2014年5月アーカイブ

好事魔多し

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「好事魔多し」←(こうじ ま おおし)と読む。

(物事が順調に運んでいるときこそ邪魔が入り込みやすいので慎重に事を運べ)の意味。

 

人は欲深いものだから、物事がうまく運べばそのまた上を望む。

「これで良し良し、私は万全」と満足して、貪りをやめるということはない。

 

だからこそ向上できるとも言えるのだが、それはどの方向に向かっての向上かが問題。

とかく人の心は私利私欲に走りがちで、

うまく行けばいくほど周囲への目配りが偏ったものになることに気が付かない。

 

(私が一番!)(私が世界の中心)的な生き方になっていないかと常に自問しなくては、

せっかく順調に運んでいることに "邪魔" が入り込まないとも限らない。

 

「好事魔多し」の "魔" は、邪魔の魔である。

 

ものごとうまく運んでいる時ほど、

心落ち着かせて慎み深く行動し、周囲への配慮を欠かさぬようにしなさいという忠告の諺かと思う。

なかなかできないことだけれど・・・

 

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お天気やさん

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一般的に「お天気やさん」というと否定的な使われ方をしていると思う。

確かに、気分次第で言動をコロコロ変えられては、周囲は振り回されて大迷惑すること間違いなし。

ただ、それは社会的な行動における評価であろう。

 

一方、私が個人的に自分のことを「お天気や」だなあと感じるのは内的な感覚の問題。

つまり、天候の有様で気分が左右されてしまうことの実感。

 

カラリと晴れて陽光あふれる一日は気力が充実してくるし、

どんよりと雲に覆われて薄暗い日には気持ちが落ち込みがちになる。

 

こんなことを感じている人は多いのかもしれない。

天候の影響を受ける度合いの強弱には個人差がありそうだが。

 

このところ、一日のうちでも晴れたり曇ったりの変化が急な日が続く。

こんな天候の時季に、できる限り平常心を保とうとすると結構疲れる。

 

人間って、社会的動物とは言いながら、やはり自然に大きく影響を受けているのだなあと、ボンヤリ考えてしまう。

つまらないことがグダグダと脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・

 

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今年の人間ドック

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毎年、市役所から送られてくる健康診断受診を勧める文書が一通り揃った。

今年は、特定健診の基本項目以外に脳ドックを受診してみようと決めた。

脳ドックは直近で3年前の受診。

今のところ一番気になる健診部位が脳機能の状態。

 

他に、歯の健診と眼の健診。

 

定年してもノンビリはしていられない。

週3日の仕事を続けつつ身体管理の日々。

 

現代の年寄りが健やかに暮らそうとすると結構アレコレ忙しい。

ま、毎日やることがあるってことは幸せってこと。

 

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普段はめったに電話がかかって来ない。

固定電話も携帯電話も。

 

なのに、たまに固定電話の呼び出し音が一度鳴って切れることがある。

 

気になる・・・・・・・

 

両親は8人の子どもを生したが、2人は幼時に1人は成人まで達することなく亡くなった。

そして、残った5人のうち2人が既に旅立ち、

今は3姉妹が電話で安否を確認し合いながら励まし合っている。

深夜に電話がかかってくるとしたら、どちらかの姉からということになる。

 

なので、呼び出し音が1回で切れてしまうと、姉に何か異変があったのかと案じてしまう。

 

今夜も鳴ったワン切り電話。

姉の無事を祈る。

 

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ミニボレロができた

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201405miniborero (350x333).jpg

 

ミニボレロが仕上がった。

これからの季節、ノースリーブの肩先にちょっと羽織って冷え防止に。

 

 

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やたら反省しないことにする

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自分のしたことが果たして良かったのか悪かったのか、やたら反省してしまう癖があります。

これはきっと、幼いころから「お前は普通ではない」と親やきょうだいから言われ続けたことの影響でしょう。

その結果、他人に喜ばれる反応を求めるあまり、

相手の言いなりになったり、我慢し過ぎてストレスがたまり過ぎ、いっきに爆発したりしてきました。

そうするとまたまた「普通ではない」との周囲の反応を勝手に感じ取って、自己評価も地に落ちてしまう繰り返し。

 

