2015年7月アーカイブ

人間関係って難しい

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いろいろと考え過ぎると生きて行けなくなるから、考えないでいようと思う。

 

でも、考えてしまう。

人間だから。

 

でもでも、

と言うより、

だからこそ、

宇宙に想いを馳せることが救いになっている。

 

この底知れぬ宇宙に、地球と同じような生命体存在の可能性がある惑星があるかもしれないと、

最近のニュースで知った。

 

だだっ広い宇宙のことを考えると、

地球の片隅でウジウジ悩んでいることなど大したことは無いと思える一瞬もある。

 

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それなりの暑さ慣れ

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今年は、梅雨明けと同時に猛暑が襲ってきて、一週間は思考停止で体力バテバテでしたが、

ここにきて少しずつ暑さに慣れてきたようです。

とは言っても、やはり厳しい暑さは動きを鈍らせます。

 

当市の夏祭りも、今年は夕立に祟られることなく2日間を無事に終えたようです。

ここ数年、毎回のように夕方ザッと雨が降ることが続いていましたので、

関係者はホッと胸をなでおろしていることでしょう。

今年は、開催日前日が午後から雷雨でした。

 

次は、8月初めの花火大会です。

 

この二つの行事が、当地域の夏の大きなイベントです。

 

それが終われば、8月8日の立秋を境に、吹く風に秋の気配が感じられるようになるでしょう。

それはそれで、また、そこはかとない感傷を誘います。

 

それを言ってはおしまいよ・・・ですが、

あと何回、こうした夏のできごとに心を寄せることができるでしょうか。

いまここにこうして生きていることを、大切にしたいと思います。

 

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自分は日本人だなあ、と思う

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先日、日本政府は、中国が東シナ海に16基建設したガス田施設なる建造物の写真を公開しました。

この場所は、日本が、日中の排他的経済水域が重複する問題に関して中間線を提案したところ、

ちょうど、その中間線ギリギリの場所だそうです。

中国は、日本の提案した中間線に関して明確な受け入れの表明をしていないにも拘わらず、

日本の提案した中間線を事実上利用した形での実力行使です。

 

こうして、ジワジワと日本は、詰め寄られて奪取されているようです。

 

まあ、政治的な難しい問題はわかりませんが、

「先に日本が中間線を提案しちゃったんですよね・・・」という、ある解説者の苦笑いまじりの説明を聞いて、

私は自分にも似たようなところがあると思いました。

 

揉め事を早く解決したい。

その為に、お互いが譲り合って、この辺で妥協し合おうではないかという提案をこちらから出す。

『痛み分け』の考え方ですね。

ところが、向こうはそれに対してウンでもスンでもないにも拘わらず、

ちゃっかり、こちらの提案の都合の良いところだけ利用して、一切の譲歩なし。

それどころか、そこからゴリゴリと押し詰めてくる。

そして、最終的に気が付けば、こちらが損するばかりの結末に・・・

 

 

この一件に限らず、

日本政府のやることを見ていると「ああ、日本的な発想なんだなあ」と思うことがしばしばあります。

それは決して邪な底意地の悪い考え方ではありません。

でも、お人好しなんだなあ、と思うのです。

そうした日本的な穏便さは、どうも、対する国や人によっては「格好のカモ」に見えることもあるのでしょうね。

 

抜け目のない戦略も、時と場合によっては必要ですよね。

 

国家間レベルの話から、ごく個人的なレベルの話に目を移してみれば、

日本人どうしでも、古来から伝わる道義的な発想に基づく、

こうした穏便さや厚意とか譲歩とかの行為が通用しないことも増えてきました。

 

ひとくちに「私たち日本人」と一括りに語れない時代になったと思います。

共通の道徳観や倫理観が失われて久しいことも一因でしょう。

 

日本政府が行う国際外交のやり方を見ていて、

ごくごく卑近な私の日常に似通うところがあるように感じ、

私はコテコテの日本人だなあ、と思ったりするのです。

 

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ツユクサの絵、それぞれ

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20150725tsuyunoshi (350x244).jpg

 

贈答用に和菓子を贈る際、よく利用するお店でツユクサの熨斗紙を戴いちゃいました。

実は、この熨斗紙、昨年見つけて、欲しかったのですが、その時は既に季節がずれていて在庫切れでした。

 

今年はタイミング良く、お中元を贈るついでに、お店に頼んでみたら三枚戴けました。

 

 

ハンドルネームに露草と名付けるくらいですから、私はツユクサの花が好きです。

なので、ツユクサが描いてある品物があると、ついつい欲しくなってしまうのです。

もう、物を集めるのもほどほどにしなくては・・・と思いつつ、ね。

 

