと夢見る男の子が、

その可能性を全否定された時の絶望感など、視ていて辛くなる場面が展開します。



やはり、人は、親のもとで愛情をもって育まれ、

全ては叶わないにしても、希望や夢を自由に描けてこそ、幸せなんだと思いますよね。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

小太りな私

|

このところ間食をしなくなった。

以前は、三度の食事の合間に、よく甘いものに手を出していた。

もともと太りやすい体質で甘辛両党なので、体重の増加は自然の成り行き。

ただ、筋肉質な体のお蔭か超肥満には至らず、小太り程度。



10数年前、二ヶ月で7kgの体重減を経験したことがある。

その時は、マンション自治会の役員として、夕方からの会合に出かけることが重なり、

家族の食事を整えて、自分は食事をせずに会合場所へ向かうことが多かった。

食事のタイミングを逃して空腹の辛さをやり過ごすと、その後に摂る食事は少量でも満腹できた。

そんなことが続いて7kgのダイエットにつながったのだろう。


体重が減ったことによって日常生活において活動的になり、

体重管理ができていることが自己評価も高めた時期のように思う。



現在は、間食しないにもかかわらず、少々多めの体重で安定しているのだが、

これは年齢による代謝機能の衰えも原因の一つだと思っている。



理想体重を意識して、数字の増減に一喜一憂しても体質は変えられず、

高値安定の体重であろうとも、日々、何ら身体的な不都合を感じなければ "これで良し" とする。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

20160128marugoto (350x263).jpg 20160128yanagawahina (350x263).jpg  

左:「まるごとにっぽん」のビル

右:館内に飾られていた柳川の雛飾り




浅草にある日本全国の物産を集めた「まるごとにっぽん」に行ってみた。

美味しいもの大好きな知人に勧められたため。

1階は食品、2階は生活用品、3階は飲食店、4階は体験コーナーなど。

つくばエクスプレスの浅草駅を地上に上がると浅草ドンキホーテが目の前に、

そして「まるごとにっぽん」のビルの斜向かいには浅草東洋館、

スカイツリーも建物の間にニョッキリとそびえている場所。



出かけた時間が遅かったので、ゆっくり見て回ることはできなかったが、

全体的に値段高めの品物ばかり。

品揃えや展示なども、個人的な感想では "雑" な感じが否めなかった。

接客にしても、もう少し改善の余地がありそう。


都内には、各所に各都道府県のアンテナショップもある中で、

浅草という観光地のビル一棟内に日本全国の物産や名品を集めるという狙いに期待して訪れたのだが、

内容の充実はこれからにかかっているように、個人的には感じた。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

20160128bara (350x341).jpg  



↑ これは、一昨日の退勤間際に、たまたま通りかかった同僚の机に見つけ、

「これどうしたの?綺麗なバラね」と声をかけたところ、

「欲しければ、さしあげますよ」とのこと。

「はーい、喜んで」と、ちゃっかり貰ってきた。




彼は、50代の独身でバス通勤。

退勤時の荷物になるこの戴きもののバラの鉢を持て余していた様子。

そこに通りかかって声をかけた私がラッキーを拾った次第。




彼とは、30年前にも同じ職場だったことがある。

生き方に独自の価値観を持ち、一人行動が多いと、周囲からのさまざまな憶測に悩まされる。

その点は、私も同じくであるが、偏見に満ちた周囲の噂に動じない彼の姿は立派だと思っている。




ま、それはさておいてっと・・・




花を貰っても、彼は持て余すだろうなあ・・・ということが即座に判断できたので、

「欲しければあげる」と言われて、即座に「もらっちゃおうっと」と言うことに迷いはなかった。




(犬も歩けば棒にあたる)というが、

たまたま通りすがりにバラを手に入れた私のラッキーな話。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

小耳に挟んだ話2題

|

スーパーの出入り口でのこと。

買い物を済ませて出口に差し掛かると、向こうから二・三人連れの熟年女性がやって来た。

「あの、なんて言ったかな・・・マジ、マジ、マジカル?」

「へえ、何それ」

「すごいのよ、あれ。私すっかり気に入っちゃったわ」


って、言うじゃなぁーい←(ちょっと古くなったギター侍ギャグ)



えっ?マジカル?

