2015年2月アーカイブ

世界的に見れば、中東地域で活動する残虐極まりない犯罪組織の存在と、

いまだに安定しない一部アフリカ地域の政情やウクライナのことなど。

 

日本国内で見れば、極悪化する年少者の犯罪の多発。

相変わらずの政治家とカネの疑惑と、そのことにより停滞する国会の議事。

民主党政権時代に何も進まなかった国の政治が、やっと動き出したと思っていたのに、

情けないことこの上ない。

 

メディアで報道されるさまざまな出来事は、先の不安を増す要素ばかりの昨今。

 

考えてみると、その多くにインターネットが介在している。

 

人間が作り出した道具は使い方次第。

それは、アナログな道具でもデジタルな道具でも同じこと。

インターネットでもお金でも、道具そのものに罪はない。

それらの道具を使う人間に問題があるのだ。

 

一人の人生には100%平等にゴールが訪れることが分かっているけれど、

この地球上に暮らす人類を含む生物、いや、地球そのものにゴールがあるのか否か、

今現在この地球に存在している我々には知る由もない。

歴史を学ぶ未来の子どもたちには、

到底覚えきれないほどの歴史事項が年表に記録され続けるだろう。

 

昔のように、

情報の少ない人々を、多くの情報を手にしたリーダーが導いていくという統治形態は難しくなった。

 

インターネットの普及で、今や、誰でもがさまざまな情報を集めることができる。

ただし、その情報の信ぴょう性や内在する悪意に関しては危うい面があるのだが、

インターネットを検索する我々の全てが正しく安全に情報を現実に活かせているかというと、

はなはだ心もとない。

 

結果、社会は混沌の様相。

 

こんな時代の空気の中で、平常心を保って暮らすにはどうすればいいのだろう。

 

いま外は冷たい風がビュービュー吹いて、夜空はきれいに澄み渡り、冴え冴えと半月が輝いている。

 

宇宙の片隅で、そっとこんなことを呟(つぶや)いている今夜の私。

 

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断捨離できていることもある

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私の場合、それは人間関係。

 

もともと群れたり、義理で嫌々付き合うことは極力避けてきたので、

現在の人間関係は最低限の人々に限られている。

 

このことは、幼いころから鍛えてきた孤独に対する耐性が幸いしている。

自分の人生において、結果的には良かったと自分で肯定できるのは、この性格だけ。

 

法に触れない範囲で、利用されたり、騙されたりしてもやり返さない。

貶められても、誰の味方も求めない。

厭ならそーっと離れるだけ。

私は、チャッカリした人たちにとって、美味しいカモネギだったかもしれない。

 

でも良いんだー、自分の信念を曲げずに生きて来たんだもの。

他人に振り回されることのない日常が私の一番大切なこと。

 

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身辺整理の煩雑さは半端ない。

 

いえね、この話は、何かを覚悟しての身辺整理ではないのです。

単なる「お片付け」のは・な・し。

 

還暦過ぎた人で、その気がある人なら、(そろそろやっておかなくてはなあ・・・)と思っているはず。

 

先日来、あの書類、この書籍、あっちのガラクタ、こっちの衣類 etc. etc. と、

気がかりなものから手を付けているのですが、なかなかスッキリとは片付きません。

 

思い起こせば、実家の両親も、大掃除の度にぼやいていました。

「これ全部、お金かかってるんだよなあ・・・」と。

そして、私も今、両親と同じぼやきを繰り返しています。

「なんでもっとお金の使い道を取捨選択、厳選しなかったんだろう・・・」と。

 

まだ先があると高を括っていた時分には、けっこう無駄なことを迂闊にやっていたのですね。

 

でも、それも人(ひと)一人の一生に必要な経費だったのかも、

あながち無駄と言い切ってしまうことはできないかも、

などと、過去を悔やむ自分に言い訳しています。

 

何十年も生きてきた人間が、身辺スッキリと片付けて人生を締めくくりたいと志したら、

頭と体が思うようになるうちに、常日頃から志に適う暮らし方をしたほうが良さそうです。

 

わかっちゃいるけど・・・

 

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国会・参議院を見学

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20150226arange (287x350).jpg20150226hinadan (350x263).jpg←都市センターホテルに飾られていた

 アレンジメントフラワー

 

            季節柄、お雛様の段飾りも→

 

 

 

 

 

