2015年6月アーカイブ

「ぶれない生き方」読書中

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中野孝次:著 「ぶれない生き方」を読書中。

 

随所に共感する内容があるが、今日は下記を抜書きしておこう。

 

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P.211

 

(前略)

 

総じて現代の流行を嫌厭(けんえん)し、古い昔を懐かしむのは老人の常だが、

わが身においてもそれが年々にひどくなってきたようである。

けれどもわたしは別にそれを悪い傾向だとは感じていない。

 

生きる場は「今ココニ」しかないが、

「今ココニ」生きながら二千年前の哲人とも相対することのできるのが、

古典読書のいいところである。

 

実社会を生きてゆく上で情報は不可欠だが、

あまりに過多な情報はかえって人を誤らせる。

 

時には情報など全部棄てて、情報とは無縁な閑暇の中に身を置き、

心の声に耳を傾けることがないと、人は世に流されるだけになってしまうぞと、古人は教えている。

 

わたしの場合はただそれを遵守(じゅんしゅ)することが過ぎて、とかく現代嫌悪に傾きがちなのだ。

過ぎたるは及ばざるが如しとは、このことか。

 

 

(改行は、WEB画面で読み易いように、本ブログ筆者:露草が変更)

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知識や情報、そして所有する物品や人間関係にいたるまで、

多ければ多いほど良いというものでもない。

 

人一人が対処できる量には限界がありそうなので、

そのあたりを見極めながら、

自分の処理能力に見合った量の中で心の落ち着きを保つことが良さそうだ。

 

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6/24付の朝日新聞・読者投稿欄「声」に、下記のような投稿があった。

 

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あるスーパーでの出来事。

背の高い男子高校生2人と70代くらいの女性を見かけた。

女性は高校生に話しかけていた。

一見して、女性が認知機能の低下をきたしていることが疑われた。

投稿者女性は、何かの手助けができるのではと思ったが、

高校生二人のやっていることを確認して、愕然とした。

 

二人のうち一人が女性に応対し、もう一人が、その様子をスマホで撮影していた。

しかも、ニヤニヤと笑いながら。

 

投稿者は、彼らが、女性のチグハグな様子を興味本位で動画に撮り、

後に、仲間内の笑いのネタや動画投稿するのではないかと察して不快になった。

 

誰でもなり得る認知症。

もしも、あの70代の女性が男子高校生の祖母であったなら、

彼らは同じような行動に出るだろうか?

と、彼らのぶしつけな振る舞いを恐ろしいと感じた。

 

悲しく、忘れられない光景であった。

 

言語聴覚士  女性  (宮城県 24歳)

 

・・・・・・以上、本ブログ筆者:露草 要約・・・・・・

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日本人の倫理観や人情の荒廃の一端を垣間見るような出来事だと思った。

そして、これは特殊な事例ではないことを実感するような昨今。

 

救いは、

この投稿者の女性のように、そうしたことに憤りを感じる人も、まだいるのだということ。

 

弱い者、抵抗できない者、困っている者などを平気でいたぶったり、

からかったり、バカにしたりする行為に鈍感であってはならないと思う。

 

そうした行為に易々と手を染めない為の人格づくりは、

暗記による知識の集積ではなく、

古典や古老に親しみながら人生の教養を積んでいくことしかない。

人は人の、生身の人生から紡ぎだされた経験談を踏み台にして人格を育てるべきだと思う。

 

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今日の新聞・読書のページに紹介されていた本のタイトルが「一流の人は本気で怒る」。

 

「一流の人は本気で怒る」  小宮一慶:著  文春文庫(778円)

 

本の紹介文の筆者は、本郷和人(東京大学教授)さん。

 

本郷和人さんの紹介文中の一部、印象に残ったところを引用させていただこう。

 

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(前略)

正しく怒るには真っ当な考え方が必要であって、

それには古典を読んで自己を磨くのがもっとも有効である、か。

(中略)

ちなみに一流の人だから正しく本気で怒るのであって、

本気で怒っている人が一流とは限らない。

ご用心、ご用心。

 

【2015年6月21日付 朝日新聞:読書欄より】

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先日来、同僚女性のやり口に閉口している私だが、

本人に直接、ガツンとひと言ぶつけたいくらいの怒りがある。

が、たとえ言ったところで(カエルの面に〇〇)程度の効果しか期待できないことも経験済み。

 