新手のマジシャンでも登場したか?

はたまた、行く先謎のワクワクツアーの情報か?



その正解を気にしつつ彼女らとすれ違う私。


「油汚れもスッキリ落ちて、これまで使っていた洗剤と大違いよ」

という言葉が耳に入ってきた途端に、私、ピーンときた。

すると、彼女の連れの一人もピーンときたようで、

「それって(マジカ)のことでしょう」

「ああ、そうそう(マジカ)。あれ良いよねぇ」


彼女らも私も、固有名詞が咄嗟に出てこない年齢である。




昨日乗ったバスで、

後方の席から熟年男性の会話が聞こえてきた。


***** 以下、じいちゃんの話の内容 *****


うちのやつがね、去年の暮、忘年会するんだって近所の店に何人かで集まったんだよ。

昼過ぎに出て行ったのに、夕方遅くなっても帰って来ないじゃない、

やっと帰って来たから「ずい分遅かったなあ」なんて声かけたら、

話が弾んで4時間ずっと、その店で喋っていたんだそうだ。

まったく、4時間も、よく話すことがあるもんだ、ばーさんは。


***** 以上 *****


熟年になっても、男性には女性の行動が不可解だったりするらしい。

「ばーさんは」という発言に、男性の心の機微が出ていたように感じた。



ま、この話2題、どちらもご愛嬌。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

TBSの金曜ドラマで「わたしを離さないで」が始まった。

原作は英国在住のカズオ・イシグロの「Never Let Me Go」。



6年前にこの本を読んだ時は衝撃だった。

私の場合、この衝撃に類似する本は「アルジャーノンに花束を」。

「わたしを離さないで」と「アルジャーノンに花束を」に共通するテーマは、

医療発展の為に犠牲にされる人間について。



優位な立場にある人が、自分が救いたいと願う人間の為に、他の人間の肉体を治療の素材とすることとは?

