2014年6月アーカイブ

言って良いこと悪いこと

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思ったことを何でも発言して良いわけではない。

一方、思ったことを言わなければ何も伝わらない。

その両方の兼ね合いは難しい。

こうすれば正解という発言の方程式は無い。

 

人は皆、けっこう恣意的に発言している。

それらの言葉に一々反応していては身が持たない。

とは言っても、

全てを無視してしまっては、自分の方が傍迷惑な人間になってしまいかねない。

 

つくづく言葉を選ぶことの難しさを痛感する。

 

ただ一点、これだけは必ずということはある。

それが『感謝』を口に出して伝えることであろう。

 

ありがとう。。。助かった。。。おかげさま。。。

そんな言葉が溢れる世の中であればいいな、と心から思う。

 

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お爺さんの子守り

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車で買い物に行き、マンションの駐車場にバックで駐車しようとしました。

前方に、4歳くらいの男の子と3歳くらいの女の子を連れた男性が見えました。

その男性は二人の幼児のお爺さんです。

 

子どもたちはスケートボードに乗っかって、こちらに進んできます。

 

私はてっきり、そのお爺さんは、幼児にスケートボードから降りるように注意するものと思っていました。

ところが、前を進む男児に声をかけるわけでもないばかりか、

後方からボードに乗った女の子の手を引いて、どんどん進んでくるではありませんか。

 

私は駐車するのに何度か前進後進を繰り返して駐車スペースに車を納めなくてはなりません。

ちょうどそのタイミングで男の子が車の前をヨロヨロモタモタとボードに乗ったままさしかかりました。

私は腹を決めて、男の子が通り過ぎるのを待つことにしました。

 

さすがに、後ろから来る女の子は止めて待たせるだろうと思いましたが、

その男性は孫の手を引いたまま悠々と車の目前を通り過ぎました。

過ぎ去りながら運転席の私を「あぶねぇな」と言わんばかりに睨みながら・・・

 

「どっちが危ないんだよ!」とひと言言ってやりたい衝動をグッとこらえました。

 

だいたい駐車場でスケートボードに乗せること自体がダメでしょう!

一段上がれば舗装してあるマンションの歩道がありますが、そこでだってボードに乗るなんてダメです。

その後、その孫連れのお爺さんはマンションの前の公道で孫たちにスケートボードで遊ばせていました。

 

今日は二件、お爺さんの孫守りに疑問を抱く場面に出くわしました。

 

もう一件は、孫の手を引いて道路を横断するお爺さんです。

孫は歩き始めたばかりとおぼしき1‐2歳の子どもで、まだヨチヨチ歩きです。

その子の手を引いて歩かせながら、お爺さんが片手を上げて車を止めながら横断です。

 

歩き始めたヨチヨチ歩きの孫の姿が愛らしくてしょうがない気持ちはわからないでもありませんが、

歩かせる場所は他にあるでしょうが!

道路横断という大人でも危ない場面では、その孫が可愛いと思えば抱っこして渡るでしょ、フツウ(怒)

よりによって交通量の多い、しかも幹線道路から右折左折で車が頻繁に入ってくる場所での横断よ!

 

 

むかし(頑固ジジイ)というのがいました。

「ダメなものはダメ」「危ないことや決まり事を守らないと他人の子でも叱る」

当然彼らは若い者から煙たがられました。

 

でもね、そんな頑固ジジイがいたから、社会の秩序が保てた側面もあったのではなかったか。

私はこのごろそう思います。

 

近頃のお爺さんは、孫に嫌われたくない一心でベタベタに甘やかしているように見受けます。

そんな溺愛された子供たちに注意でもしようものなら、言った方が恨まれてしまう世の中なんて間違ってる。

 

本当に子供の将来を思えば、今彼らから嫌われても「ダメなことはダメ」だと教えてやるのが愛情だと思いますよ。

「三つ子の魂」って言うじゃありませんか。教えるなら幼児のうちですよ。

 

