2009年5月アーカイブ

当たった!

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 2ヶ月前くらいに応募して、そのまま諦めかけていたコーヒーメーカーの懸賞商品が届きました。嬉しい♪ 綿のバッグとドリンクボトル。

 届けてくれた宅配便のお兄さんとの会話。

お兄さん「これ、けっこう当たるんですね」

 私  「なんで?」

お兄さん「昨日今日、この近辺で8個くらい届けましたよ」

 私  「えーっ、そうなんですかあ!でも、私にも当たって嬉しい♪」

大勢の当選者があったということは、街中で同じバッグに出会う可能性大。でも、まいっかー!こんなラッキー、最近無かったもんなあ・・・。

 久々の歓喜、でした。

裁判員制度

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 いま一番怖いもの、それは裁判員制度。裁判員に選ばれることも、万が一に自分が冤罪の訴追を受ける身になったとしても、どちらも身のすくむような事柄であるとしか言いようが無い。法廷で判断を下した側も下された側も、そのことで、平穏だった日常に拭いようのない痛手を残すであろうことは、制度が始まる前から明白である。

 そもそも、裁判員制度とは誰がどのような経緯で発想し推進してきたのかが不明瞭である。裁判員制度の運用方法については多くのパンフレットやメディアや講習会開催などを通じて宣伝されているが、その発端を知っている一般市民はいないだろう。

 国の定める法律や制度でも、ゼロの状態から一(いち)を生じる為にはだれか一人の頭の中で考えが生まれたに違いない。それは誰だったのかと素人ながら考え辿って行くと、国の中枢機関が集中する国会周辺しかない。そこで日々机に向かって書類をさばいている人間のうちの誰かの頭の中に浮かんだアイディアが、やがては数千万から一億の国民の動きを制約し動かす絶対的根拠になっていく恐ろしさ。最初にアイディアを発想した人間がどこまでそのアイディアの与える影響を検証した後に、しかるべき場所へ提出してきたのか。それが知りたい。

 

 人間はもともと体を動かして労働し、その結果として食事にありつけるというシンプルな暮らしぶりだった。ところが、人口の増大と知的活動の進化や社会経済状況の変化から仕事の専門分化が進み、机に座って頭脳労働のみ繰り返す人間の "職務遂行の為の職務限定発想" が公(おおやけ)に及ぼす害が目に余るようになってきたように感じている。

 働けば食べることができる。食べることができれば命を保てる。保った命で永らえる時間をどのように何のために使うのか? そのことをそれぞれが、たまに立ち止まって内省してみないと、頭でっかちになってしまった現代は予想外の危険な舵取りを未来に向かってやってしまいそうだと、つくづく怖ろしく思っている。

重曹でホットケーキ

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 昨日は上天気で、いつもの木の背景も青空。

 

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 今からもう50年近くも昔、私が子供だった頃は日本中が貧しくて、おやつもそうそう買えるものではなかった。

 お腹が空いた。何か食べたい。でも、親は野良仕事で田んぼや畑で汗を流している。そんな時、小麦粉・卵・砂糖・塩それに重曹があれば自分でホットケーキもどきを作って食べたものだ。出来栄えは関係なく、何よりも甘いものが口に入れられる喜びと小腹が満たされる幸せをつかの間味わった。

 先日のワラビをアク抜きした重曹が残っているので、昔を思い出してホットケーキを焼いてみた。昔と違って今回は、ヨーグルトと牛乳を加えてみた。バニラがあればもっと良かったかもしれない。

 美味しい。重曹を使った香りが昔懐かしい。今回も、形はそれなりの仕上がりだが、まあまあの味わい。あえてベーキング・パウダーやホットケーキ・ミックスを買わなくても十分だと思った。

 それにしても、昔の子供(つまり、私たち年代)は、早くから何でも自分でやっていたのだなあ、と振り返る。そういえば、薪でお風呂も沸かしていたしご飯も炊いていた。姉は私よりもっと台所が得意で、ホットケーキも上手く作れたし、夕食におかずも作っていたっけなあ・・・物には満たされない暮らしぶりだったけれど、それなりに楽しかった日々だ。

暑くなりました

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 ヘビイチゴも名前に似つかわしくなく愛らしい。(注:正しくはワイルドベリーだそうです)

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 枝越しに見る夕日。ボンヤリと曇り空。

 

傘がポツンと

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早朝、ベランダから見下ろすと、下の芝生公園に傘がひとつポツンと・・・忘れたのはだれですかあ?? 目覚めたら思い出して、取りに来てね。