真っ当な怒りが正しく伝わるには、

怒りを受ける側にもそれなりの常識と教養がなければならないような気がする。

それも、そもそも常識や教養の土俵が違えば、判断の基準も異なってくるし・・・

 

ま、そうしたことが期待できない相手だと見極めたなら、

早めにその状況や場所から退散して、他のことに時間を使ったほうが良さそうだ。

怒りの感情は、よくよく考えてからにしよう。

 

 

この本、読んでみたいと思った。

 

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「巧言令色 鮮(すくな)し仁」

【解説】

巧妙なことばづかいや、顔つきのやわらかい者は、たいてい徳と仁の心が少ない人間であるということ。

信用のおけない人間が多いから気をつけて交際せよということ。

【出典】

子曰く「巧言令色、鮮し仁」。・・・論語 学而編

【用例】

歯の浮くようなお世辞を平気でいう男だから気をつけたほうがよい、「巧言令色鮮し仁」だから。

 

⇒ 「故事・ことわざ辞典」 新星出版社  より引用

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この言葉は、私が座右の銘としている言葉である。

座右の銘にしていながら、巧言令色の輩に、まんまとしてやられることが多い。

その時は、(してやられたか・・・格言通りだったなあ・・・)と再認識して諦めるほかない。

ただ、昔から、人のすることに大した違いは無いということを確信する材料とはなっている。

だから、本を読んで、昔の人の語りに耳を傾ける意義を感じている。

 

 

顔つきにこやかに言葉優しげに振る舞う人間を褒めたたえるのは、世間体は良い。

が、何があろうと笑顔を絶やさない人物を、私は心底から信用することはできない。

 

人は感情の動物である以上、喜怒哀楽は誰にでもある。

極端な情動を露わにするのは考えものだし、ある程度の自制は必要だけれど、

そこはかとなく表ににじみ出る喜怒哀楽は、むしろ、その人柄を推し量る糸口であり、

そうしたことを感じ取るからこそ、人を思いやるという感情も育まれる一面もあると思う。

 

泣いたり、笑ったり、怒ったりしながら過ごしてこそ、感情の生きもの(人間)の一生は豊かとなろう。

 

 

近年は、感情が伝わって来ない人が増えたような気がして、気味悪く感じることが多くなった。

 

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気分は高揚

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「健康診断なんて、どうでもいいよー」と言っていられるのは、

現在、自分が健康不安を抱いていないから。

 

と言って、絶対の自信があるわけでもない。

 

今年は、高い費用を負担しての人間ドックは避けて、

無料で受けることのできる特定健診のみにした。

 

今日は、先日健診を受けた結果を聞きに開業医のもとへ行った。

 

検査結果表を一覧した医師がひと言「素晴らしいですね」。

そうです、特定健診で指定された検査項目に引っかかる数値は何もなかったから。

 

世の中、何が幸いするか分からない。

 

私がこうして、この年齢にして健康でいられるのも、

世間様からは見下されるような境遇が幸いしているのかもしれない。

 

人間の一生など、地球規模、いえ、宇宙規模で見るとウィルスほどの大きさの価値ほども無いのかもしれない。

 

いま、現地球上の価値観の中で自分の存在を軽いものだと感じて落ち込んだとしても、

実は、地球規模、宇宙規模で俯瞰した時、それは、あながち落ち込むような話では無いということもある。

 

目先の損得に惑わされることなく、広い視野で自分の一生を眺めたほうが良さそうだ。

 

小さなことにクヨクヨしない生き方、これに尽きる。

しかし、このことこそ、容易には実行に移せないことでもある。

 

今日は、健診結果に気を良くして、少しだけ気分は高揚している。

そして、日ごろの自分の人生観を肯定できる心境にあるとも言える。

 

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なぜ自分で言えないのか

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午後3時に美容院に入店した。

今日はカットと白髪染めの予定。

 

入店して受付を済ませると、店の人から「椅子に掛けてお待ちください」と支持された。

その時の施術中は2人。順番待ちスペースには5脚の椅子。

待っている人は二人の子どもを連れたお母さん。

姉のほうは小学校高学年か中学生、弟は小学校中学年くらい。

 

座ろうと思ったら、ちょうど座りやすい椅子にペットボトルが置いてある。

もう一つの空席は、その三人の親子の奥、壁際で座りづらい。

おまけに男の子が二つの椅子を行ったり来たり。

 

