2015年5月アーカイブ

今夜で、TBSドラマ「アルジャーノンに花束を」が終わるらしい。

 

さて、どのような最終章にまとめられているのか・・・

見逃さないようにしよう。

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と、新聞の番組表に「最終章」とあるのを見て勘違いしたのだけれど、まだ話は続くようだ。

「最終回」ではないわけね(フムフム)

 

原作の最終場面がドラマの最終場面でどのように描かれるのか、大いに関心を抱いている。

 

時代や環境設定が違い過ぎるので、原作の深刻度を表現するのは無理なのかな・・・

テレビドラマの主人公サクトの方が、原作の主人公より人的環境に恵まれているようにみえる。

 

それにしても、

わが身の機能の退行を認識できることの残酷さよ。

原作本を読んだ時にはさほど身近に感じなかったけれど、

今は、やや自分に重ねて考えてしまうところがある。

私の場合は、加齢による機能の衰えだけれど。

 

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めざましい知的発展に引き続き、主人公:咲人に人間らしい情意が発達してきた。

人間としての感情の豊かさは、知的能力の高低に比例するものではないということの示唆。

 

それにしても、なぜ今「アルジャーノンに花束を」なのか?

唐突にも思えたこの原作のドラマ化に、今日、ふとある意図を想像してみた。

 

私は、もう20年近く前にこの本を読んで結末を知っている。

 

第7話の今日は、その結末を予測させるようなエピソードが最後に示されていた。

 

 

人間の寿命が格段に延びた現代において、人々の不安の種となっているのが認知症。

「自分が自分で無くなり」「近しい人が全く反応の違う人間になる」日が、

やがて、多くの人に訪れるという人類史上初めての現象が待ち受けているという現代。

 

こうして「アルジャーノンに花束を」を毎回視聴するにつれて、

私の脳裏に浮かんできたのが、この現代人にとって最大の不安の種になりそうな病のこと。

 

言ってみれば、

主人公:咲人の状況は、現代人の一生をギュッと短縮したようなものではなかろうか。

 

そして、第7話で出てきた、人としての【情愛】に焦点をあてたエピソード。

 

「誰かが優しく傍にいて教えなければ、愛情は育たない」といった内容のセリフも挟まれていた。

 

感情が欠落しているかのような子どもの増加や、

我が子に注ぐ愛情に条件が付いているかに見える親の存在など、

このセリフは、現代の人間の成長模様にひとつの暗示を与えているとも受け取ることができる。

 

 

やがて訪れるかも知れない

「自分が自分でなくなる日」「近しい人が全く違う人になってしまう日」への心の準備は、

私たちにできているだろうか?

 

そして、

その日が避けられないのであるなら、

それこそ全力で「愛」のある今を生きなければならない、

身近な人々と、繊細で豊かな情意溢れる今を共有しながら、一心不乱に生きなければならないと、

あえて今「アルジャーノンに花束を」がドラマ化された意図を、私はそう汲み取ってみた。

 

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日本のする事為す事に、

反対、否定、拒否などのネガティブな反応が外の国から表明されるというニュースが相次ぐ昨今。

 

そんなニュースを耳にすると、悲しくなる。

私たち日本人は、どれほどの悪いことをしているというのか?

 

それが世界外交と言ってしまえばそれまでだけれど、何か変だと感じる。

 

変だと感じても、感情的になってしまってはいけないとは思っているが、

あまりにも理不尽な横車に、「いい加減にして・・・」という気持ちは抑えきれない。

抑えきれないが、ここが忍耐のしどころなのだろう。

 

世界情勢は「善悪」や「真理」では動いていない。

「力」と「金」で動いている。

駆け引き下手な日本が、本来の美点を損なうことなく生き残って行くためにはどうすれば良いのか?