世の中「育爺(いくじい)」とか何とか言って、時間を持て余す高齢男性をおだてて子守りさせようとしているけれど、

我が子の成長時に育児に関わらなかった高度経済成長時代の退職男性の孫守りなんて、こんなものなのかなー。

 

なんだか色々考えさせられること、多いです。

 

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久々のお節介

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カンニング竹山似の元同僚と楽しい会話をしての帰路、最寄駅で電車を降りてのこと。

 

二人の中学生とおぼしき女子が、駅の階段で自転車を持ち上げようとして四苦八苦していた。

二人ともハンドルだけを握って階段を押し上げようとしている。

平坦地で自転車を押すのと同様の動作。

これじゃあ重い自転車は持ちあがらない。

 

私「あのね、自転車を持ち上げるのはね、左手でハンドルを握って右手でサドルの下の軸を握ってね・・・」

私「ほら、こうするのよ」

 

先に教えた子はそれで難なく自転車を持ち上げて、ヨイショコラショと階段を上って行った。

後に続いた子も(こちらはややか細い子だったが)無事に上り切った。

 

私は歯医者の予約時間が迫っていたので足早に先に進んだが、

後方から二人の会話が聞こえてきた。

中学生らしき女の子二人「勉強になったよねえーー」だって!

 

久々のお節介だったけれど、内心で「ウフフ」なできごとだった。

 

このごろの子どもは・・・と一括りにはできないね。

話してみなくちゃわからない。

 

 

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元同僚にバッタリ出会いました。

場所は、駅の改札を入ったコンコース内にあるハンバーガー・ショップ。

 

実は、この元同僚と、このハンバーガー・ショップで偶然出会うのは二度目です。

 

一度目は4年前、彼は退職の送別会、私は異動の送別会に向かう直前にコーヒーでもと立ち寄った時。

お互いに、これから送別会に向かうところだったので、話もそこそこに別れました。

 

あれから4年目、今日偶然レジで隣り合わせになったのです。

レジで発した声に聞き覚えがあり、横を見るとカンニング竹山似の彼がいたというわけ。

「おおっ、久しぶりー」というわけで、相席してアイスコーヒー飲みながら話に花が咲きました。

 

彼は早期退職して現在は悠々自適の毎日。

隣市の旧家のぼんぼんで生涯独身。両親は亡くなり、今は古い一戸建てに一人暮らし。

 

私「どう、元気?今日は何しに出かけてきたの?」

彼「家の周りの草取り用に、動きやすい作業ズボンはないかと思ってね」

私「へぇー、草取りしてるんだぁー」

彼「一戸建ては大変だよ。草は生えるし、植木は伸びるし、夕方には家じゅうの施錠をして回らなきゃならないし」

彼「年取ってみると、マンション形式の集合住宅が一番だね。草取りの面倒はないし、鍵ひとつで戸締りできるし」

私「へぇー、そうなんだあ・・・たしかにそうかもねぇ」

私「ところで、住み替えなんか考えている?これからもっと年取ったら大変だよ。ボケる前に何とかしなくっちゃ、ね」

 

なあんて話を延々としたわけでして・・・

 

彼は私と同い年。しかもお互いに伴侶なし。

って、艶っぽい話にはなりませんよ。お互いにそんな性格ではないので(笑)

けれども、これから迎える老後に関して抱える問題には共通項が多く、話が弾んだのでした。

 

現役の頃からパソコン嫌いの彼は超アナログ人間で、最近の情報に疎いのです。

それで、多少はインターネットを使えて、週に3日とはいえ仕事もしている私が最新の高齢者向け情報をご伝授申し上げた次第。

 

久々に心置きなくおしゃべりできて楽しくて、お互いにもう少し話したかったのですが、

今日は私の歯医者の予約があり、時間が迫ってきたのでおしゃべり終了。

 

別れ際に、「これで二度目の偶然だから、(二度あることは三度あるって)言うし、また会いましょう」と言って別れたのでした。

 

ほーんと、気の置けない会話ができる人です、カンニング竹山似の彼は。

性格はというと、マジシャンのマギー司郎似なんですけどね。

 