今日は、あいにくの雨でしたが、(大人の社会施設見学)で国会・参議院を見学してきました。

初めての国会見学。大変勉強になりました。

 

同時に見学していた都内の小学生たち、大変お行儀が良かったですよ。

それに引き替え、見学中は私語禁止の注意にもかかわらず、大人のほうが残念な面が見えました。

 

参議院議場の名札には、聞きなれた名前も幾つか見つけました。

参議院が貴族院だったころの名残りで、名札の無い空席もそのまま有ることを知りました。

 

全て国産で建築された国会議事堂ですが、

ステンドグラスは英国製、ドアノブとシューティング・ポストは米国製だそうです。

 

20150226kokkai (350x263).jpg20150226kokkainiwa (350x263).jpg←国会議事堂の見学を終えた傘の列

 

議事堂から正門までの庭には、

各都道府県の代表的な樹木が植えられて

良く手入れされていました→

 

 

地方の子どもたちは、なかなか気軽には見学に訪れることのできない国会議事堂ですが、

関東地方のこどもたちは、小学6年生で国会見学が組み込まれています(幸せですね)。

私は長年国会見学をしてみたかったので、今日初めて実現できて嬉しかったですね。

 

こうした、大人が社会見学する催しが好評のようです。

解説付きの団体行動で食事付き、しかも一回一施設と無理のない行程がとても良いです。

 

それにしても、国会の土産物売り場にあった小物類が中国製だったのは・・・ちょっと残念。

 

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何とか平穏にやっている

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週明け、出勤が気重だったけれど、そこはそれ、伊達に歳くってはおりません。

満面とはいかないけれど、うっすらと「ニコニコ仮面」を被って、月曜日・火曜日を無難に乗り切った。

 

再雇用で勤め始めて3年目が終わろうとしている。

 

この3年間だけでも、いろいろあったなあ・・・

 

定年前と同じ職務内容なので、余裕綽々(しゃくしゃく)で自分の仕事はできるのだが、

一緒に働く顔ぶれに大きな変化が!

皆、私より年下なのは当然のこと、上司も年下とくる。

 

30年も職場の変遷を見てきた私からすると、皆の仕事ぶりがなんとも頼りないことこの上ない。

見かねて、自分の立場も忘れて、仕事をし過ぎてしまう。

放っておけば良いものを、そっとフォローしてしまう。

 

でも、最近の若い人は、「助けてもらった」なんて気づかない。

気付かないから感謝もしない。

 

まあ、見かねて手を貸す私が悪いのだから、しょうがないか・・・と思うことにした。

が、今後はもっとクールになって、余計な手出し口出しはしないことにしようと決めた。

できるかなあ・・・わたし?

 

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若年者の犯罪が相次ぐ昨今

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川崎市の河川敷で男子中学生の遺体が発見された、というニュース。

加害者と被害者が一緒に河川敷まで行き、そこで犯行が行われたらしいという。

私の住む街の隣市でも過去に同様の事件があった(もう20年近く前になるかなあ)。

 

「誰でもいい、人間を殺してみたかった」という動機の若年者の犯行が増えているように感じる。

未だ実行に至らなくても、同様の暗闇を秘めている若年者の存在も、完全否定はできない。

 

 

昔から「子供のすることだから・・・」という言い方で、

未成年(年少であればあるほど)の過ちは大目に見ようとする風潮があり、

法律においても彼ら・彼女らの未来の立ち直りを期待して特別な計らいがされてきた。

 

でももう、こうした過去の常識は通用しない時代が来てしまっているのかもしれない。

 

世の多くの人々は「まさか子供が・・・そんな大それた残酷なことはしない、はずだ」とか、「子供は純真」とか、

いまだ信じ続けたいがために、現実から目を背けているのかもしれない。

 

なぜ若年者犯罪がこうも増えたのか?

相手との感情的な衝突や根深い恨みがあるわけではなく、

さしたる理由なきまま、残酷な犯罪を即実行してしまうようになったのか?