 

「力」も「金」も無いけれど、

筋の通らないことには嫌悪感を覚えるだけの正気はある私の不安は募るばかりのこのごろ。

 

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いよいよ主人公サクトの知能が高くなり、周囲の人々との摩擦が生じてきた。

 

学力の高さは、果たして人々を屈服させ得る力となり得るのか、と問うている。

 

「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」とか「知らぬが仏」などの故事ことわざが思い浮かぶ。

 

どこやらの国では、出身学校名で人を評価するような価値観がある。

そのような場面に出くわすたびに、私は内心で密かに苦々しく思う。

 

学力の高さを価値ありとする考え方は、

財力や資産力を、あたかも人間としての価値の物差しのように扱う考え方に共通するものがある。

 

学力・財力・資産力は、すべて個人の欲望充足に結びついている。

言い換えれば「我利我利」の道具が豊富な人と言える。

そうした人間が、果たして、周囲から慕われ親しまれるだろうか?

 

「我利我利」ではなく「自他共存の他利自利対等」の視点が、

学力だけ突出した主人公サクトには見えなくなっているという、第6話のお話。

 

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昨夜、何気なく視聴したテレビ番組で、自分にも思い当たることが語られていた。

 

番組タイトルは「所さん!大変ですよ  HB鉛筆を使わない!?小学生に何が起きた?」

NHK総合 10:55-11:20 放送

 

内容は、

最近、HB鉛筆ではなく2Bより柔らかい鉛筆の使用を促す小学校がある。

なぜなら、子供たちがノートに書く文字が薄くて読めない状況が増加している為。

どうして文字が薄いのかというと、

文字を書くときに鉛筆に筆圧をかけられない子供が増えているのだそうだ。

それは、単に手首や指先の使い方の問題ではなく、体全体の運動機能の問題だという指摘。

 

 

私も、数年前から文字を書く時に筆圧がかけられなくて、文字を書きづらいと感じている。

もともと悪筆だけれど、もっともっと乱れた文字で、しかも力強くペンを運べないことに気付いた。

 

なぜなんだろう?と思っていたことが、昨夜のテレビで解明できたように感じた。

 

私の場合は、文字を書く機会が極端に減って、もっぱらキーボードを叩く動作ばかりになっていること。

それに加えて、加齢による筋力の自然な衰えがあり、脳の認知速度にも衰えの傾向を感じること。

そんなことが文字を書く動作にも影響しているのではないか、と思った。

 

私の場合は高齢者なので、多少はそうした衰退傾向は仕方ないとも言えるが、

それが小学生段階で起きているらしいと知って驚いた。

 

子どもたちの将来は大丈夫か?

 

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お初です、初雪かずらの花

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20150510hatsuyukikazura2 (350x291).jpg   20150510hatsuyukikazura1 (350x263).jpg

 

数年前に鉢植えを買ってから、ずっと気候条件の厳しい場所に置きっぱなしで、

ほとんど枯れる寸前まで傷んでいた(初雪かずら)を、先日、穏やかな条件の場所に移動した。

 

すると、途端に活気づいた苗に、今日は花が付いているのを発見!

(初雪かずら)という植物を知ってからこっち、その花にお目にかかるのはお初のこと。

 

幼児が手に持つ風車のような花の形。花びらが一枚一枚傾いている。

直径1センチほど。

 

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昨日は、近所の大学で行われている生涯学習の講座「やり直しの英文法」受講初日だった。

 

カルチャーセンターとか生涯学習講座とか、これまでに幾つも手を染めては挫折している私。

今度はうまくいくかなあ・・・と、やっぱり最初は少々の不安がある。

 

何が不安と言って、一緒に学ぶグループとの付きあい方が一番の不安の種。

取っ付きはまあまあ上手に合わせるのだけれど、徐々に面倒くさくなる。

 

学習時間中は良いのだけれど、始まる前や終わった後のお付き合いは、

正直言って避けたいのが本音。

 

昨日も、講座の前に昼食をと思って入った生涯学習用建物のカフェでは、

あちらこちらでシニア女性たちのグループがおしゃべりに花を咲かせていた。

 