20150725tsuyukitte (350x236).jpg  これは切手です(見ればわかりますよね:笑)

 

20150725tsuyubinsen (265x350).jpg これは便箋

 

好きなものを見ている時間は、しばし、憂さを忘れます。

 

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今回の新国立競技場建設にまつわるゴタゴタで、

元首相経験者のあのお方が「たったの2,500億円が出せないのか・・・云々」と発言なさった。

 

(たったの2,500億円)とは・・・・・・・・・・・・

 

行政の支援を受けられぬままに餓死する人や、

経済困窮の末に立ち退き処分をされる朝、心中しようとして娘を殺してしまう女性のニュースなど、

国民の困窮ぶりが珍しいニュースではなくなった昨今なのに、

「たったの2,500億円」と公の場所で言ってはばからない神経が理解できない。

 

もともとあのお方には疑問に思うことが多々あったけれど、

未だに、上の方に居座って美味しい思いをなさっているとみえる。

 

何かおかしい、どこかが間違っている。

憤る力さえ失ってしまうほどの脱力感。

 

公共の為に身を捧げる信念と、その地位に慢心しない謙虚さを備え、

人の道を踏み外さない行いで尊敬を集めるようなリーダーの不在が続いて久しい。

 

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健康なうちは働きたい

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働く男性60代前半の手取り平均、24.9万円 国も高齢者の雇用促進策を検討中

 

↑ こんな記事を見つけた。

 

60代の男女の多くに働く意欲があり、働き続けているという。

 

少子高齢化を、政府やマスコミは嘆きの記事として取り扱っているが、

昔の60代と現代の60代では、あらゆる面で違ってきていると思う。

 

もはや、年齢で雇用と解雇の制限を設けずに、

それぞれの仕事に見合う体力や能力で雇用が可能な制度にしてほしいと思っている。

 

現に、私の再雇用の職場においても、

まだまだ60代以降の人間の知識や経験が必要とされているのを目の当たりにしている。

むしろ、あの新規採用が中断された時代の空白期間を埋めるためには、

もっと、年配者が現場に残って伝えなければならないことがあるように感じる。

 

上記リンクを貼った記事が伝えるように、政府にはその施策の実現に真剣に取り組んでほしい。

なぜなら、高齢者には残された時間が限られているから。

 

それにしても・・・

やはり男性優遇社会なんだなあ・・・

わたし、結構、職場で男性上司を陰ながら支えてますけど・・・(お給料には反映されませんが)

 

 

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以下、引用

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p.54 ~ p.55

マイナスの「考え方」が人生を台無しにする

 

「自分や社会のあるべき姿」という理想をきちんと持っていれば、「正しい怒り」のエネルギーを糧に成功できる。

ここまで、そんな話をしました。

この成功法の要となるのは、独善的ではない「正しい理想」「正しい考え方」を持っているかどうかです。

 

京セラの創業者でJALの再建でも活躍された稲盛和夫さんが説く

「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」

という成功の方程式をご存じでしょうか。

 

これは稲盛さんが自らの経験を通じて見つけた人生の法則で、

仕事や人生は、「考え方」「熱意」「能力」の掛け算で決まることを表しています。

 

「能力」は、頭脳だけでなく、健康や運動神経も含むもの。

「熱意」はそれをやり遂げようというエネルギーのことです。

「能力」と「熱意」は0点から100点ですが、

生きる姿勢や人生哲学を指す「考え方」は、マイナス100点からプラス100点まである。

 

つまり、「正しくない考え方」、たとえば「金さえあれば、何でもできる」などという考えで生きていると、

全体にマイナスがかかり、「能力」があればあるほど、「熱意」が強ければ強いほど、

人生や仕事の結果は大きなマイナスとなるのです。

 

真っ当な人生哲学、「正しい考え方」を持つか持たないかで、人生は大きく変わる。

「正しい考え方」を身に付けるということは、それほど重要なのです。

 

 

ところが、残念ながら、戦後に生まれた日本人の大多数は「正しい考え方」を教わってはいません。

学校教育から、GHQの政策により道徳などの考え方についての教育がなくなってしまったことも大きいのですが、

豊かになった半面、社会全体でも正しい考え方についての意識が低くなり、

「金さえあれば」的な風潮が強まってしまいました。

 

それではどうすれば、「正しい考え方」を得ることができるのでしょうか。

私は、「正しい考え方」を身に付けるには、昔から読み継がれてきた古典を読むことが一番だと考えています。

 

『論語』でも、聖書でも、仏教の本でもいい。

何千年もの間、人々が正しいと思ってきた考え方をまず勉強すべきです。

 