また、「わたしを離さないで」では、素材提供の為に人為的に人間を作り出すこととは?と問われているように思う。



移植医療に関しては、一時期ほどニュースに取り上げられなくなったように感じる。

それは、移植が、既に確立した医療として定着したからなのか、

はたまた、提供者(ドナー)の数が確保できなくて移植医療が行き詰まっているのか、

素人には分からない。




移植の為の臓器提供は、

心という目に見えない働きにより行動を左右している人間個体にとってはハードルが高い決断であることは間違いない。

だからこそ「わたしを離さないで」では、親子・きょうだい・親戚などという、

理屈抜きの血縁関係を断ち切った生体として人為的に人間を作り育てる設定にされている。

親はいなくても、塀の外の人間社会との接触を制限されても、人間という存在である以上、感情は育つわけで、

その辺りの葛藤などが作品の中に描かれていたように思う。



読書後数年を経ているので、内容に関する記憶は曖昧になっている。

これからのドラマの展開を追うことにしよう。

昨日の一作目は、原作を読んでいたからこそ分かる部分もあったように思う。

着古された服を身にまとい、画面全体の色調をグレーにして、

原作の醸しだす雰囲気を伝える演出がされていたように見受けられた。

内容は今後も、決して明るい方向には展開して行かないだろう。

にも拘わらず、この本をドラマ化したTBSの選択には一目置きたい。



著者のカズオ・イシグロに関しては、

幼い頃に両親に伴われて英国に移住し、現在は英国人として作家活動をしているらしい。

「わたしを離さないで」を読んだ直後に、NHK Eテレに出演された番組を視聴したことがある。

注目したい作家の一人である。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

悪意で解決できることはない

|

ここしばらく頻繁に、私が職場で煩わされている女性についてこのブログに記述している。

もうすぐ人事異動の季節。

漏れ伝わる話によると、件の彼女は異動の希望をだしているという。

私がもし、4月からもこの職場で働けるのであれば、

彼女の異動によって心安らかな職場環境を手に入れることができるかもしれない。



私は、昨年末から彼女と距離をおいている。

すると彼女に、距離をおかれたことに対するあからさまな報復めいた態度が見られる。

自分の職務にまい進すれば、周囲の評判など気にならないであろうに・・・



彼女は、「職場は冗談を言い合ったりして和やかな空気であるべきだ」と言っているそうだ。

それは、彼女とは仕事以外で距離をおいている私への批判として、周囲に語られている。

陰で批判したつもりでも、そういった陰口は私本人の耳に届くし、

そうした非難の陰口を言われていることは、彼女の態度を見れば私にも分かる。



彼女は以前「私の心の奥は結構ドロドロしているからね」と自身で語っていた。

その(ドロドロ)な復讐心が今、私に向けられている。



口先だけのおべんちゃらで自分の立場を保持しようと立ち回るより、

職務を果たした実績で周囲の信頼を得ようと考えない限り、

彼女は、延々と誰かの悪口を言い続けると言う不毛な行為を重ねなければならないだろう。



悪意から生じる行為で、心身が安らかになる解決が導けるわけがない。

虚心坦懐にものごとに向き合ってこそ、進む道は広く明るく続いて行くものだと、

彼女に言っても無駄だろうなあ・・・


病的だとしか思えない人格の歪みを見せる人との付き合い方は難しい。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

長く生きていると、経験の積み重ねからの気づきが多くなる。

同一の職場なら、尚更、過去の例に照らし合わせて、

「こうすれば良くなる」「ああすれば事は上手く運ぶ」という、

各事例の判断が頭に浮かんでしまう。



同僚から嫌われまいと思えば、そうした気づきは呑み込んで口外しない方が賢明かもしれない。

うるさいことを言わないで、黙々と、若い後輩たちの気づかないことを片付けてやれば、

嫌われない年寄りでいられるのだろう。



しかし、言わなければ気付けないし、その人自身の改善にもつながらない。

そんな思いの方が勝る私は、直接または間接で、口に出すことにしている。

直接の指摘に耳を傾けてくれる人には直接指摘する。

直接言うとへそが曲がる人には間接的に伝わるように、こちらの意思を口外する。



どちらにしても、不都合な出来事が改善されるなら、それで良しと思っている。


結果、私は、相当な「やかまし婆」となっていることは間違いない。

私は、自分には邪(よこしま)な気持ちは無いと思っていても、

嫌う人はきっと私を嫌っていると想像がつく。



今、人生の残り時間を意識し始めた私は、好かれるか嫌われるかで行動をするつもりはなく、

「ダメなことはダメ」だと、一旦は主張することにしている。

そうしたこちらの主張にもかかわらず、物事が改善の方向に向かいそうになければ、

それを見極めたうえで諦めることにしている。

諦めの決断は速い。

何しろ、私には、この世で残された時間が短いのだから、

一つの事柄に執着して長く付き合う余裕はない。



今日、間接的に伝えておいた事が、第三者の口を経て本人に伝わり、ある一件が円満に解決した。


「年寄りは嫌われてなんぼ」、それを覚悟したうえでの職場の日々。

ま、淡々と過ごすのみ。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

およそ二週間ぶりに、フルでの仕事をして来た。


二年前からの仕事の相棒さん(60代前半男性)とは、まあまあ良い感じで連携できている。

出過ぎず、かと言って、仕事の手を抜くわけではなく、余計なおしゃべりもしない相棒さんには感謝している。


昨年末には、メモ用紙に年末のご挨拶が残されていたので、

1月4日にちょっと職場に顔を出した私からは年始のご挨拶をメモ用紙に記しておいたら、

今日は、相棒さんから年始のご挨拶メモが机上にあった。


何気ないやり取りだけれど、こうした些細なところに人柄を感じてホッとする。



今年初めての出勤だったので、あれこれ片付けることが多く、一日フル回転で働いた。


若い頃には、働けて当然のように思っていたが、

このごろは、働けることが喜びであり、仕事があればあるほど感謝したくなる。


歳をとったからこそ分かる(動ける喜び・人の役に立てる喜び)と言えるかもしれない。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