私は立って待つことにした。

すると、店の人が、もう一度「座ってお待ちください」と私を促した。

見ると、ペットボトルが無くなっていたので、そこに座った。

 

カットしてもらうのは、姉の方で、直後に呼ばれてカットが始まった。

彼女をカットしている美容師さんが私の担当なので、

私は先に別の美容師さんの手でシャンプーすることになった。

 

女の子のカットを終えて、美容師さんが私のカットを始め、染料を髪に塗り終わった頃、

その親子連れが戻ってきた。

母親が「もう少し短く切ってほしいと言ってます」ということで、再びその子のカットが始まる。

 

私はその間、染料が髪に染み込むのを待つ時間でもあり、

その女の子が再カットするのも仕方がないと、それが終わるのを待つことにした。

 

ただ、どうして一回目のカット終了時に、自分の口から言えなかったのか、

百歩譲っても、戻って来た時点で自分からそう言えばいいではないかとは思った。

 

その女の子と母親・弟が帰って行って、やっと私の番かと思いきや、

今度は別の女の子と母親がやって来た。

こちらも、小学校高学年か中学生とおぼしき女の子。

髪の毛がお尻の下まで伸びている。

 

漏れ聞こえる話によると、修学旅行が近いので髪を短くしたいのだと母親が説明している。

 

私を担当していた美容師さんは、その子の(長い、ながーい)髪の毛のカットを始めた。

シャンプー無しのカットだけなので、女の子のカットを先に済ませてしまう方が早いと思ったのだろう。

 

しかし、もともと形ができている髪形を整えるカットはそれなりに手早くできるけれど、

長い間ハサミの入っていない髪の毛を切って、本人の納得のいく髪形に整えるのは大変だと思う。

美容師さんは、慎重に、段階的に髪の毛を短くカットしているようだった。

 

その間、私は染料を塗りつけた髪のまま、ずーっと放置されていた。

 

やがて、その女の子のカットが終了。

 

やっと、私の番がきたと思いきや、

支払いを済ませて店を出て行った女の子が母親と共に引き返してきた。

店を出て、わずか3-4分のことだった。

 

そして、やはりこの子も、母親が「前髪を作って欲しいと言ってます」と告げている。

前の子も、この子も、自分の口から希望の内容を伝えることはしないで、母親に言わせている。

 

彼女たちは、それぞれのカットが始まった時、

美容師さんの「どうしたいの?こうしようか?」という問いかけに二人ともハッキリした返答無し。

それで、引き返してくるような不満を抱いていたのだ。

どうして施術椅子から降りる前に、自分の口から伝えられなかったのか?

 

おかげで、私は、店の状況から(客が少なかった)1‐2時間で終わるはずが3時間もかかってしまった。

それも、放置されての待ち時間がタップリで・・・

店を出たのは6時過ぎ。それから急いで予定していた買い物へ。

本当はもっと早めに終わるはずだったのにと思うと、どっと疲れが・・・

 

そういう迷惑を他人に及ぼしたことの自覚は、おそらく、どちらの母子にも無いだろう。

ちなみに、お店の人からのお詫びも聞けなかった。

 

何かが間違っていると思わざるを得ない。

日本人って、これほどまでに社会的配慮に欠けていたっけ?

 

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常軌を逸している

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どこにでも困ったチャンはいるものだけれど、

そんな人物に目を付けられて付きまとわれると厄介だ。

 

ここ三年間、幾度もブログに登場している同僚女性は、そんな一人。

 

私は、多勢に含まれて行動することのない、いわゆる一匹狼。

職種的には最下位であっても、納得できないことに対しては発言し行動してきた。

その為、面白おかしく尾ひれを付けて、私と面識の無い人物にまで悪評を流されてきた。

噂の発端はいつも、何事かが発生した時点で、私と同じ職場に在籍した誰か。

 

だから、過去何度かの異動の度に、のっけから警戒されている雰囲気を感じ取ってきた。

 

しかし、時が経つにつれ、噂と実像(私)が違うことを認めてくれる人は多く、

真面目にバカがつく私の救いとなってきた。

 

今の職場に着任する前から、そんな噂を流していたのが件の女性。

 

その後、職場での私のイメージは、時を経るにつれ改善されてきたのだが、

今度はそのことが彼女には気に入らないらしく、

私に話の水を向けて引き出した返答を歪曲して流している。

 

相手にしないで放っておけば、ご機嫌取りつつすり寄って来る。

相手にすればしたで、再び、私が語った話を捻じ曲げて、皆に吹いて回っている。

そんなことなどどこ吹く風を決め込んでマイペースを貫いても、

逐一こちらの行動を監視して「あれはこうだ、これはこうだ」と雑談のネタにしている。

それらは良い評価であるはずもなく、いわゆる【悪口】である。

 

標的は私だけではなく、彼女の気に入らない人物すべてに対する悪口を言い募って歩いている。

 

なぜ彼女はそうなのか?