そんな人生を半世紀以上生きてきたように思います。

 

こんなことは私に限ったことではないかもしれません。

皆、多かれ少なかれ、そんな感情に左右されながら生きているのでしょう。

違うのは、その後の対処や行動の表出方法のような気がしています。

 

私の場合は、自己反省の結果が常に「私が悪いから」になって相手に簡単に謝罪してしまうのです。

では、過去に私の謝罪を受けた相手から "赦し" と "理解" を示された経験はどのくらいあったかというと・・・

それはなかったですね。

 

おそらく、私の謝罪に「下手(したで)に出れば赦されるかも」という安易な気持ちが潜んでいたのかもしれません。

相手が無意識のうちにもそれを察知したとしたら、その後の関係が対等になるわけがありません。

事の原因がどうであったかとは関係なく、先に謝罪した側に非があるとして一件落着してしまうのです。

 

もう、反省のし過ぎは止めることにしました。

反省はしても、先走って謝罪の行動に出ることはしないように気を付けることにします。

 

「思いやり」とか「寛容」とかの言葉はあっても現実に実践されることに期待はできない時代なのでしょうね。

なかなか生き辛い世相を生きていると感じています。

 

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一枚の花びら

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45年前から持っている岩波国語辞典に一枚のバラの花びらが挟まっている。

これは、実家の庭先に咲いていたピンクのバラの花弁の一枚。

 

全体は既に茶褐色に変色しているが、ポツポツとゴマ粒ほどのピンク色が残る。

 

この辞書を開くたびに、この花びらを摘んだ時の自分の心模様と故郷の空気がよみがえるようだ。

 

ずい分な時が流れたものだ・・・

 

さまざまなことがあった・・・

 

よくぞここまで生き延びてきたものよ。

 

葉脈だけがクッキリ浮かぶ茶褐色の花びらは、私の生きてきた時間に寄り添ってきてくれたんだなあ。

ちょっとした感傷にひたる。

 

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ピンクの巾着袋

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201405amifukuro (310x350).jpg

 

(どうせ使わないのだからもう作るのは止めよう)という反省も空しく、

またまた作ってしまった編み袋。

使用した糸の金額、約2,500円。

もっと安い糸もあるのだけれど、編み心地や仕上がりの風合いがイマイチ。

ついつい ¥500/1玉 の日本製糸に手が出てしまうのよねえ・・・

 

2,500円も出せば、仕上がりのきっちりした既成の袋が買えそう。

でも本当は袋なんか要らなくて、ただ編み物したいだけ。

だからかなあ、

手芸する皆さん フリーマーケット や レンタルbox などで販売されるのでしょうね。

それらの作品を見ると、とても素人さんとは思えないような品がたくさん並んでいます。

 

下手の横好きで、おまけにお洒落センスに欠ける私の手芸。

もうホントに、いい加減にしなくっちゃ

とかなんとか言いながら、

じ・つ・は・・・次を編み始めちゃっているのです。

50g玉が2-3玉でできるミニボレロ。

(こりゃもう、編み物は生涯止められないな、きっと)

 

でもね、

今度は反省を生かして¥150/1玉の中国製糸です。

編むときの感触がギシギシして滑らかに針が動きません。

本当は日本製の糸にしたいのだけれど、3倍の値段ではねえ。

 

 

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そろそろ本気で終活を

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今回の腰痛は、過去にも同様のことがあり、経過の予測ができるので、

ひたすら痛みが治まるのを待つのみと楽観している。

 

ただ、以前の場合と違うのは、「これが最後の病になり得るやも知れぬ」との念慮がよぎること。

 

過去において重大な病とは無縁に過ごしてきただけに、人生のピリオドの打ち方を考えることを先送りしてきた。

いつ終わろうと悔いを残さぬようにと全力で生きてきたつもりではあるが、

それは、"自分の体は丈夫である"という不確実な要素を過信した「生命への傲慢」だったかもしれない。

 

