2012年8月アーカイブ

品性を保つということ

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いきなり慌ただしく動き始めた昨今の社会情勢を横目に見ながら、ふっと「盗人猛々しい」という言葉が脳裏に浮かんで離れない。

 

国家間の問題に限らず、個人の間においても、ひとのものを盗るような行いに及ぶ人間に品性など求めても無駄なことは長年生きていれば多々経験済みであり、そういう人間の欲望にまかせたエネルギーと屁理屈には、柔な常識人は太刀打ちできないことも残念ながら見通しがつく。

 

もうひとつ「ごり押し」という言葉も頭に浮かぶ。

 

あの人(国)のあれが欲しいこれが欲しいと思うと、何が何でも自分のものにするために策を弄し、違法であろうが他者を傷つけようがお構いなしに手に入れる輩は多い。というより、ほとんどの人間はそういう欲望を抱えて暮らしていると言える。

 

品性とは、そういう欲望のおもむくままに動くことのない抑制を己に課すことだと思う。

 

欲しても欲しても、この世の全てを手中にできるわけでなし、万が一全てを手中に入れる奇跡が起きたとしたなら、次に彼(彼女)が欲するのは「欲しいと思えるものの出現」でしかない。

 

つまり、有形無形にかかわらず、欲しいものには限りがないということ。

 

いささか宗教めいた精神論になるかも知れないが、一番のぜいたくは「より多くの豪勢を手に入れること」ではなく「無一物であってなお心充たされる生き方を知っていること」であろう。そしてそこにこそ "品性" は発揮され "品格" が生じてくるものと思われる。

 

人間の顔はあなどれない。その人の考え方や行動は、確実に顔つきに反映してくるからである。

 

内紛真っただ中のシリアを取材していた日本人女性ジャーナリストが殺害された。今日の告別式で、生前、野の花が好きだった彼女のために、お父さんが庭のツユクサを棺に手向けられたと報道で知った。本人は言わずもがな、ご家族もさぞ無念であろう。

 

奪い合い殺し合いが次第に全世界に拡がりつつある空気をヒタヒタと感じる。

歴史は、否応なく繰り返されるものなのか。

賢者の英知を渇望するこのごろ。

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