文章は、いくつも書いていると、いつの間にか自分なりの文体ができてくる。

「です・ます」で書くか、「だ・である」で書くかは、

書く目的や、書いている時の気分に左右されることが多い。



「です・ます」の場合は、読み手に語りかけたい気持ちで書いている。

一方、

「だ・である」の場合は、むしろ、自問自答を文章にしている場合が多い。




私は、新年がやって来てしばらくの間、「です・ます」調で文章を書きたくなる。


多くの人々が、親元に帰ったり親戚と出会ったりして絆を確認し合う雰囲気の中、

"私は頼らない。私は独りでやって行く"と自分に言い聞かせながら、

長年、親や親戚と疎遠になりつつも独りでジタバタしてきた私。

それでも、人並みに、盆や正月には誰かに語りかけたくなっているようだ。

そんな気持ちが「です・ます」調の文体に表れてくるのだろうか。



そろそろ正月気分も抜けて、世間も私も日常生活モード復活。

ブログの文体も「だ・である」調で書きたい気分になっている。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

自分にそっくりな人って?

|

先日、もう14・5年会っていない友人から、携帯電話にメールが送られてきました。


☆いま、アフタヌーンティーしながら食事していませんか?☆


その時、私は自宅で編み物をしていました。


彼女とは20年前に同じ職場だったのですが、

良い仲間たちに恵まれた幸せな職場環境で共に仕事をした女性です。



彼女が、見た目や雰囲気が私にそっくりな人を見かけたらしいのです。

もし、それが私だと確認できたら、その場で同席しましょうということだったようです。


@それは人違いです。残念でした。@


と返信して、2・3通のお久しぶりメールを交換し、"今度お茶しましょうね"の約束をしました。




よく雑誌やテレビなどで(そっくりさん)特集をやっていますが、

(そっくり)の度合いは、多分に客観的な判断で左右されるものなので、

なかなか自分で(そっくりさん)を見つけるのは難しいです。



今回は、気心の知れた友人の目で判断された(そっくりさん)なので、

私もすぐにそのレストランに駆けつけて、遠目からでも会ってみたい気持ちになりましたよ。

客観的な他人の目に映る私って、どんなんだろう?


有名人の(そっくりさん)は、よくメディアに取り上げられていますよね。

中には、動物と並べられたりしていることもありますが。



顔つきや仕草などには、その人の人生が刻まれる側面もありますので、

(そっくりさん)がいたら、一度、お話ししてみたいなあ・・・と思った出来事でした。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

