続・そもそも

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今朝のテレ朝「ニュースなぜ太郎!!」で、

増田ユリヤさんが安倍首相の演説が海外でどのように翻訳されたかを解説されていた。

 

「〇〇〇〇国の暴挙と闘う人々を人道的に支援する・・・云々」に contend が使われている海外報道があるが、

contend には二通りの意味合いに受け取られかねない意味があると。

つまり、(困難などに立ち向かう)と(敵と競う・争う)である。

 

もし、その英文報道の読者の文化背景が「・・・されたら同じことを仕返す」という感情が強いなら、

この contend は(力をもって対抗する)意味に受け止められかねないという。

 

翻訳とは、一つの言葉に合う多言語の言葉を一つ当て嵌めればことたりるのではない。

一つの言葉の意図するところを発言者が伝えたいように伝える為には、

場合によっては複数の言葉を重ねて表現しなくては真意が伝わらない。

 

それには、やはり、発言者と受け手の文化的政治的背景に対する幅広い理解と知識が必要になる。

 

対面して会話する場合には、その場で誤解を解くチャンスはあるが、

一方的に発信する(報道や演説など)だけの場合は、受け手の解釈次第で誤解も生じかねない。

 

日本では、ちょっとした海外経験や日常的に他言語を話せる人に対して、

いまだに必要以上の評価が為される傾向を感じる。

 

少なくとも、一国の運命に関わる作業に従事する立場にある人々は、

そうした経歴や能力のみを過信して軽率に行動する人々ではないと思いたいのだが・・・

 

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このページは、tsuyuが2015年2月 7日 07:54に書いたブログ記事です。

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