2012年1月アーカイブ

お花摘みの季節

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房総は、そろそろお花の季節

今朝、出勤したら机の上にこのポピーが

休日に出かけた同僚からのおすそ分け

 

花を買い来て・・・

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花のない冬だからこそ

たまには花を

石川啄木の「・・・花を買い来て・・・」

の心象がわかるような

 

ああ、もう2012年の1月も終わってしまう

映画「J.エドガー」

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 昨日(1/28)、割引チケットが1/31で有効期限を迎えるので何を観るとも決めずに映画館へ。落語もいいな、歌舞伎もいいなと迷いながら「J.エドガー」を観ることに。

 

「J.エドガー」http://wwws.warnerbros.co.jp/hoover/index.html (←公式サイト)

FBIを組織したフーバー長官の物語。ほぼ、その同時代をリアルタイムで生きてきたので、描かれた歴史的エピソードには心当たりあり。なのだが、話があちこちに跳ぶ構成になっていて、ちとめまぐるしかった。監督:クリント・イーストウッドということで関心をひかれたが、あまり深い余韻はなし。

 

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← ハンバーグがのっかったオムライスを食べて、

      買い物の」ために次の場所に移動。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜はテレビで「今夜も生でさだまさし」を視聴。終了は午前1:35。ここ最近、面白いと思う番組は深夜放送が多く、一週間に数度は夜更かし。

 

「今夜も生でさだまさし」は、さだまさしさんが視聴者から寄せられたハガキを読みながらのトーク番組で、全国のNHK支局の一室からオンエアされる。

 

ハガキの内容も さださんのトークも、笑いあり シンミリあり 考えさせられたり して、あっという間に1時間半が過ぎてしまう。

 

んなわけで、すっかり さだトークファンになった私は、4月10日に開催される「さだまさしバースデーコンサート」のチケットを申し込んだ次第。

 

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1/28 の夕景

 

 

1月27日の画像

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ある公園の風景

バス停での待ち時間に撮影

 

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「冬知らず」の花は陽射しがないと開かない

寒さの中でも花をつける

まさに、名前どおりの植物

 

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1月27日の夕景

夕陽が沈んだ直後

何のための資格試験か

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 身を切るような寒さ・・・昔は、もっと寒さが厳しかったように思うが、便利な暖房でぬくぬくと暮らすようになったいまでは、ちょっとした寒さでも我慢ができなくなってしまった。ごらんの通り、日蔭の雪は日中でもまだ融けずに残っている。

 

 介護職員の不足を補うために、アジア諸国から若い人材を受け入れるようになったとニュースで知ったのは数年前。ところが、彼ら彼女らの前に立ちはだかる壁が日本語による「介護福祉士」の試験だという。現場では十分に仕事をこなせるようになった人材が、筆記試験に合格しないばかりに、正当な職員として認められない現実。

 

いま我が国にはどれだけの資格試験があるのだろう。「就職を有利にするために資格取得を」と呼びかける記事や広告を頻繁に見かける。昔からある国家資格試験以外に、ずいぶん多種多様な資格試験があるものだと感心してしまう。ただ、その試験にうかったとしても、職を得られるかどうかは保証の限りではないし、試験にうかった人が期待されるような仕事ができるとは限らない。

 

このごろは、民間の団体が定める資格などもあり、この資格を取得するためには多額の講習費用が必要だったりする。こうした資格のなかには、取得後の仕事はほとんど無い場合もあり、こうしたビジネスをセミナービジネスといって、団体の目的は有資格者の創出や活用ではなく、何人もの人から高い講習費用を集めることであったりする。(それらしい講座を、私も受講したことがある)

 

最近見かけるようになった新しい資格の必要性とか、昔ながらの資格試験を突破して職に就いている人の適正や能力・人間性などに疑問を覚えることも多い。

せめて、アジアから来た若者の介護現場での就職に関しては、なんとかならないものかと思うのだが。

 

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今日も夕焼けがきれいだった

再び、普通について

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futsukiji2(640x480).jpgfutsukiji1(640x480).jpg千葉日報 生活欄「こんにち話」

   2012年1月25日

 (記事の人物)

藤堂高直さん(建築家)

築城の名手:藤堂高虎の子孫

読字障害と診断されたが、

その空間把握能力が高いという特性を生かして建築家になる。

 

 

 昨日  の記事で「普通とは?」を考えてみたのだが、今朝、職場で、いつもは開いてみない新聞をパラパラとめくっていて  この記事に出会った。なんたる偶然!!まったくの共感!!同じように考える人はいるものだ。世の中捨てたものではない。

 

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今日の夕陽は、格別に美しかった 

 

 

普通って?

