2014年4月アーカイブ

このごろは腕時計をはめてでかけることは少なくなった。

仕事の日は、職場の壁時計で時間を確認するので必要なし。

たまの外出時だけの使用で、後は、小物掛けに引っかけてある。

 

過去にも何度か「あれっ、日付が一日遅れてる」なんてこともあったのだが、

昨日久しぶりに手にしてみると針が止まっていた。

 

「ははあん、これは電池交換だわね」と私。

こうした器械ものに関することは子供任せの私は、さっそく「電池交換しておいて」と依頼。

 

しばらくして、

「お母さん、これソーラー電池だけど」と、預けた腕時計を返しに来た。

 

そう言えば、2・3年前にこの時計を買った時「ソーラー電池だと交換しなくていいよね」とかなんとか呟いたような・・・

すっかり忘れてしまっていた。

 

これに限らず、このごろ頓珍漢な行動が増えてきたような気がする。

そろそろ私も危ないかなあ・・・認知症。

 

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先日1輪だったテッセンの花がいっきに開いた。

 

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朝日新聞:首都圏 地域総合ページに「小津安二郎がいた時代」という記事が連載されている。

時間的余裕のある時に、関心が向けば目を通している。

 

今朝は(品性 人生の本質映し出す)とのタイトル。

 

共感を覚えた文章を、少し引用してみたい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「結婚前にすこしくらい品行が悪くてもそう気にならないとおもうけど。品性の悪い人だけはごめんだわ。

品行はなおせても品性はなおらないもの」

映画「小早川家の秋」(1961年)で、原節子はこんなセリフを口にする。

 

 

(省略)

 

この言葉は小津安二郎自身の思いでもあった。おいの長井秀行(76)が振り返る。

「品行方正でなくてもいいけど、品性下劣になってはいけないとよく言っていました。

品性下劣なやつはどうしようもないってね」

 

小津が求めた品性とは何か。

(省略)

「うそをつくな。人に迷惑をかけるな。この二つは絶対に守れ」

(省略)

長井から見た小津は正義感が強く、言行一致の大人だった。

知ったかぶりをしない、自慢話をしない、弱い立場の人に威張らない。

 

(省略)

 

小津が求める品性とは、その人がどういう人生を生きているか、

という本質の部分だと山内は理解した。

 

*小津映画のプロデューサーだった山内静夫:88歳ーーー露草補足

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用ここまで

 

新聞や雑誌などに書かれた文章を、そのまま転記するのは気が引けるが、

私の言葉で書き直せばニュアンスが異なるかもしれないと思い、あえて引用転記した。

 

その小津の思いに合致する俳優が笠智衆だったそうだ。

 

映画を観ることが好きな私だが、鑑賞し終えた時点で心が清浄になっていると感じる作品は数少ない。

そんな数少ない作品を思い起こしてみると、小津安二郎作品が多く入っている。

それらの作品に出演している人々それぞれに好ましい印象が残る。

 

あの世界は今何処。

 

人が人と初対面した時、誰しも相手に何らかのイメージを抱く。

その第一印象の判断に根拠を与えるのは各個人の人生に対する姿勢だと思う。

人生に対する内面の姿勢はいずれ外面にも影響を及ぼし、

次なる他者との出会いの場面で空気となって相手に伝わって行く。

 

今朝の記事を読んで、改めて『品性』の大切さを小津安二郎から学んだ。

 

 

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何の変化もない日々。

淡々と、ただ、淡々と過ごす。

こんな過ごし方も、また好い。

 

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2年前の定年退職の時いただいたテッセンが、今年も咲き始めた。

 

マンションの私有芝生公園は、人通りに面している。

地続きに隣接して、茂った樹木の陰になって昼間でも薄暗く敷地も狭い公共の公園がある。

その境は一応フェンスで仕切られているが、

マンションの芝生公園も勝手に使ってよい場所と勘違いする人が後を絶たない。

管理組合で「ここは私有地につき、関係者以外の無断使用はお断り」の看板を掲げた。

その看板は小さすぎて注目され難い。

 

今日も、3人の女の子がそこでバドミントンを楽しんでいる。

大きな声で談笑しながら、ときどき座り込んで何かを食べながら。

先日は10人くらいでやって来て遊んでいた子たちの一部だろう。

 