 

私は専門家ではないので、その解明や解説はできないが、

一人の親として、また長年生きてきた者として、気になっていることを言わせてもらえば、

最近の子どもは大人から叱られたり注意されたりしなくなっているよねえ、ということ。

社会的先輩である大人が、未熟な後輩である子供たちを

教え育てることをしなくなっているような気がしてならない。

 

「褒めて育てましょう」も良いけれど、根拠のない事柄を口先だけで褒めたふりしても、子供は見抜いている。

「ダメなものはダメ!」と、大人が何度も本気で教え諭し、大人自らも共存社会のルールを守ってみせる、

そんなことがいつの間にか忘れられているような気がしてならない。

 

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20150222sakuratsubomi (350x263).jpg いつも早めに咲くサクラの蕾は、もうこんなに膨らんでいる

 

寒さに加えて、少々気落ちしているので、今日は近所に買い物で外出したのみ。

 

お店に向かって歩いていると、

ヘルメットを被って白いシャツに黒いスラックスの外国人男性二人が自転車で漕いできた。

例のあの〇〇モン教の人たちだ。

すれ違う時、後ろを走っていた人が「こんにちは」と挨拶してきたので、「こんにちは」と応えておいた。

宗教的には何の関心もないけれど、こんな暗い気持ちの時、明るく挨拶してもらって、

ちょっと気分良かったかも、ね。

 

明日は仕事ですよ・・・

言動には気をつけよっと。

ニコニコ仮面を着けて行こっと。

 

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20150222potholder1 (328x350).jpg20150222potholder2 (350x344).jpg

 

暇にまかせて作ったポットホルダー2点です

本来の使い道は、(鍋敷き)または(鍋つかみ)

ですが、飾りとしても結構イケると思うのです

 

 

 

 

 

ポットホルダーの画像は、まあどうってことはないんですが、

文章だけのブログは見た目が寂しいかな・・・と

 

*+*+*+*+*+

 

このところ、少々グダグダと愚痴っぽくなっています。

ああーーーっ、ヤダヤダ、私って要領悪いよなあ(ガックリ)

 

いろいろ考えていると、「もういいよ、私の人生終わっても」なんてやけっぱちな気持ちになったりして。

ま、それは口先だけの投げ遣り言葉。

そう心で叫ぶことによって、

「終わってもいいと思うなら何も気にすることないじゃないか」という結論に反転させる為の過程です。

 

それにしても、

焼けた鉄板の上に芋虫を投げ込んで、

そのもだえ苦しむ様を、寄ってたかって高みの見物するような陰湿な攻撃は止めてもらいたいよなあ。

 

ああーーーーーーっ!!

止めよ!止めよ!深く考えるのは止めよう!

もっと図太く、図々しくならなくっちゃ。

 

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ハンサムとスマート

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テレビ朝日で放送される朝のニュースバラエティ番組「モーニング・バード」で、

生き方の素敵な人を紹介するコーナーで「ハンサムマン・ハンサムウーマン」という言葉が使われる。

 

handsome とは、容貌の良い男性に使う言葉として長年使って来たのだが、

改めて辞書をひいてみると、

ーーーりっぱな、堂々とした、上品な、上手なーーーという意味があり、

「素敵」なことに関して肯定的な言葉であることがわかった。

 

一方、

smart には、

ーーーきびきびした、すばやい、ずるがしこい、こすい、生意気な、粋な、しゃれたーーー

と、捉え方次第ではマイナスなイメージにもなりそうな意味合いが並んでいる。

 

そんなこと気にもしなかったころには、

「あの人、スマートよねぇ」などと使って、しっかり褒めたつもりになっていた。

 

 

最近、テレビや雑誌で、すごい人を紹介する際に(ハンサム)という言葉をちょくちょく耳にするようになって、

(スマート)と(ハンサム)の使い分けが気になるようになった。

 

この二つの言葉の意味するところを意識するようになって、

自分はどちらでありたいのかと自問した時、

鈍くさくて愚かな私に(スマート)はあり得ないし、そうなりたくもないと思う。

 

(ハンサム)な人間を目指したいなあ・・・

 

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昔は、想いを公に発信しようとすれば新聞や雑誌などに投稿するという方法しか思いつかなかった。

たとえ思い切って投稿したとしても、

それぞれの報道機関や出版社の担当者によるフィルターを通過しなければ陽の目を見ることは難しかった。

 

そんなことを振り返ってみると、個人ブログが盛んな現在は良い時代だと思う。

 

100人の人がいれば100の想いがあるのであり、それぞれの想いは尊重されなければならない。

ただ、現実は、100の想いそれぞれが社会を動かすことができる主張として取り上げられるわけでもない。

 

それでも、時にはどこかで誰かに聞いてほしい知ってほしいと思うことは誰にもある。

だからどうしたいというわけでもなく、どうなるわけでもないことを知りつつ。

 