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 昨夜の「きたやまおさむのレクチャー&ミュージック」は《普通》についての話。

 

きたやまおさむさんの考え方は常に、右か左か上か下かと決めないで右も左も上も下もありでいきましょうという感じだなあと、私は受け止めている。肩の力を緩めてもらえるようなその話ぶりが好きで、毎週月曜日の夜はこの放送に耳を傾ける。

 

自信喪失した時や仲間外れにされた時など、自分は《普通》のことができないのではないかと心穏やかでいられないことがある。しかしそう思いながらも「普通っていったい何を基準にしているのだろう?普通と劣等と優良をはかるものさしとは?」という疑問が生じる。また、そのものさしは誰がどういう価値観で標準化しているのだろうという疑問を常に抱く。

 

PC作業をしながらの視聴だったので、細かい部分は聞き逃しがあるが、まあ、人には「失敗だったー」と思うこともあり「我ながら上出来」と悦に入るときもあり、そのどちらでもない気持ちや状態の時が《普通》なのではないでしょうかということのよう・・・そのどちらでもない状態ばかりでは《普通》に気付けないのだから、「しまった」も「やったー(得意)」もあって当然なのだ。

 

したがって、《普通》とは他人の尺度でははかれないものということになろう。自分が心穏やかでいられる状態、それが自分の《普通》であり、他者に害を及ぼさない限りにおいて「それでいいのダ!!」ということ。つくづく赤塚不二夫センセイは偉いと思う。

 

他人の《普通》、それも特定の誰か(それは自分が一番気になる人物である)の《普通》を見ながら焦ってもしょうがないのである。ところが、人間はわれとわが身をわが眼で見ることができないから、顔の真ん中よりやや上に存在する前方しか見えない目から入る情報に左右され易い。その情報は言い換えれば「世間」ということばに表されるかもしれない。

 

「世間」とは無責任で実体のない集団や言いぐさと心得、われとわが感性を信じるのが最良の心の平安になるだろう。

 

ああ、こんなことも、既にいつの時代かに誰かが考え書き残していて、私もそれらの名言に触れながら実生活に生かせずジタバタして、ある日突然(そうだ、そうなんだ)と思い、そして忘れ去り、またジタバタして思い出しの繰り返し。人間とは、暮らしの技術や道具は表面的に変化しても、感情に関しては発展の受け継がれは無く、一人ひとりが一からスタートして、ようやく(そんなものか)と思い始めるころに生を終えるものらしい。

 

 

初積雪

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 今朝の出勤は大変だった。いつもは車で20分のところを、徒歩・電車・バス・徒歩で40分超。いつもより1時間30分遅れで職場にたどり着いた。道路は凍結。滑らないように転ばないように、ヨチヨチと歩いた。

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雪のついた枝越しに青空を見上げると、雪山に登った時のことを思い出す。

 

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← 雪の三角帽子(芙蓉)

 

→ 菜の花は強い

 

 

 

 

 

sekisetsutebukuro (640x480).jpg 昨夜、誰かが忘れたのだろう、手袋が車止めに

だれかさん、今朝気が付いたかな?