いつかは終わる。

情け容赦なくその瞬間は訪れる。

やり残したことがあろうと無かろうと、

まだこの世で必要とされていようがいまいが、

時はパタリと止まる。

だからと言って、

やり散らかしたこの世のアレコレを全て整理しつくせるものでなく、

せめて、

この世への執着心を日々削ぎ落しながら、

あの世への旅立ちの日に備えるのみ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ by 露草

 

とは言いながら、

後始末をしてくれる人たちのことを考えたら、

ごみ(持ち主が亡くなれば、故人が生前使用していた形あるものは、一旦、ごみになると考えられる)は、

なるべく減らしておいた方が親切だろう。

 

近頃は「終活」というようだが、それらしきことに本腰を入れなきゃなと、痛む腰をさすりながら考えてしまった。

 

ところで蛇足だけれど、

(物事に本気で取り組み始める)ことを「本腰を入れる」というけれど、

この言葉に「腰」の文字が使われている意味を、私は、今回の腰痛で身を以て理解した。

「腰」がしっかり安定しないと、体のバランスは保てないし力は入らない。

何事に立ち向かうにも、まずは自由に心身を動かせる状態あってこそなんだなあ・・・

なあんて屁理屈並べながらも、ア、イタタタタ、腰痛いよお!!!!!

 

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腰痛悪化して・・・

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ついに、病院に行って来ました。

結果は、「背骨がずれていてクッションもすり減っていますね」ということで、

筋肉を柔らかくする薬など三種類と湿布を処方されて終わりでした。

 

この腰痛は過去にも経験があり、今回三度目の痛み発症でした。

 

整形外科の先生が言われるには

「今後何度も痛むようであれば手術で骨を固定した方が良いでしょう」

とのことです。

 

対処法は「室内で出来る程度の無理のない筋トレなどしてください」と言われました。

 

昨日いただいた薬を飲んで湿布を貼って、今日は痛みが少しずつ退いてきました。

 

原因で思い当たるのは・・・年度末から年度初めにかけて、ちょっと頑張り過ぎたような気がします。

他の人を頼れないから、自分が動くしかなかったのですが、

これからは年齢相応の動き方を意識しなくてはいけないなあ・・・と反省しました。

 

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気まぐれお絵かき

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自覚は無かったけれど、小さいころから絵を描くのは好きだったのかもしれない。

自分のことなのに、こんなボヤけた表現しかできないのは自信が持てないから。

 

絵を褒められた最初は小学1年生の時描いたツバメの絵。

二度目は、小学6年生の時描いた担任の似顔絵(これは新聞に載った)。

対象をじっと見つめる癖が、絵を描く時に活かされるのかも。

 

そんなわけで、↓これ

201405jinbutsuga1 (350x245).jpg

と、↓これ

201405jinbutsuga2 (350x279).jpg

ずいぶん前に、なんとなく描いた人物画。モデルはいない。

 

そして昨日描いた自分。

201405jinbutsuga3 (2) (254x350).jpg

 

似ているかどうかは?

上の二枚と並べない方が良かったかな・・・(笑)

 

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贈答品のこと

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お中元やお歳暮は日本の美しい慣習だと言う人もいる。

確かに、何かが届くと嬉しいには嬉しい。

 

が、その後には必ずお返しの苦悩が待っている。

 

まず、返すべきか返さざるべきかで悩み、

返すとしたらどの程度(金額)の品で何を返すのか、

いつ返すのが適当な時期なのか、などなど。

 

気心知れた間柄であっても、物をやり取りすることは難しい。

 

一旦始めてしまうと、なかなかこちらから止めることができなかったが、

今年からお中元やお歳暮の先出しは止めようと思っている。

 

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どちらにしようか、悩み中

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恒例の(今では私の場合*高齢の*とも言える)定期健診の予定を考えなくてはいけない時期になった。

 

早くも、市から「胃がん・大腸がん検診」の予定表と申込用紙が送付されてきた。

 

定年前までは悩むことなく、毎年、決まった健康クリニックでの人間ドックを受診。

健診費には勤務先から補助が出たので、4万円近い支払であっても自己負担は軽くなり、

一度に一か所で済ませることのできる便利さの方を優先させてきた。

 