でも、ひょっとしたら、どこかの誰かが誰かのブログを読んで、そっと頷いてくれているかもしれない。

その反対もあるだろうけれど。

そんなことを考えていると、ちょっと楽しかったり嬉しかったりする。

 

誰もが発信できるチャンスがあるって良い時代だな、と思っている。

 

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安価な糸でチュニック

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昨年の夏糸大処分の際、一玉50円x15個 購入しておいたコットンヤーン太糸でチュニックを編みました。

 

20150220chunic (324x350).jpg

あまりにも太い糸なので、15玉でも制作図通りに、全部は編み切れず、

裾の長編み部分は半分の丈になってしまいました。

でも、これはこれで、身長低めのコロコロタイプの私には、ちょうど良かったみたいです。

14玉使いました。

 

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野菜の切り口

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20150220chijimiyukina1 (350x255).jpg20150220kirikuchi (350x306).jpg

 

野菜の切り口は、まるで花のようでステキ

これは、(ちぢみゆきな)

 

 

口に運ぶ食物は、やはり、素材から自分で調理するのが理想的。

お料理上手も、そうでない場合も、多人数の賄いでもお一人様の調理でも、

食は暮らしの基本だから、なるべく自炊したいよね。

 

自炊すればこそ、こんなステキな発見・感動もあります。

 

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パセリ

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20150220paseri (290x350).jpg パセリを1束一度に使いきらない時は、こうして保存している。

 

今日は穏やかに晴れるとか、昨日までの天気予報では言っていたのだけれど、雲が多くて光が足りない。

もっと光をーーーーー!

 

さあてっと、小さな用事を片付ける為に出かけることにしましょうか。

最近は、外出も億劫になってきている。

 

 

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さまざまな生き方の困難を抱えて、必死に社会を泳ぎ渡って63年。

そろそろ要領よくなっても良さそうなものなのに、未だに不器用に生きている。

 

幼いころから周囲と少し違う言動をする傾向があり、仲間外しやイジメに合うのは日常的だった。

その結果、一人で行動することに慣れ、独りで楽しむことを覚えた。

今となっては、独りで人生を楽しめる生き方を続けてきて良かったと思える。

 

ただ、社会の大多数の人の考え方は異なるようで、

私は、いわゆる【毛色の違う人間】と見なされ、好奇の対象になるようだ。

 

この状況を悲観視しなくて済むようになったのは、色々な人のブログを読むようになってから。

 

「あ、(老若男女問わず)私と同じような人がいる」という発見は、私にとって大きい収穫であった。

 

還暦過ぎてなお、自分の生き方に悩み、社会との折り合いに悩んでいるのかと呆れられるかもしれないが、

人の一生は灰になって完結するのであり、この世で息をしている(生きている)限りは、

何かしら思い悩みながら前に進むのが常だろう。

年齢重ねたから悟りが得られるというものではない。

 

と言うわけで、

私は悩みが高じると自他のブログに向き合う頻度が増す。

 

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捨ててしまおうと思っても

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身辺整理ができない。

手を付けるとすぐに「これはもう一度目を通してから」「これも使うかもしれない」となる。

結果、何も片付かない。

 

どうすればスッキリと捨てられるのだろう。

 

飛び飛びに記入して、白紙のページの方が多い「年限定の市販の分厚い日記」をどうしよう。

 

そろそろ本気で片付けねば、いつ何時何があるかわからない年齢に差し掛かっている。

 

新聞などの読者投稿を読むと、思い切って捨ててスッキリした人もあり、片付けられぬ人もあり。

日記に関しての投稿で共感を覚えるのは、

自分の死後に生前の感情推移を家族に読まれるのは避けたいという内容。

その一方、生きている間は過去の自分を懐かしむ手立てでもあり、捨て去る決断が鈍る。

 

はあ・・・どうしよう。

 

遺される家族に、これらの荷物を片付けるという負担を負わせてはならない。

なら、遺された家族が私の遺品を片付ける気持ちになって、今、私が片付けなくては。

 

日々焦る*:*:*:

 

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真面目の上にバカがつくと

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このごろ、ゆうパックのテレビCMでダウンタウンのまっちゃんが(バカ真面目)な配達人を演じている。

彼は、その真面目さゆえに一人の女性から好意を持たれているという内容。

 