管理組合理事会で理事をしていた時には、そういう人を見かけると注意しに降りて行った。

「ここは私有地ですが、ご存知ですか?」と。

 

マンション住民も高齢化して、子供の叫び声が気に障るという人からの苦情が理事会に寄せられる。

1階住民からは、ベランダにボールが飛び込んだりして厄介だという苦情もあった。

 

広くて明るい芝生の空き地があれば子供が格好の遊び場として目をつけるのは無理もない。

だからと言って、誰にでも自由に使ってくださいと解放するわけにもいかない。

その芝生の空間は、マンション住民が管理している固有の財産なのだから。

その場所で何か不都合なことが生じれば、責任は、そこを管理するマンション管理組合が問われる。

 

やれやれどうしたものか・・・と思案しながら、結局、今日は声を掛けなかった。

 

この問題一つに限らず、最近は、社会のルールに則って他人に声を掛けるのが躊躇われる。

先日、駅のホームで大声を出している高年齢の男性に注意した男子高校生が刺傷されたニュースもあった。

 

この社会の何かが急激にガラガラと崩れて行く気配濃厚なこのごろ。

 

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ミニランの花数が増えた。

花期を長く楽しめるのが嬉しい。

 

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サシェ(香り袋)2つ

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買い置きしてあった糸でサシェを作ってみた。

中袋には、香水をしみ込ませた綿を詰めて。

きれいな物や可愛い物を作ると、なぜか心が安らぐ。

 

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桂枝雀という落語家がいた

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「君は 桂枝雀 を知っているか?」 BS朝日 21:00?23:00

 

久しぶりに桂枝雀をテレビで視た。

 

「知っているか?」と訊ねられるまでもなく、忘れられない人物である。

漫才のやすし・きよしと落語家の桂枝雀のその後の芸を楽しめなくなったことで、

私の人生の楽しみが大きく削がれたと、未だに残念に思っている。

 

枝雀さんが心の病であったことは、後になって知った。

自らの手で人生にピリオドを打たれたことは、返す返すも残念でしょうがない。

 

今日の番組内で、「お父さんはなぜ心を病まれたと思いますか?」という問いに、

枝雀さんのご二男が「例えが適切かどうか分かりませんが・・・」と前置きして、

「ガンになった人に、なぜガンになったのですかと訊きますか?」

「それと同じように、父は病気で亡くなったのだと思っています」と答えておられた。

 

数字や実体で確かめることのできない心の病は、未だに他者の理解が得られない病である。

本人にすら、その苦しみの正体を把握することは難しい。

 

枝雀落語のその後が観たかったと、今更ながら、しみじみ思う。

 

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ノザキの和風コンビーフ

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ノザキの和風コンビーフ (ご飯にめちゃいける)345円(税込み希望小売価格)

↑ これは美味しそうだ。 

今日の新聞で紹介されていた。

 

もともとコンビーフは、お手頃価格で節約料理にはもってこいの食品。

しかし、缶詰1缶で345円は、少々お高め。

 

でも、食べてみたいな、この一品。

 

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語学力ではなくて・・・

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どうする、日本の教育!僕がどうしても言いたい2つのこと (田原総一郎ブログ)

 

上記の記事を読んだ。

 

下 ↓ の記事で、英語早期教育に関する私の意見を述べたが、

要するに、私の懸念していることは、↑ この田原総一郎さんの記事内容と同様なのだ。

 

最近急速に、自分の意見を*言わない*語れない*若者が増えたと感じる。

そんな若者が、いったん指摘や注意を受けると、指摘者へ自分の立場や考え方を説明するのではなく、

逆切れのように突っかかってきたり、陰でひどい恨みつらみを言ったりして問題の解決には程遠い行動をする。

 

昔、「話せばわかる!」と言いながら暗殺されてしまった総理大臣がいた。

若い者が落ち着いて人の話を聴こうとしないのは、現代だけの特徴ではないかもしれない。

 