定年後、同じ勤務先の再雇用で働いてはいるものの、現役のころのような恩典は無く給与もグーンと減った。

それでも、65歳まで働こうと思えば、毎年の健康診断結果報告は必須事項。

(自己診断では、とーーーーっても元気なんですけど・・・)の申告は通用しない。

しかるべき診断資格のある場所で作成された検診結果表のコピー提出が求められる。

 

病院クリニックでの健診は一日で終わるけれど高額、

市が行う健診は、検診部位によって実施日がバラバラだし場所もアチコチ、だけれど安い。

検診科目はクリニックの方が充実している。

 

かかる料金で選ぶか、かかる手間と検診内容で選ぶか・・・いままさにハムレットの心境。

 

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腰痛

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ここ数週間、椅子から立ち上がると腰痛で体を真っ直ぐ伸ばすことが難しい日が続いた。

立ち上がってすぐは、やや前かがみでジンワリと体を伸ばしながら一歩を踏み出さなければならない。

歩きながらも骨盤の中心に痛みがあり、つい肩に力が入ってしまう。

 

先ほどフッと思い出した。

しばらく前に視たテレビの健康番組での "腰痛" の話。

腰痛のほとんどは「仙骨」のズレから生じるものだと。

 

その番組で紹介された体操は忘れたので、仰向けに寝転んで自己流で骨盤を右に左に動かしてみた。

すると

すると

直前まで痛くて直立できなかった体が真っ直ぐになる。

しかも

痛みが消えている。

 

 

原因は、椅子の座り方にあることは予測がついている。

このところの運動不足で筋力が衰え、背筋を伸ばして椅子に座っていないことは自覚していた。

おまけに、右に左に足を組み、体は肘掛に寄りかかり、背もたれに寄りかかって足を投げ出し・・・などなど

 

心身ともに、姿勢を正さねばロクなことにはならないのだなあ・・・と反省。

 

仙骨と腰痛についての説明があります → ここ

 

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毎週金曜日にヤクルト・レディーが訪問して来てくれる。

以前から、たまに来てくれてはいたのだが、買うか買わないかはその日の気分次第だった。

 

年齢60歳を過ぎて、身辺さまざまな生活様式の変化が生じている。

体を動かす機会は減少し、体内の諸症状が老化へ向けてまっしぐら。

そんな症状の中で、特に不快なのが "便秘"。

 

約一ヶ月くらい前、在宅中にヤクルト・レディーの訪問を受けて、何種類かの商品を購入した。

それが功を奏したのかどうか定かではないが、お腹の調子が良いような気がして、

ここのところ毎週金曜日には同じ商品を買うようになった。

 

ヤクルトと言えば、

私はその存在を保育園の頃から知っている。

約60年前のことである。

 

私の生まれ故郷は山間の農村地帯であり、

農業を営む家庭にとって幼児を預かってくれる保育園は有り難い施設だったろう。

保育園では幼児のおやつとして、毎日1本のヤクルトを子供たちに飲ませていた。

 

私自身はというと、保育園の集団生活になじめず、毎朝門のところで駄々をこねていたように覚えている。

そんな私がクッキリ覚えているある朝の光景。

それは、

保育園の入り口で、そこまで送ってきた誰か(母か姉か忘れた)から離れようとしない私に、

迎えに出て来た保育士さんが、ちょうど届けられたばかりのヤクルトのケースから1本取り出して私を誘った。

その時のヤクルトの誘惑。その1本をじっと見つめた自分の視線が今でも思い浮かぶ。

結局、私はヤクルトの魅力に負けて園内に誘い込まれたというわけ。

おそるべし、ヤクルトの力!!(って、力の内容が違うか・・・)

 

まあ、そういうわけで、何が言いたいかというと、ヤクルトはそんな昔からあるんだよね、ということ。

そして未だに愛飲者がいて企業が続いているという事実が意味するところは、

ヤクルトの力(こちらは本当の意味での力)って本物なんだねということ。

 

何事も、長く続くにはそれなりの裏打ちがあることを、ヤクルト飲みながら改めて認識した次第。

 

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