(あー、あんなことは御免だな・・・)の、まさにソレ。

 

授業そのものは、まあまあだったのだけれど、

昨日はさっそく「仕切りやさん」に「ごますりさん」がいることが分かったし、

私の行く手は、またもや前途多難かも知れない。

 

やってみるしかない。

私の行動はいつもこれ。

 

さあて、どうなりますか。

 

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お気に入り Think bee! のバッグ

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20150505thinkbee (350x248).jpg     20150505thinkbee2 (350x263).jpg 

 

ビーズとスパンコールと金糸で刺繍を施された模様に一目ぼれして買った一品。

Think bee! のボート・バッグ。

 

出会いは、10年くらい前のリサイクル・ショップ。

何気なく店内を物色している時に、ブランド品のケース内に飾ってあった未使用品。

 

フラフラと買っちゃいましたねえ。

 

袋物には目が無くて・・・とほほ、です。

 

それからしばらく、Think bee! のバッグに惹かれて、公式サイトを頻繁に出入りしていました。

今はもう、そんなに関心が高くもありません。

 

↑のバッグのような模様の品は、すでに今はもう無いようです。

(あの時、手に入れておいて良かった!と思っています)

 

気に入った物を手元における幸せを感じる一品です。

 

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私のゴールデンウイーク

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ゴールデンウイークが始まった。

 

今年の私は、週三日の勤務日が(月・火・水)の為、今日から9日間の休みになる。

 

昔から人出の多い時には出かけない主義なので、連休と言っても変化の無い毎日。

新聞に掲載された連休特集のクロスワードを解いたり読書したり・・・

衣替えは、先週のうちに何とか終了。

 

そうそう、昨日は午後から映画を観に行った。

北野たけし:脚本・監督の「龍三と七人の子分たち」。

うーん、思ったほど面白くなかった。

客席からは、たまに笑い声も聞こえたが、私には笑えるようなシーンはなかった。

 

実写版「シンデレラ」の方が良かったかなあ・・・(後悔)

 

昨夜は、テレビドラマ「アルジャーノンに花束を」の三回目放送。

こちらは、これからどういう展開になって行くのか、ちょっと楽しみにして観ているところ。

 

私は時々、Eテレの「スーパー プレゼンテーション」という番組を視る。

先週は、それまで放送されたプレゼンテーションのランク付けをしていた。

 

その中で第2位に選ばれた、

弁護士 ジョー・スミス氏の「紙タオルの使い方」というプレゼンに、

ちょっとひとこと異論を挟みたかったので、ここに書いておこう。

 

環境保護や節約の為に、どうしたら紙タオルの使用を減らせるかという内容。

 

彼が提唱した方法は、

「洗った手を12回振って手についた水けを払う」

その後、

「一枚の紙タオルを半分に折って厚手にすることで、使用枚数は減らせる」

ということだった。

 

 

でも、これって日本人なら違う方法を提唱するだろうなあ、と思った。

 

まず、

手洗いの後、洗面台の上で手を振ったら、水が飛んで周辺が濡れてしまうんですけど・・・

周辺に水をまき散らさないためには、できる限り洗面台の中で、指先を弾くように振ること。

手首部分から勢いよく振ってはダメダメ。

それに、

欧米は紙タオルが当たり前でしょうが、日本にはハンカチ文化がありますから・・・

 

昔の日本人なら、幼い頃から、出かける前の持ち物チェックや学校での持ち物検査で、

「ハンカチ持った?」「ちり紙持った?」と躾けられて習慣になっている人が多いと思いますけどお・・・

洗濯すれば何度でも使える my ハンカチこそエコじゃありませんか?

と言いたかった。

 

最近は、たまにテレビ番組を視ていても「それ違うよ」と、独り突っ込みすることがある。

まあ、相手には聞こえていないけど、ね。

 

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