 

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午後、ウォーキング。新緑が目に優しい。心なしか空気が美味しく感じられる。

 

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通りすがりに発見!黄色い花の散り敷いた玄関先。きれい。

冬の富士山

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 NHK総合TV p.m.10:~11:00「ワンダー×ワンダー厳冬富士・白い魔境▽決死の山頂アタック▽烈風が造る驚異の自然天空の絶景」を神妙な面持ちで食い入るように視聴しました。

 氷の山「冬の富士山」には、ある有名登山家の塾に在籍している時、雪中訓練で二度登ったことがあります。もう8?9年前のことです。季節は11月と2月。あの当時から既に、富士山の雪が少なくなったと指導講師が言っていたことを思い出しました。今回の番組でも、元富士山頂気象観測員だった方が山頂の鳥居についた雪の少なさを指摘されていました。積雪は少なくても、氷に覆われて方角定まらぬ突風が吹き付ける厳しさに変わりはないようです。

 独立峰ゆえに風当たりが厳しく、日々さまざまな変化がありながら、麓から見上げる富士山は何ものにもたじろがない力強さと優美な姿で見る人を惹きつけます。無言の教えが、見る者の胸に届くような気がします。

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 かつて劇場で観たかった映画を今晩、テレビで観ました。母の日が近いので、この時期に放映されたようです。肉親との永久(とわ)の別れの中でも、母親との別れは他に比べようも無く身を削られるような出来事ではないかと思います。それだけ絆が太く強い間柄なのですね。観終えて、しんみりしています。

 翻って、我が身のことを考えれば、そろそろ私も、先に去り行くであろう母親としての自覚と準備に取り掛からねばと思っています。いえ、今すぐ死ぬというわけではありません。それは明日かも知れないし、10年先20年先もっと先かもしれません。しかし、人生半世紀を過ぎれば、これまでのクレシェンド記号は確実にデクレシェンド記号に変わっているのは否定できませんから。

 映画では「時々、オトン」が登場していましたが、我が家は「最初だけ、オトン」だったので母子三人が四苦八苦しながら、それでも頑張って暮らしてきました。これからは、「一緒に暮らせて楽しかったね」という言葉でお別れできるように、日々を大切に笑顔で過ごしたいと思うのです。永久の別れは、人間誰にも、100%の確立で訪れるのですから。

連休明けは・・・

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 私の好きな木の今日の姿です。背景は今日の曇り空です。これからずっと、この木を定点観察で撮影してみようと考えています。

 長い休み明けに曇り空。今日は気持ちがノルわけがありません。淡々と仕事をこなして来ました。台風1・2号が通過する影響だったのでしょうか、風の強い日でした。

ジャック・アタリの提言

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 最近は戸外で汗を流す行動生活が少なくなり、もっぱら屋内でテレビ漬けの毎日を過ごしていることは、ここに度々書いてきました。ところが、そのテレビ番組も、ひところに比べると大きく様変わりしています。やはり不況の影響はテレビ界も例外ではないのだろうと推察できるような状況にあるというのが私の感想です。

 そんな中、たまたま興味をひかれて視聴した番組で、最近では珍しく手ごたえを感じることができました。NHK総合TV「ジャック・アタリ緊急インタビュー?第2回『世界を襲う5つの波』」a.m.11:05~p.m.0.00。第2回ということは第1回があったわけで、確かめてみると昨日の同時間に「危機の核心」というテーマで放送されたようです。

 今日の話で心に残っている部分は「5つの人類変革の波が予測される中、我々人類が滅亡を免れるためには"利他社会"の実現を模索し"博愛精神"で立ち向かうことだ」という彼の話でした。

 

 つくづく第1回放送を見逃したことが悔やまれました。

 ジャック・アタリ、この名前は覚えておき、これからの彼の発言に注目して行きたいと思っています。

憲法記念日

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 今日5月3日は「憲法記念日」。

 この日の意味を深く考えることも無く今日(こんにち)に至っている。大型連休を約束する祝日の1日くらいの認識で、憲法が誠実真摯に運用されているか否かなど疑うまでもなく、神聖侵さざる基本法律としてその存在は有って当然だと思ってきた。

 今晩、NHK 総合TV p.m.9:00~10:15 「NHKスペシャル JAPANデビュー2 天皇と帝国憲法 "万世一系" はこう書かれた ▽天皇機関説をめぐる激論 ▽統帥権干犯問題 ▽政党自滅」を視聴。