人の話に耳を傾けて理解するには、それなりの基本的な教養が必要だ。

その基本的教養は、日本では、ほとんど義務教育期間に身に付けることができる。

その義務教育の場で、確かな教育が得られない事態に陥っているとしたら。。。

文部科学省を筆頭に、いま日本で教育制度に関与できる "お偉いさん" たちには、

現場の実情を把握してほしいものだ。

 

単に英語を話せるというだけで、教育現場に外国人を投入して英語教育しているなどと勘違いしてはいけない。

単純なおうむ返しの英語発音練習もどきに時間を割くより、もっと時間をかけて教えなければならないことがあるはずだ。

 

自分のことは、最低限、まず自国語でハッキリ主張できるような人間を育てていかなければ、この国の将来は危ういと思う。

 

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早期からの英語教育への疑問

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中途半端なグローバル教育に煽られて幼年期に英語を教えるよりも、しっかりとした「日本語脳」を育てるべきだ

 

↑ 上記の記事を読んだ。

 

前々から私は、「英語、英語」と騒ぐ我が国の風潮に疑問を感じてきた。

第一、日本人の皆が、英語を話さなくては暮らせない環境にあるのだろうか?

幸いにも日本は、他国の言語を第一公用語としなくても日常生活に支障のない幸福な国である。

 

その疑問も、英語に関心があるというだけで堪能に使えるわけではない私の考えでは説得力に欠けると思い、

関連書籍や記事があると努めて読むようにしてきた。

すると、英語堪能な人の意見ほど、幼児からの英語教育不要論が多いように感じている。

 

↑ の記事は、私の漠然とした疑念に科学的根拠を与えてくれたように思う。

 

英語を話せない親ほど英語の早期教育に熱心なのかもしれない。

その目的とは?やはり、『お金』に結びつくのかなあ・・・子どもの将来稼ぐお金に。

 

しっかりした日本語でしっかり考えられる日本人になったほうが世界に通用すると思いますけど。

 

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夕空に羽ばたく鳥

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昨日の夕焼け空を見上げると

大鳥の羽ばたきに見まがう雲が

 

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ラナンキュラスが咲いた

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何年前に手に入れた鉢だったか・・・

ラナンキュラスが健気にも、今年また咲いてくれた。

 

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「村上水軍」と聞くと

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今年の本屋大賞に「村上海賊の娘」 和田 竜:著 という本が選ばれたそうだ。

 

この本に対してさしたる興味があるわけではなく、(村上海賊)という言葉に反応した私。

 

(村上海賊)というより、私にとっては(村上水軍)という言葉での出会いだった。

誰がその名前を教えてくれたのかというところに、この固有名詞が私の記憶に定着することになった理由がある。

 

私には21歳年上の腹違いの姉がいた。私の父がその娘を残して養子先から出戻り、その後、私の母と縁組したために、その姉は父無しの家庭の長女で一人娘として母親を助けながら苦労したようだ。そういう経緯でありながら、私が物心ついた頃にはその姉との行き来があり、私は一番上の姉として親しんできた。

 

血縁のある身内が言うのもなんだけれど、その姉は聡明で情愛溢れる穏やかな人だった。自分を捨てた父親が、別家でもうけた8人の弟妹にも優しい愛情で接してくれたし相談にものってくれるような人だった。

 

そんな姉は向学心強く、読書家だった。

 

ある時、その姉の家に遊びに行ったときのこと、最近どんなことに興味を持っているかという話になった。年下で小生意気な理屈やの私が弁舌ふるい、それを穏やか聞いていた姉が珍しく自分の興味関心をもち出した。その時に出てきた名詞が「村上水軍」だったのだ。

 

姉は自分がなぜ「村上水軍」に関心を寄せているのかについてもっと語りたかったのだと、今思い返すと分かる。しかし、当時まだ若すぎた私は(小学校高学年か中学生くらい)自分が語ることに夢中で、姉の話に傾聴する思いやりに欠けていた。しかし、なぜかその後もずっと、その姉のことを思い出すたびに「村上水軍」という名詞が思い浮かぶようになった。たぶん、その時の姉との会話が未だにピリオドを打てていないのだと思う。

 

生意気で自分の考えを述べることばかりに急だった私も、その後、年齢を重ねてさまざまな試練・経験を経るにつれ、あの姉ならどう考えるだろうと思うことが多くなった。時すでに遅し。姉はもはやこの世の人ではなくなっていた。