それは「真面目に自分の仕事に取り組んでいないから暇を持て余している」に過ぎない。

まるで職場にはお喋りするために来ているような彼女の一日。

まさしく【給料泥棒】と呼ぶにふさわしい行状。

(本当は、こんな言葉は使いたくないんだけれどなあ・・・どれほど憤っているかお察しください)

 

そういう人間は、どこの職場にもいる。

ただ、ここで話題に取り上げた女性の言動は、常軌を逸している

 

3年間傍で仕事をしてきたが、あれはもはや普通ではない。

かと言って、こうした人間に誰が「やめた方が良いよ。カウンセリングでも受けたら?」と言えるだろうか?

本人が正常だと(むしろ自分が一番正しいと)しか思っていない困ったチャンの首に、

誰が鈴をつけることができるだろうか?(ここは反語です・・・「できはしない」と続きます)

 

昔は、肝の据わった人物(落語に出て来るご隠居さんのような)が一喝してくれて、

そうした困ったチャンの言動を抑えてくれたのかもしれないが、

そうした人望を集める器の大きい人間は、今や極端に少なくなっている。

 

 

いろいろな面で、せせこましくも狡猾で、ただただ強気だけが服を着ているような人間が増えている。

 

こんなブログで言っていてもしょうがないけれど、

薄汚い生き方をしている人間を一喝したい気持ちが沸々と湧いてくることもある。

「恥を知れ、恥を!」とね。

 

でもね、そういう人間は、自己反省ということをしないので、言っても無駄なんですけどね。

何でも、悪いのは周囲の人という判断基準だから、ね。

 

否応なく巻き込まれている者のとれる回避手段は、一日も早くその人物の傍を離れること。

それしかない。

その後も、面白おかしく話のネタにされることはわかっていても、気にしない気にしない。

そんな話に聞き耳立てて信じる人もそれなりの人間だから、問題にしなくて良し!

 

何だかね・・・最近の風潮と重ね合せて考えていると、情けないなあと思うこと頻りです。

 

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ツユクサの季節

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20150611tsuyukusa1 (348x350).jpg  ベランダで咲いたツユクサ

 

20150611tsuyukusa2 (350x319).jpg 散歩の途中で見かけたムラサキツユクサ

 

20150611tsuyukusa3 (350x262).jpg 近所の林の入り口、草むらの中に咲いているシロバナツユクサ

 

今朝、デジカメに収めたツユクサ三種類の画像です。

 

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リーダーの器

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4月から職場の雰囲気が微妙に不穏だ。

なるべく巻き込まれないようにしたいのだが、同じ場所に居ればそうもいかないこともしばしば。

厄介なことこの上ない。

 

原因は、リーダーたるトップの器の小ささにある。

 

彼は、昨年の4月に赴任してきた。

当初は、以前私と同じ職場に居た人物ということで、多少は肩入れしていた面もあったのだが、

半年が過ぎるころから、彼の言動に疑念を抱くことが多くなった。

 

従来通りの仕事への理解や支援は殆ど無く、独自の思い付きによる勝手な行動が目立つ。

しかも、それらは本筋とは関係の無い些細で趣味的なことが多い。

 

私は、1年間は様子見として、それらの些事に手を貸していたが、次第に批判的な思いを募らせていた。

 

そして、トップの手腕が一番試される新年度人事。

人事に関しては、私には関係の無いことなので無関心でいたが、

新年度スタートから2ヶ月が過ぎて、職場のあちこちから不満の声が聞こえてくるようになった。

 

皆、表立っての反乱反抗はしないまでも、多くの者が、トップに対して背を向けているのが見て取れる。

「さもありなん」と、私も彼らの内心を慮ると、

あながち彼ら彼女らの白けた空気を責めることはできないと思う。

 

いやはや、どこのどなた様が、この極小の器の男をトップの座に据えたのやら・・・

 

リーダーたるべき人物が、その役割を果たさない職場は暗黒だ。

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