誰からも何からも学ぶという姿勢

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身辺整理の一つに、過去にメモした記述の整理もあります。

ほとんどは、思考のままに書き留めたものなので、読み返したのちは破り捨てようと思っていますが、

その中のいくつかを、こちらに残しておこうと思います。

 

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「教育に関する思考」

学校の先生は普通、「わたしは教える人です」という姿勢であり、

そういう能力を期待されていると自覚しているかもしれない。

 

しかし、場合によっては、相手が小学生であっても、

鋭い感性や深い思索があるかもしれないことを侮ってはいけない。

 

未熟な若い人たちを社会的な成熟へ導く過程の一端を担う職業として、

教師という人たちが果たす役割は影響大だと思う。

教師が、学ぶ人たちに相対する時、

無意識に伝えてしまうことがあることを軽視していけない。

それは、仕事への信念であったり、一人の人間としての生きる姿勢であったりする。

 

もし、「教えてあげるんだから聞きなさい!」ではなく、

「私の持てる範囲の知識を披露するので、足りないところや間違いがあれば教えてね」

という姿勢で臨んだとしたら、

学ぶ側に「自分でも何か気付けるかもしれない」と、先生の一言一句に傾聴するかもしれない。

(2009.3.16記)

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素人の理想論かもしれないけれど、

教育関係にかかわらず、誰もが(大人は特に)そんな気持ちでいたら良いのに、ね。

 

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このページは、tsuyuが2015年3月 1日 11:06に書いたブログ記事です。

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