 

今更ながら、叶わぬことながら、もう一度あの時の「村上水軍」の話題に立ち戻って姉と会話を続行してみたい気がする。

 

『一期一会』という言葉の意味するところを、この年齢になって身を以て知らされている、悔い多き私の半生。

 

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働けど働けど・・・

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4月13日が、歌人石川啄木の命日だということで、今朝のテレビ番組で"いつやるか、今でしょ"の東進スクール講師:林修先生が石川啄木について解説をされていました。

 

石川啄木は、多額の借金を重ねた人物で、借りる対象としては、当時の文学界の大御所たち。ただ、貸した人はどなたも啄木の悪口を言う人はいなかったというのは、啄木の文学的才能が認められ、その人柄が愛されていた故でしょう。

 

そのお話の中に「働けど働けど・・・」の短歌も出てきたわけですが、その前後の石川啄木像解説を聞いて読み直してみると、この歌はーーー真面目に一生懸命働いているけれど、なぜ自分の暮らしには余裕がないのだろうーーーという生真面目人間の呟きというわけではないようです。

 

とは言いながら、生真面目に働いても働いても生活に余裕が生まれない人間としては、ついつい口ずさみたくなる一首ではあります。

 

文学作品やそこまでの完成度ではないにしても、書かれた文章というものは読み手の事情で解釈がまちまちだということ。だからこそ、言葉の選び方・紡ぎ方というのは難しいなあ。。。と感じずにはいられません。

 

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春だから花いっぱい

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春だから、色とりどりの花をつないで花飾り。

ちょっと気分が華やぐ。

 

 

 

 

 

 

 

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ミニ蘭が咲いた

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一昨年の暮れに買ったミニランの株に花が咲いた。

買った鉢物を、いつもすぐにダメにしてしまう私としては、

非常に嬉しい。

 

あまり構い過ぎても、鉢物は良くないらしい。

もう一鉢は根腐れしてダメになった。

 

 

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年々進行する老眼にメガネは必需品。

4つメガネを持っている。

二つのバッグに一つずつと、リビングルームと自室に一つずつ。

2つは百円ショップで買った物で他の2つはメガネ店で誂えた物。

 

このところ老眼が進んで、それぞれのメガネで見え方が違ってきた。

 

というわけで質問です。

高いメガネとお手頃メガネ、どちらが未だに良く見えるでしょう?

 

実は。。。(と言うまでもなく、この質問をした時点で答えがわかりそうですが。。。)

そうなんです、百円ショップのメガネの方が良く見えるのです。

 

なあんだあ、高いお金を払ってメガネを誂えるんじゃあなかった。

 

これからは、値段が高いから優れているという思い込みは止しにしよう。

年齢も年齢だし、必要な物は限られているのだから、よおく考えて買い物しなくては。

 

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新年度スタート

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重苦しい空気で新年度がスタートした。

景気の先行きや社会の安定に明るい見通しが感じられないままに。

 

消費税が5%から8%にアップ。

新聞やテレビなどでは、連日その話題で持ちきりだった。

またまた買いだめする人々のことも取り上げられて、不安を一層煽っているように思えた。

当分の日用品をまとめ買いするのは良いけれど、置き場所がねえ。。。という声も聞こえた。

日用品は、日々の暮らしで必要不可欠の品であり、一つ一つは安価な物が多い。

ならば、これまで安易に使い過ぎた習慣を、丁寧に節約して使うことで、

3%分の消費税アップへの対策になることもあろう。

 

 

国の借金の額を考えると、何らかの税を上げざるを得ないのかとの理解は持てるのだが、

現実の家計状況を考えると、やはり、しわ寄せは状況の悪い者に大きな影響を及ぼすことは否めない。

 

「衣食足りて礼節を知る」

次第に衣食にも事欠くようになって、自暴自棄な犯罪が増加して、街ですれ違う人々の面相も厳しい様相を呈してきた。

 

最近しばしば思い出すようになった歌がある。

働けど働けど なおわが暮らし楽にならざり じっと手を見る   石川啄木

仕事や場所があったことを思えば、啄木の時代のほうがマシだったのか、とも思う。

 

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