でも、現実では、真面目の上にバカが付くと利用されたり騙されたりすることが多い。

頭にバカがつく所以か。

 

私もバカの仲間だ。

 

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ニコニコ仮面は要注意

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長年生きて、波瀾万丈の経験を積んでも、やられる時はやられる。

誰にも頼れず生きてきたから余計に「この人なら信用できるかも」と過剰に期待してしまうのかもしれない。

 

「巧言令色鮮(すくな)し仁」・・・論語(学而)

(口先がうまく、顔色をやわらげて人を喜ばせ、こびへつらうこと。仁の心にかけることとされる)

↑ この言葉は、以前から呪文のように唱えてきたのに。

 

何度もこうした【ニコニコ仮面】に痛い目に遭わされてきたのだが、

今また、(薄々気付いていながら)ドーーンとやられてしまっている。

 

常に笑顔で話しかけてくる人間に対して、多くの人は安心感や親近感を抱くのが普通であろう。

通り一遍の人間関係ならそれも良しだけれど、日々の職場で協働の関係にあれば話は違ってくる。

 

何があっても【ニコニコ仮面】を演じ続けられる人の内奥は・・・

あーあっ、やられちゃったよ、はめられちゃったよ、わ・た・し。

何回失敗しても身に付かない用心深さ。

私って、根っからのお人好しのバカなんだね。

 

それにしても、女って、どうしてあんなに群れて(つるんで)行動したり情報を共有したりしたがるんだろう。

そういう女たちがつながるために、一人行動の多い女のやること為すことは、

自分たち仲間内の関係を損ねることなく面白がることのできる無責任話のネタにし易いんだろうね。

「わたしたち一緒に楽しむ仲間よねぇーーー♪」ってか・・・ヤレヤレ、フーッ

 

どうせまた足元さらわれることを繰り返すことになるのだろうけれど、

来週からは、私もできる限り【ニコニコ仮面】を被って用心することにしよう。

 

あ-あっ、めんどくさいなあ・・・

 

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「やめて!」と声をあげても

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スンナリとその叫びが受け入れられることは、残念ながら期待できないでしょうね。

どうしてか・・・という論理的な解説はできませんが、過去の経験からそう思います。

 

身近な人間関係から社会的に注目される事象まで、

思い出してみると、「やめて!」の声に即応して中止された例は稀です。

まして、その後、傷ついた側への謝罪など・・・

 

そうそう、昨夜 Eテレで「ETV特集 立花隆が次世代に託す被爆70年のメッセージ」という内容を放送しました。

核兵器廃絶を世界に訴える行動が立花隆さんのジャーナリストとしての出発点にあったそうです。

被爆の惨状をうつした映像や写真を携えて欧州に出向いた立花さんは、

かの地の反応の鈍さと、その後の各国の核兵器開発&所有の増加に、

核兵器根絶の問題から一旦遠ざかっておられたようです。

 

その後、さまざまな社会問題を取り上げてこられた立花隆さんでしたが、

ご自分の健康問題や年齢などを強く意識されたのでしょう、

今一度、世界唯一の被爆国日本から、平和実現の提案を世界に発信してくれる若者の出現を期待して、

ご自分の経験や思慮などを若者に伝えたいと、行動を起こされたようです。

 

50年前に「《核兵器》やめて!」と一人上げた声は届かず、立花さんはその後声を出さなかったわけですが、

その50年前に立花さんが欧州で出会ったカナダ人の男性は、その後も核廃絶運動の先頭に立ち続け、

アメリカがソ連の核兵器に対抗する手段としてカナダに配備した核兵器を撤去させるに至ったそうです。

 

「やめて!」に応じて相手が止めてくれるまでの長いながーい道のり。

それを考えると、大部分の場合は諦めてしまうのも分かります。

 

そんな大きな話ではありませんが、

日常の中で、「やめて!」とハッキリ声にした経験が多々ある私ですが、

その後の成り行きや結果が良かったことは数少ないですね。

 

どうしたものやら・・・

これからも考え続けてみたいと思います。

 

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やっと呼称が替わりました

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この度、やっと NHK では、かの残虐非道な犯罪集団の呼称「〇〇〇〇国」の使用を止めました。

他のメディアがどう対応しているのかは、まだ知るところにありませんが、

とりあえず、NHK が替えたことに気付いたのでホッとしています。

 

(あっ今付けているテレビ番組においては、テレビ朝日はまだ「〇〇〇〇国」と言っているようです)