昨夜の夢は覚えていた

|

昨夜(と言うより、明け方のことでしょうが)見た夢はハッキリ覚えています。


仕事のことでした。

今は定年後の再雇用なので、一年ごとに更新の意思確認があります。

そして、定年前には一人でこなしていた仕事を週3日と週2日の分担で二人が従事しています。

一人でやっていた時には、仕事の全般の計画と実行に整合性がとれていましたが、

二人ですることになってからは、相棒との意思疎通が大切になっています。


4年前に初めて組んだ一人目の相棒には手こずりました。

現在の相棒とは2年目ですが、とても理性的な男性で、私は大いに心安らかに仕事ができています。



昨夜の夢は、相棒(同年輩の女性だった)の傲慢な対応に、ひどく傷つけられるという内容でした。


今年も契約更新してもらえたら、再雇用勤務は来年3月で終了です。

その後は、一般応募の臨時採用となります。

実は、働ける限りは働きたいと思っている私は、臨時雇用で働く際の相棒に関しての不安が、常にあります。


どうも、再雇用一年目から2年間苦しんだ最初の相棒との関係性の悪さが尾を引いているようです。

そのせいでしょうね、昨夜、あのような夢を見たのは。



厭な夢でした。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

以前はあれほどマメに歩いていたのに、最近は、テレビの前に座って編み物ばかり。

ほとんど歩いていません。

自宅近くの店に買い物に行っても、歩数はせいぜい2,000歩前後という体たらく。


昨日は、二か所に初詣のはしごをしたので16、000歩で、いきいき歩数は12,000歩でした。


今年は努めて歩かなくては、と思っています。



それは努力目標であって、実行できるかどうかは不確定です。


ただ、私は仕事で体を動かしているので、それが元気のもとになっているのでしょう。

この仕事を始めた頃には、デスクワークへの未練がありましたが、

今になって、体を動かす仕事であったことを「良かった」と思えます。




余計なことですが、最近の私の職場の様子を見ると、

机上にパソコンを開いて座っていれば仕事をしている格好がつくと思っているのか、

出勤して椅子に座ったらガンとして動かない事務職の人たちが多くて気になります。


「昔は・・・・・・」などと言いたくはありませんが、

手書きで書類処理をしていた頃の仲間たちは、

自身が忙しいにもかかわらず、周囲の様子を察して協力的に動いてくれていました。

あれを「気が利く」というのだと思います。

気を利かせる為には、全体の流れや状況を把握し理解していなくてはできないことなので、

本当に最近の人たちは視野が狭くなり、度量も狭まっているのかなと感じています。





ネット検索で、どんな知識も即時に知ることはできますが、

得た知識や情報を現実に活かす為には、五感と体をフルに動かさなければ役に立たない知識で終わってしまうのに・・・

などと、私の老婆心は疼いてしまうこと度々のこのごろです。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

初夢は・・・覚えていない

|

元旦の夜に見る夢を初夢と言うらしいのですが、

最近、普段の暮らしでも、直前に頭に浮かんだことを直後に思い出せない私です。

寝ている間に見たことを・・・思い出せというのはムリ!(笑)



昨年あたりから目の調子が怪しくなってきました。

特に、寝起きは視力が極端に落ちていて、しっかり物が見え始めるまでに時間がかかります。

加齢変化が徐々に加速しているようです。


しょうがないよね、64年も酷使してきた体だもの。

もう、無理はできません。



今日も上天気 ♪

明日から仕事です。

三が日最終日を、ノンビリ過ごしています。

平和っていいな ♪


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

20160102zabuomote (350x327).jpg 20160102zabuura (350x314).jpg   20160102kubimaki (350x247).jpg