私のセミナーに通われる経営者たちには、このことを強く勧めています。

ただ、残念ながら、現代のリーダーや経営者はそういう教養を持ち合わせた人が少ないのです。

そのために、稲盛さんの人生の方程式の結果も、大きなマイナスになってしまう人も多いのです。

 

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(改行に関しては、WEB画面での読み易さを考慮して、本ブログ筆者の露草が変更)

(露草が強く共感した部分を、文中で太字にしました)

 

この本を読みながら、

そして、

過去および現在、私が抱く「怒り」がなぜ周囲に正しく伝わらないのかを考える時、

私の脳裏に浮かぶ言葉があります。

それは、

「私憤」と「公憤」という言葉です。

 

私は「公憤」として怒りを表しているつもりでも、

相手は「私憤」としての理解しか示さないのだろうということです。

 

だから、結果的に、露草は、「すぐに怒って突っかかって来るし、誰ともうまくやって行けない奴だよ」

という陰口と尾ひれのついた噂話に付きまとわれ悩まされてきたように思います。

 

いまの時代、「それは全体を見渡せば、間違っているのではありませんか!」という指摘は、

単なる他者攻撃としか受け止められなくて、言われた人間は反省するどころではなく、

ただただ「あいつに気にくわないことを言われた」という恨みになって、

機会あれば反撃してやろうという邪な結果しか生まないことが、とても歯がゆいのです。

 

互いが良識的であれば、互いを害することなく暮らす方法はあるというのに、

上記引用文中にもあるように「金さえあれば」の風潮や考え方が、

良識の価値より勝る人々のほうが多くなったことを強く感じます。

 

残念なことだし、バカ真面目な人間には生き辛い世の中だと思います。

 

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「一流の人は本気で怒る」  小宮一慶:著   文藝春秋:発行  文春新書

 

タイトル名に惹かれて手に取った一冊ではあるが、スタートからのめり込むように、とは感じなかった。

所詮は、結果的に社会的成功をしている人々の立派な行いの紹介話にしか過ぎないのではないか、

そんな早合点をしそうになった。

ところが、読み進むうちに、それは私の早まった誤解であると思うようになっている。

 

本は、読了して一旦閉じてしまうと、どんなに重要な内容であっても、記憶の彼方へ消えてしまう。

再度、その箇所を探そうとしても、なかなか探し出せないのが残念なところ。

 

そこで、著作権の問題はありながら、一部をここに引用しつつ、後々の振り返りの為に残しておこうと思う。

 

このような読者の少ないブログ記事でも、

いつか誰かの目に留まり、引用された文章から一冊丸ごと読みたいと、

そう思ってくれる人が出て来ることを願いつつ。

 

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ベランダにバラが一輪

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20150712bara (350x316).jpg

 

手入れしないので、毎年、うどんこ病にやられてしまうバラ。

今、けなげに一輪の花を咲かせている。

本来の花の色とは違い、さすがに退色の気配は免れないが、

蕾で終わらずに咲ききった一輪。

 

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世の中、筆記用具と言えばボールペンやシャープペンの現代、

鉛筆削りで先をとがらせながら使う鉛筆を使うのは、今や小学生くらいか。

いやいや、大人でも、製図を描く人や芸術家などには需要があるかも。

 

私にとっては未だに、文字を書く道具として一番手に馴染みが良いのが鉛筆だ。

ときどき下手な絵を描いて色塗りするには色鉛筆が必需品。

 

と言うわけで、鉛筆削りは常に手の届くところに置いてある。

 

それが、先日、色鉛筆を削った後に空回りするようになった。

何回も鉛筆を差し込んでハンドルを回してみるが、カラカラと空回りする。

 

結果、深く考えもせずに、今日、新品を買って来た。

手回しのごく簡単な作りの品。

電動だと2,000円くらいするのだが、手動だと600円。

 

帰宅して、新品のパッケージに付いていた説明書の一文に目が留まった。

「空回りする時には、鉛筆の芯が詰まっていることがあるので、

刃の部分を取り出して詰まった芯を取り除いてください」

とある。

 

ひょっとして・・・と、古い鉛筆削りの刃を外してみたら、ありました、詰まっていました色鉛筆の芯が!

それを取り除いたら、なんとなんと!元通りに削れるではないか。

 

早まったーーーーー!

 

年齢のことを考えると、消耗品以外の買い物は、極力控えたいところ。

それを、よりによって使用頻度の少ない(と言うことは、壊れる可能性も低い)鉛筆削りを二つ持つことになった。

 

(慌てる〇〇は何とやら・・・)

これからはもっと落ち着いて、慎重に、と自分に言い聞かせた。

 

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