2010年1月アーカイブ

無縁社会

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 NHK 総合TV 21:00~22:00 NHK スペシャル「無縁社会」を見た。都会の片隅で孤独死をした人たちの周辺の取材をした番組。いまや孤独死は3万余人にも達するのだそうだ。そして、20年後には女性の4人に1人、男性の3人に1人は生涯独身という予測が見積もられているという。

 最近急速に人間関係が希薄になっていることを実感している。私だけの感じ方かと思っていたが、どうもそうではないらしい。とにかく人と関わることを避ける傾向が社会を覆いつくしている空気らしい。隣人に関わらないのは当たり前、下手をすると、同じ場所で毎日顔を合わせて共に働いている者どうしでも、つながりを持ちたがらない傾向がある。このことは、仕事をする上でのやり難さに現れてくる。同僚に情報が届かなくて仕事に支障をきたしても知らんぷりでいられる神経は、私には理解できない。

 身近にいる人に心をかけることを嫌がる。物やお金には気持ちをかけるのに、人に対して気持ちをかけることはしない人が増えた。「情けは人のためならず」という言葉の本来の意味が伝わらなくなった時代だものなあ・・・

 番組の最後に、無縁社会の救いとなりそうなケースが紹介された。ある一人暮らしの男性を、隣に住む小学生姉妹が気にかけて遊びに行ったり声をかけたりしていたら、一時は部屋から一歩も出なくなっていた男性が生きる気力を取り戻したという話。そして、死の直前には、姉妹に手作りの彼女たちの成長アルバムをプレゼントしたという。彼はその姉妹を娘のように思い、家族のように思っていたのだろう。

 はっきり言って私は“おせっかい”人間だと思う。周囲の人が困っていたら見過ごすことができない。しかし、そうした“おせっかい”をすることで絆が深まる手ごたえはないのが現実。もう“おせっかい”はやめようと何度も思うのだが、こればかりは性分なので治しようがない。見返りを期待して“おせっかい”するわけではないが、何の気持ちも心も返って来ない虚しさ寂しさは言いようがない。

 なんだか寂しい世の中になったものだ。

読み書きできるということ

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 p.m.10:00からNHK教育TVでETV特集「なまえをかいた」という番組を視聴した。

 大阪の富田林に住む84歳の吉田一子(よしだかずこ)さんという女性は60歳になるまで鉛筆を握ったこともなく、したがって字が書けないまま半生を過ごしてきた。本人いわく「人中に出ても、大勢の人の後ろのほうで目立たないようにしていた」とのこと。銀行に行って自分のお金を引き出そうにも、引き出し伝票に自分の名前も住所も記入できない。銀行員に頼んでも代筆を断られる。何度も、悔しく情けない思いを味わったという。

 そんな彼女が、60歳からひらがなを学び、字が書けるようになった。読み書きの先生のすすめでひらがなで作文も書けるようになった。そして、それは「ひらがなにっき」という絵本になった。

 絵本の中の文章はどれも、飾り気のない日常会話のような文章だ。生半可に勉強して、字が書けることが当たり前のように暮している者には到底真似できないような、まっすぐな文章だった。

 

 義務教育が施行されたのは遠い昔のこと。この国に、読み書きの出来ない人は、いまや殆どいないのではないかと思っていた自分の無知を恥じる。このような人たちは、自分の権利(教育を受ける権利)さえ要求できないままに年齢を重ねてきた。そして、その不自由さや不利益は無関心のまま放置されてきた。この国はそんな国だったのか。

 思いを文字で表現できる喜びや文字で伝えられることを理解できることの意味を、番組を通して改めて考えさせられた。

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