手袋をなくしたことを

公園の樹木

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← ヒマラヤ杉

 

    ヒマラヤ杉の切り株→

 

 

 

 

 

 

* この地に越してきた30年前から、ときどき利用している小さな町内公園。小さい割には堂々としたヒマラヤ杉が数本植わっている。

しっかりと根を張った巨樹だったが、そのうちの何本かが間引きされて切られ、切り株だけは残されていた。やむを得ない理由で切り倒されたのだろうが、なんとなく痛ましい。

 

 

 

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 同じ公園で毎年、春になるとみごとに咲き誇ってきた桜も、ずいぶん年老いてきた。

「光陰矢のごとし」

 

 日曜日の夜10時から、NHK教育で「日本人は何を考えてきたのか」http://www.nhk.or.jp/nihonjin/ という番組を1月8日から視聴している。昨日は、田中正造と南方熊楠が取り上げられていた。

 

前回の放送、福島における民権運動の話には、改めて考えさせられることが多かったが、今回の話にも、いちいち頷きながら食い入るように視聴した。

 

久しぶりに、テレビで語る中沢新一さんを視た。大学で(野生の科学研究)をされているのだとの紹介。やはり、そちらの方向に行かれましたか。「野生」?文明の進歩で人間が失ってしまった自然生物としての感性、能力、自然智。いまやこのことに関して語ろうとしても、この「野生」を理屈ではなく内面感覚として自覚できる人は少なくなってしまった。

 

南方熊楠も観察対象にしていた粘菌という生物。この生き物は原始の単純生物でありながら、実に賢い。この賢いという言葉が、最近は妙に薄っぺらくなっているが、この粘菌の賢さこそ現代人が失ってしまった、本当は失ってはならない賢さではなかろうか。

 

以前、テレビの教養バラエティで、東京都の地図の上に粘菌を置いてその動きを現在の鉄道網に重ねてみると、ほぼ同じ線になるということをやっていた。人工とか人の手になるとか言って自然天然と区別するけれど、実は、人間のやることなんて「そうなるところに落ち着く」ということなのかもしれない。

 

驕るべからず、卑屈になるべからず、すべてはあるがままに進行している。

「今日の憂いは今日にて足れり」とは聖書だったか。

昔も今も、人は考えすぎる生きものらしい。

粘菌になって生きてみたい。

 

 

 

 

大寒らしく

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* ↑ サッシ戸はこんなありさま。ひどい結露だ。拭っても拭っても、じき再結露。お手上げだから、見て見ぬふりの放置。大寒だものしょうがないと、わけのわからない言い訳で自分を許す。

 

* 実は、今年の初もうでで「凶」のおみくじを引きました。このところ一年おきくらいに「凶」が出ているので、正直「凶」慣れしてきたとも言えるのですが、さすがに持ち帰る気にはなれず、おみくじ結び綱に結んで帰ろうとしたところ、結んでいる途中で半分にちぎれてしまいました。重ね重ね縁起わるぅ・・・と思いつつ帰ってきました。

 

その日の午後、今度は神社へ初もうでして、またまたおみくじを引いたところ、こちらは「吉」と出ました。どうぞお守りくださいと、これも綱に結んできました。

 

数日経て、成田山にお参りに行って、またまたおみくじを引きました(どこまでおみくじが好きなんだって言われそうですが)。去年は「凶」だったので、ヒヤヒヤ ドキドキしながら開いてみると・・・「吉」。これは、ありがたく持ち帰り、お財布に入れてあります。

 

数年前、初めて「凶」を引いたとき、心配で不安でたまらなくて、ネットで同じような人の経験談を探した覚えがあります。その一年間が、記憶から消し去れないほど悪い年だったかというと・・・いま思い出せと言われても思い出せないということは、それなりに普通の年だったのでしょう。

 

というわけで、「夢をかなえるゾウ」の著者:水野敬也さんのブログに、「凶」のおみくじに関する面白い記事がありましたので、ここにURLを貼ってみます。

http://ameblo.jp/mizunokeiya/entry-11134343096.html

このブログ、面白いですよー

40年前の・・・

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 40年前、有名化粧品メーカーの販促品として貰った品物。ヘアブラシケースだったのではないかと思うのだけれど、現在はペンケースとして使っている。生地の角に毛羽立ちはあるものの、いまだにへたれない。しっかりとしたものづくり。巷に並ぶ品のほとんどが日本製だった時代。こんなサービス品にまで手を抜かない。その仕事ぶりを信頼していられた時代が懐かしい。