 その後、NHK教育TVp.m.10:00~11:30 「ETV特集 いま憲法25条生存権を考える ▽反貧困の提案 ▽朝日訴訟の問いかけ ▽派遣切りで苦境に・・・対策は何か」を視た。

 

 両番組を視終えていま、深海の底に沈められたような息苦しさをもって、我々は今こそ真剣に我々の生活を保障しているはずの憲法について考えなくてはならないとの思いを強くしている。

 足元のひび割れはその土台の上に立っている者たちの知らぬうちに進んでいる。危機が迫っていたことに気が付くのは崩壊のその日かもしれない。この国が平和で安穏だと信じ暮らしている人々は、その崩壊を目の前にしてどのように行動するのだろうか?

 行動? 昨年末から派遣村村長を務める湯浅誠さんの「今の日本には行動を起こす方法も道筋も失われているのが気がかりだ」と発言されていたのが印象に残った。ベトナム戦争当時のベ平連を率いて活動されていた小田実さんのことが脳裏をよぎった。個人の意見はかき消されやすくはじかれ易いけれど、同じ想いが集合すれば世の中は動かせることもある。

 

 次第に人間らしさを失って行きつつある社会の空気を不気味に感じているいま、この2つのテレビ番組を視聴したことで不気味な空気の発生元がどのあたりにあるのか、おぼろげながら見えたような気がする。無批判に受け入れるのは危険だと分かったうえでなお、一人一人が考えなくてはならないのだとの呼びかけとして真剣に受け止めた。

鈴なりサクランボ

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 ご近所のある事業所の敷地にサンランボが鈴なりでした。果物として人間が食べても十分なくらいの粒と赤みでしたが地面にこぼれ落ちている実も多く、小鳥・大鳥(ことり・おおとり)も目をつけているようです。

 それにしても、千葉県のこんな所でもちゃ?んと実が生るんですねえ。桜といえば花を楽しむ話題のほうが優先されますが、こうしてサクランボがつく桜も(一粒で二度楽しい)ではありませんか。(って、ひとんちのサクランボですけど?:ザンネン)

無駄こそ楽し

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 いま製作中のポーチ(右)と巾着(左)。本を見て、配色が気に入り、編み方も何とか挑戦できそうなのでスタートした作品。これらの作品が仕上がったって、どんな場面でどう使えば良いものやら、当てはありません。手芸って、たいていそんなものではないでしょうか?作るのが楽しみ、使用目的は二の次。冷静に考えれば、まさに無駄な物を作り出すために時間と労力を割いているとしか思えません。でも、これが楽しいんだなあ・・・♪

 もし、手芸作品を売りに出していくばくかの収入に換えようと目論んだとします。その時点で手芸は半ば商いという目的のために純然たる "無駄" な行為とは異なる作業になるでしょう。もちろん売れた売れないという新たな楽しみは加わるでしょうが、単なる趣味で作っていたような気ままは制限され、ノルマに追われるかもしれません。

 純然たる趣味を貫くか、いくばくかの収入につなげようと意気込むか、それはまあ人それぞれ。どちらが良いとも悪いとも言えるものではありません。個人の技量・器量に任せられるべきことでしょう。

 

 効率や儲け話ばかりが大手を振ってでかい顔するような現代の風潮にあって、もう一度 "無駄" を受け入れ楽しむ風潮が広まっても良いんじゃないかなあと思いつつ、毎日曜日の朝はNHK教育テレビ「日曜美術館」で紹介される作品の数々に見入りながら、まさしく「何も生産しない」無駄な時間を消費しています。視聴後は、ぼろぼろになりそうだった心が修復再生されているのを感じます。

独り立つ木

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 この木が気になって気に入っています。何だか駄洒落のような言い回しになりましたが、そういうことです(綾小路きみまろ風に)。

 人にはそれぞれ性格があり、その個性の違いで好き嫌いが分かれるのでしょう。

 私の場合は「孤立するもの」に惹かれます。それはとりもなおさず、私が孤立し易い人間だからでしょう。こうして「独り立つ」ものを見るとなぜか、親しみを感じて見つめているのです。富士山が好きだというのも、同じような理由だと思います。

 「独りで立って」も美しく優しくしっかりと、命の限りに存在するあれやこれやに励まされながら、今日も、これからも、生きて行きたいのです。

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 一方こちらは群生するワラビ。

 つい先日まで食べごろだったのに、この時期は2?3日見ないといっきに成長しています。草も木も、グングン伸びる季節です。

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