年末から編んでいた小物です。

モチーフつなぎの座布団は、片面37個のモチーフ。

これらモチーフを、裏表二個ずつつなぎながら隣のモチーフともつないで仕上げました。


右端のピンク色は、ネックウォーマーです。

縁取りのモフモフは、以前編んだスヌードの残り毛糸を使用しました。




私は、編み物をしながらテレビを視ます。

どちらが主目的かによって、テレビを視ながら編み物をしますとも言えます。



今夜は、NHK Eテレ「100分 de 平和論 相次ぐテロ、国際紛争を防ぎ平和を実現する方法はあるのか」

を視聴しながら、モチーフつなぎの座布団を完成させました。


▽斉藤環さんは・・・フロイト戦争論

▽水野和夫さんは・・・ブローデル歴史論

▽田中優子さんは・・・西鶴の知恵

▽高橋源一郎さんは・・・ヴォルテール寛容論


それぞれ過去の書物から言葉を引用しながらの話でした。


対話の重要性とか欲望のコントロールとか資本主義の見直しとか、

さまざまなキーワードが出てきましたが、

私の記憶(最近、とみに怪しくなっている能力ですが)に強く残った言葉が【寛容】です。





番組が終了するころに、座布団のモチーフつなぎも完了しました。

できあがった、半端毛糸を寄せ集めて作った座布団を見て、私はハッとしました。

この寄せ集め毛糸で作った座布団に、

今日の「100分 de 平和論」で展開された思想が具現化されているのではなかろうか、と。





この作品に使った毛糸は、それぞれ組成も太さも長さもまちまちです。

ほぼ同サイズのモチーフにするために、細い糸は二本どりで編みました。

それでも、大きめサイズのモチーフ有り、小さめサイズのモチーフ有りと、大きさは均一にはなりませんでした。

ところが、これらを白い糸(これは同一品質の糸)ではぎ合わせると、

一枚の座布団として、こんなにカラフルで楽しい形にまとまり、実用に耐える物に仕上がったのです。





この編み物の個人の思考や感情とみなし、

その糸で編んだモチーフ個人だとみなし、

それぞれのモチーフをつなぐ白い糸人類平和実現の為の普遍の思想とみなせば・・・





モチーフをつなぐ過程では、仕上げの際に切り捨てる糸が出ます。

人間個人をモチーフに喩える場合、

切り捨てる糸とは(過剰な欲望や嫉妬などの負の感情)を指すのではないかと思いました。





そんなことを考えました。

とにかく、争いごとを上手く賢く、避けたり解決できる時代であってほしいと、心より願っています。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

数年前から、元日には NHK Eテレ深夜「ニッポンのジレンマ」を視聴しています。

番組が始まった当初は、"若いもんの言うことだし・・・"との先入観もあり、素直な気持ちでは向き合えませんでした。

若い人の、人を刺すようなあの早口に、内容を理解しようとするより先に反発を感じていました。




ところが、今年の議論の様子は違っていましたねぇ。

発言者の話しぶりもハッキリしていて、こちらも落ち着いて議論の内容に耳を傾けられたし、

何より、数多く使用される外来語の説明が画面に表示されることが理解の助けになりました。

(しかし、なんであんなに外来語を会話に挿入するかねぇ・・・)




今回は、いろいろと今後の社会進展の姿に参考になる話が多かったです。

特に、人工知能と生身の人間との今後に関しての話は興味深いものでした。

究極、人工知能があらゆる分野に進出したら、人間の存在意義はどうなるのかという点では、

案の定、明快な将来像は描けませんでしたが、面白い視点での議論になりました。




宗教に関しても取り上げられていて、日本人の宗教観を若い人たちが冷静に分析していました。

絶対的な信仰の対象が存在するキリスト教やイスラム教などの一神教に対して、

あらゆることを懐疑的に考えて、自分の存在を無に近く導いて行く仏教との違い。

善か悪かの二者択一の宗教と、あれもこれも在りと認める日本の仏教の間に理解は生まれるのか?

これからは「日本人の心の弱さ」が日本を窮地に追い込むかも、との指摘もありました。

「日本人の心の弱さ」とは、良く言えば「優しさ」とも言えますが、

二者択一を迫られる場面では「優柔不断」と受け取られ、対等の相手にされないかもしれませんね。





最後まで興味深く視聴しました。

最近、高齢の評論家や論客の議論番組が面白くないと感じています。

それに比べて、若い人たちの発言が面白く、なおかつ興味深く参考になっています。

アナログからデジタル社会に移行して、時間の経過とともに経験が積み重なり、状況の解説が可能になってきたのでしょう。

それはまさに、

生まれた時からその環境に暮らしてきた若い人でなくてはできない分析であり解釈・解説なのでしょう。


ただ、アナログに生きてきた高齢者の思考や経験の価値が低下してわけではなく、

昨夜の議論にも出ていた意見ですが、

それぞれの主張を、いかに相手を傷つけないように言葉にするかが、これからの課題でしょうね。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2016年に「こんにちは」

|

20160101genkanrisu (330x350).jpg

あけまして おめでとうございます。



何はともあれ、今日は元旦。

「一年の計は元旦にあり」

さてさて、申年の今年はどのような年になることでしょう。

社会も個人的にも、穏やかに過ぎ行きますように。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

このアーカイブについて

このページには、2016年1月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2015年12月です。

次のアーカイブは2016年2月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

2017年3月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

月別 アーカイブ