 

fushokufu(640x480).jpg 弁当が包まれていた不織布風呂敷の模様。

なんとなく捨てがたくて、せめて画像で残しておこう。

 

ますます寒く

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 こんなに寒いのに、花は咲く。これを「健気(けなげ)」と見るか「単なる自然の摂理」と見るかは、見る人間の感情次第。

 

 NHK BS プレミアムでニシローランドゴリラの大家族を追った番組を観た。家長のパパと6頭の母ゴリラ。子どもゴリラは多数。その子どもの中に自分の右腕と母親をなくした子がいる。その子を家族全体で守るというゴリラ家族の行動は人間の言葉で言えば「思いやり」。ほかにも、一番小さな赤ちゃんを抱えた母ゴリラの食事が優先されたりと、弱いものへの温かい見守りが紹介されていた。

 

類人猿のゴリラが示す「思いやり」行動を、人間はどう説明したらよいのだろう。また、地球上の生物の中で一番進化した(と思っている)人間が、何かの条件が絡むと「思いやり」もへったくれもなくしてしまうことを、人間自身はどう説明するのだろう。

 

 「思いやり」という言葉で繰り返し語らねば「思いやり」行動を実践できない人間は、自分たちも「自然の摂理」に支配されて生きていることを忘れてしまっている。

 

寒い。寒い。どうやらこのうすら寒さは気候のせいばかりではなさそうだ。

寒い、冷たい

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                                                                                                                                                                                                 P1020914 (640x480).jpgのサムネール画像

 

 気温が低いと活動が鈍る。これって、動物全般に共通?熊さんのごとく、私の体重増加も加速中。できることなら私も、熊さんみたいに穴ぐらで寝て春を待ちたいなあ。寒に入って、寒冷の度合いはますます増し、とにかく私は動けない。怠惰の言い訳かも。

 

* 今日が収穫期限の貸農園を昨日整理してきた。最後まで畑に取り残してあったのは、ネギとダイコンと小玉のキャベツとコマツナ。2月には契約更新して、次の作付けが始まる。指導者と管理者のいる貸農園は、私のような素人でなかなか畑に行けない者にとっては適している。おかげで、昨年はまあまあの収穫だった。

 

それにしても、ダイコンが消化を助ける効果は大したものだ。でき過ぎたダイコンの消費にと、ブリ大根やおでん大根も作ったけれど、結局のところ大根おろしが一番お手軽で消費もはかどることが判明。自分で育てなきゃこんなにダイコンなんて食べなかっただろうなあ。

 

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* 駅前まで用足しで出かけたら、デパートの正面入り口で猿回しをやっていた。例の「太郎・次郎一座」の若手。猿も猿まわしも若手。始めだけチラリと見てその場を離れたので、この子たちがどれほどの芸を披露したかは不明。買い物に歩きまわっていたら汗ばんできた。やっぱり運動しなくっちゃだめだってこと。

 

 

 

 

成田山のうまいもの

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最近おいしいと思っているもの。

← は、生姜の佃煮。

→は、成田ゆめ牧場のパン。

 

 

観光地の物産においしいものは無いと思ったら大間違い。

この二品は、ほんとうにおいしい。

「生姜のうま煮」は・・・これがあるとご飯が何杯でもいただけます。

「スターブレッド」は・・・口に入れるととろける味わい。混ぜ込んである角チーズがまたgood!

 

この二品のために、最近ちょくちょく成田山に出かけています。

 

 

 

 

刺繍、途中経過3

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昨年夏から毎日毎日、暇さえあれば(無くても)、前に座って刺し続けた結果、やっとここまでこぎつけたのです。家の形も判別できるようになり、周囲の自然環境も色彩がわかるようになりました。

 

第二次世界大戦中、一針一針に想いを込めて作られた千人針の願いがわかるような気がします。

 

1?四方のマス目をバッテン(クロスステッチ)で埋めてゆく作業は、なかなかはかどりません。それでも、チクチクと刺せば確実に模様が浮かび上がってくる楽しさ。

 

手芸が趣味だと言っても、他人に見せて自慢できるような作品センスも技術も持ち合わせてはいませんが、確かに言えることは「楽しい時間が過ごせる」ということです。

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