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今、「アルジャーノンに花束を」の著者 ダニエル・キイス氏が亡くなったというニュースが耳に入った。

 

科学技術の未来を予測して著されたSF作品。

 

過去に読んだSF小説の中で「アルジャーノンに花束を」と「わたしを離さないで」は忘れ難い作品。

 

「アルジャーノンに花束を」は、知能が劣る主人公が脳の先進手術によって並外れたIQを獲得するという話。

「わたしを離さないで」は、臓器移植のパーツを提供する為にだけ生を受け、

隔離された環境で生かされている若者たちの話。

 

確かに私たちは、技術の発達の恩恵を受けて便利で豊かで安心できる暮らしを手に入れたと言える。

今更それらの技術を拒否して、わざわざ原始的な暮らしに戻ろうとは思わないし戻れもしない。

 

けれども、どんなに科学技術が進歩しようといじることができないものがある。

それは人間の喜怒哀楽の感情部分。

 

知能は劣っていても、治療前のアルジャーノンは皆から愛され親しまれていた。

臓器移植のパーツを作る為だけに生まれ育てられ、隔離された環境でその日を待ちながらも、

若者たちは愛し、悩み、苦しみ、苛立ちの感情を排除することはできなかった。

 

いま人型ロボットの開発が進み、実用化の話が現実になってきている。

 

文学作品というのは、こうした科学技術の分野に存在し得ない*人間らしい感情*を扱う。

インターネットから得る断片的な知識を検索することで「知っているつもり」になるのは、実はとても怖いことである。

 

人間の感情ほど読めないものは無い。

それは予測したり想像したりするしかないのだが、その予測や想像の根拠となるのが経験。

一生のうちに一人が経験できることの限界を思う時、

やはり読書は人の感情の成長や発達に欠かせない要素だと思える。

 

人が幸せを感じるにはどういう最低限の条件が挙げられるのだろうかと考える時、

「アルジャーノンに花束を」と「わたしを離さないで」は読んでみたほうが良い作品に入れることができる。

 

 

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ボレロ完成

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2014borero (324x350).jpg

 

つれづれなるままに ひぐらしテレビの前に座して糸遊びす。

というわけで、

できたのがこのボレロ。

 

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疑われてるの?

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昔から文房具店であれこれ見るのが好き。

特に、便箋や封筒・季節の絵柄入りハガキなど。

 

手紙を書く機会がめっきり少なくなり(と言うより皆無に近くなった)、

文房具売り場に足が向くことも無くなった。

 

今日久しぶりに、デパート専門店街に昔から在る書籍文房具店に立ち寄った。

 

スケジュール帳の記入用に緑と青のボールペンを買うつもりだった。

ちなみに、3色一本になっているボールペンは、私としては × 。

書くときにペン先がフニャフニャして、悪筆がますます悪筆になるので。

 

久しぶりにボールペンの棚の前に立ってはみたものの、その数と種類の多さにウロウロするばかり。

私が欲しいのは、インクがスムーズに出る中太タイプで、グリップのしっかりした1色一本の青と緑。

 

肩には先ほど買ったサマーヤーン10玉を入れたトートバッグを掛け、

腕にはレスポートサックの袋バッグを引っかけ、おまけに今日は傘まで手にして・・・

 

そんなオバハンが文房具小物の前でアレコレ物色していると、

やはり店の人にしてみれば要注意人物にみえるのかなあ・・・

いつの間にか制服の女性が商品を整頓するそぶりで横に立っている。

 

「アレッ、これって私のことを警戒しているの?」

 

なんだか、いやーな気分。

 

でも一方では、近年増加しているらしい中高年の万引きに関するテレビ情報が頭に浮かんで、

店の人の警戒心と行動に対して「無理もないこと」との理解を持つことにやぶさかではない。

 

それにしてもである、

むかし教わった「人を見たら泥棒と思え」の諺がこんなに切実な日常の心得として再浮上する時代になるとは、

これから季節は夏に向かうというのに、心の中には寒風がヒューヒュー音立てて吹いているような気がする。

 

 

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