再び、自尊心について

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またまた子供がらみの事件報道に寄せて、私の思うことを。

 

公園で遊んでいた(男2人、女1人)の小学生が、40代くらいの男性に乱暴を受けたという話。

 

最初は、刃物を押し付けられたという話から始まって、

いや、刃物ではなく、どうやら木切れだったようだ、になり、

最後は、子供たちがベンチで寝ていた男性を勝手に携帯カメラで撮影しようとしていたところ、

その男性に見つかり、一旦はその場を離れた子供たちが、再び様子を見に引き返して来たら、

その男性から「さっきの子どもたちだろう」ということで木切れで打たれたということらしい。

 

子どもたちは、打たれた後に自分たちが通う小学校に駆け込んだとのこと。

近頃、子供を標的にした事件が頻発しているので、学校も「すわ!!」と身構えたことであろう。

その時、(なぜそうなったのか)という 事の成り行きを子供たちから落ち着いて聞き出せていただろうか?

 

ひと昔であれば、無断で面白半分に大人をからかうようなことをした子供に非を説いて聞かせ、

教師引率のもと公園まで謝罪に行かせるという教育指導もあったかもしれない。

が、今や "物騒" な出来事が多すぎて、なかなか人の良識や寛容を期待できないので、

わざわざ公園に出向き、その男性を見つけて謝罪という行動は適切ではないかもしれない。

 

まあ、何が言いたいかというと、

近頃は街中で、何かと言うとスマホや携帯で画像を拾う人が多いし、

それを、無配慮にネットのブログに掲載しているようだけれど、

画像の収集にも倫理のケジメはあろうというもの。

 

そんな小難しいことには無頓着な子どもでさえ、携帯片手に街中闊歩する時代、

無断で他人にカメラを向けてはいけないことなど、はなから意識の中に無いのだろうなあ。

 

いくらデジタルカメラが楽に多数回シャッターが押せて、画像の保存容量が大きいからといって、

何でも目についた事象にレンズを向けて画像収集をしてもよいというものではない。

対象が人間である場合は、ことさらに注意が必要である。

 

人間には、自他ともに犯してはならない(犯されたくない)領域がある。

その自尊心は、礼儀として常識として尊重しなければならないことを、

幼いころから教えたほうが良いのではないだろうか。

 

今回、携帯のカメラをベンチの男性に向けたという子供たちが、

反対に見知らぬ人にカメラを向けられてシャッターを押し逃げされたとしたら、

彼らはどう感じるかを訊ねてみたい。

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このページは、tsuyuが2013年7月 4日 10:24に書いたブログ記事です。

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