 

先日、ある番組にゲスト出演されたトルコの駐日大使がコメント第一声で

「この集団を『〇〇〇〇国』と呼ぶことは止めていただきたいとお願いします」と発言されました。

にも拘らず、キャスターはその後も「〇〇〇〇国」を使用し続けました。

 

誤解の被害を被っている、または深刻な攻撃を被る可能性がある立場から発せられた

改変へのお願いを無視するのは如何なものでしょう。

 

これって、一般の人間関係(子どもから大人まで)でも言えることですよね。

謂われなく誹謗中傷を受けたり嘲笑の対象にされたりしている人間(子ども)が

「止めてくれ!」と声を上げても無視される。

それどころか、無責任な周囲からは、ますます面白がられて、弄(イジ)られてしまう。

 

やはり、どこかから「止めて!!」と声が上がったら、一旦その行為をストップして、

その行為や言葉が適当であるか否かを考えるのがよろしいのでは?

 

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厭なことを思い出す癖

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牛が食べた物を反芻するように、厭なことを何度も思い出す癖がある。

もう済んだことなのに・・・

にもかかわらず、今こうして生きていられるのに・・・

思い出したところで、今更どうしようもないことなのに・・・

 

歳とって、先の見通しが暗くなると、過去に厭だと思った出来事が次々に脳裏に浮かんでくる。

 

しょうがないじゃない、

あの時はあの時で私なりに懸命に、

自分の信念に基づいて生きた結果だものと、

未だに癒えぬ心の傷をそっと手当してやることにしている。

 

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続・そもそも

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今朝のテレ朝「ニュースなぜ太郎!!」で、

増田ユリヤさんが安倍首相の演説が海外でどのように翻訳されたかを解説されていた。

 

「〇〇〇〇国の暴挙と闘う人々を人道的に支援する・・・云々」に contend が使われている海外報道があるが、

contend には二通りの意味合いに受け取られかねない意味があると。

つまり、(困難などに立ち向かう)と(敵と競う・争う)である。

 

もし、その英文報道の読者の文化背景が「・・・されたら同じことを仕返す」という感情が強いなら、

この contend は(力をもって対抗する)意味に受け止められかねないという。

 

翻訳とは、一つの言葉に合う多言語の言葉を一つ当て嵌めればことたりるのではない。

一つの言葉の意図するところを発言者が伝えたいように伝える為には、

場合によっては複数の言葉を重ねて表現しなくては真意が伝わらない。

 

それには、やはり、発言者と受け手の文化的政治的背景に対する幅広い理解と知識が必要になる。

 

対面して会話する場合には、その場で誤解を解くチャンスはあるが、

一方的に発信する(報道や演説など)だけの場合は、受け手の解釈次第で誤解も生じかねない。

 

日本では、ちょっとした海外経験や日常的に他言語を話せる人に対して、

いまだに必要以上の評価が為される傾向を感じる。

 

少なくとも、一国の運命に関わる作業に従事する立場にある人々は、

そうした経歴や能力のみを過信して軽率に行動する人々ではないと思いたいのだが・・・

 

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そもそも

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今回の人質事件を起こした中東に巣食う犯罪集団の名称を「〇〇〇〇国」と日本語に翻訳した最初の人物は誰?

 

異文化の言葉を母国語に翻訳する作業とは、ただ字面だけを母国語に置き換えれば良いというものではない。

言語の裏には、その言語を使う人間たちの歴史に育まれたさまざまな事情が隠されている。

全てを正しく翻訳しろというのは酷な話ではあるが、発言者の意図に(可能な限り)迫る解釈ができるように、

 深い思慮と教養と幅広い視野を身に付ける努力を惜しまない翻訳者が求められていると思う。

 

日本人が誰でも英語が話せたり理解できたりするようになることが重要なのではなく、

普段は英語(または他言語)に接することなく暮らす人々でも誤解なく世界の出来事を知ることができるように、

言葉は慎重に選んで使ってほしいと思う。

 

それにしても、

残虐な動画映像を授業で小学児童に見せたという教師の低能ぶりは如何なものか。

見せる必要がない、見せてはいけない、見せない方が良いという判断こそ教育的配慮というものではなかろうか。

 

最近折に触れ感じるのだけれど、

いい歳をして「娘・息子(坊ちゃん・嬢ちゃん)」気分の大人が増えたような・・・

 

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