2008年9月アーカイブ

映画「学校?」

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 BS放送で映画「学校?」を再び観た。以前、映画館で観たのはもう10年も前のことになるらしい。ちょうど中高年のリストラが社会問題になっていた頃の作品だったのだろう。職業訓練校に机を並べた中高年の友情とその仲間うちの紅一点である母子家庭の母が懸命に生きる姿を描いた作品。原作者の実話をもとに山田洋次監督が「学校」シリーズとして映画化された作品だと覚えている。

 

 の映画を観た時、私は大竹しのぶさん演ずる主人公とほぼ同年齢くらいで同様に母子家庭の母として共感する部分が多々あった。いつの時代も、女が一人で子供を育てながら社会の荒波を泳ぎ渡るのは困難を極める。憐れんでくれとは言わないけれど、せめて温かい目で見てほしいと思った時もあった。母子家庭だから弱者だとは思いたくないと、精一杯肩肘張って生きてきたけれど、やはり弱い立場にあったのだと今更ながら再認識させられる出来事は多い。この映画のような温かい仲間の見守りがあれば、どんなにか心強く生きていられただろうか。

 

 島みゆきさんが歌う主題歌「瞬きもせず」に目頭が熱くなる。

顔は生き方を物語る

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人はそれぞれ生き方さまざま

泥田に咲けども蓮華香りたち

掃き溜めに足踏み入れようと鶴は鶴

 

その気概もて生き抜かん

 

顔は偽りなき名刺なり

(2008年9月20日   露草)

 

 忍な人が増えたのだろうか?それとも、もともと潜在的に誰もが持っている残忍性が、困難な社会状況に応じて表面化する機会が増えたのだろうか?人間とは、これほどまでに卑しく残虐になれるのかという事件が多発する。

 

 「欲望という名の電車」という芝居があるが、現代はまさに欲望が突っ走っている観がある。それも、我が身を利する姑息な欲望と本能行動ばかりが目立つ。もはや猿を軽侮する資格は人間にはないのでは?そう思わせる出来事も増えた。

 

 而上の思考を深めて行くという、人間ならではの精神活動はいつどこで衰退してしまったのだろう。本当に大切にしなくてはならないものやことは何か、もう一度確認して暮らさなくては。

 

「真実一路の道なれど 真実鈴振り思い出す」

 

植物あれこれ

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午後には、ツユクサもお疲れの様子。

 

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この葉ももうじき色変わりして散るのかな?

 

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丸、三角の葉をつけたこんな植物もある。

映画「おくりびと」

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 画「おくりびと」を観ました。

 

 遠の旅立ちを見送ってくれるのは家族や友人・知人だけではなくて、こうした人たちも手を貸してくれるのだということですね。納棺師という存在を、私は今回始めて知りました。遺体を前にして、厳かに旅立ちの身づくろいを整えてゆくその所作に感動を覚えました。できれば自分も、せめて人生の最期には、このように心を込めて丁寧に扱われたいものだと思います。

 

 ィクションだとわかっていても、死の床に横たわるそれぞれの死者が過ごしてきたであろう過去の日々を想像すると涙が溢れてきます。生前どのように家族や友人・知人とかかわってきたのか?死者に対する遺族の想いは?死者との間にわだかまりを抱えたままで別れの日を迎えた遺族にとって、目の前でこのような納棺の手順を踏んでもらえるならば、多少はその死による衝撃が和らげられるのではないかと思われます。葬儀のあれこれは結局、死者の為というより、その死を乗り越えてこれからも生きて行かねばならない遺された者の為のような気がするのです。ああしておけば良かった、こうもしておけば良かったと悔いても後の祭り。その後悔の念を断ち切る為にも、葬儀はおろそかにできない儀式なのでしょう。

 

 らえば永らえただけ身近な人との永劫の別れを経験する回数が増えます。いつかは自分もこうして送られる身となる。その時どのように送られたいかを考えることは、翻って、今からどのように生きていかねばならないかを考えさせます。

 

 に残る、いい映画でした。

モラル・ハラスメント

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 い2?3日前もテレビ番組の解説者が「日本はいつからこんなにモラルの低い国になったのでしょう」と嘆いているのを聞いた。"品格"を取り上げた本が話題になり、あれにも品格これにも品格と、一時期"品格"という言葉のバーゲンセールのようになってしまった。言葉は踊れど人は踊らず、"品格"に関する話題はいつの間にか消えていった。

 

 んなに能力があろうと、財を成そうと、体力まかせに活動しようと、誰かを踏み台にし傷つけて我が身だけの利を優先する生き方は、とても品格とは程遠いと言わざるを得ない。

 

 は常々、人間関係においてつまづくと、まず自分に非があるからだと思ってしまう傾向にある。実はその考えに自身が納得しているわけではないのに、追い込まれた苦しい状況を打開するには私が変わるしかないと考えてあがいてきた。挙句に、いつも孤立することが多かった。「なぜだ!」と叫びたい気持ちを押し殺して、私が駄目人間だからこうなるのだと結論付けてきた。

 

 の度その「なぜだ!」という私の疑問に答えてくれるような本に出会った。「知らずに他人を傷つける人たち」?モラル・ハラスメントという『大人のいじめ』?香山リカ:著 ベスト新書。キーワードは"自己愛性人格障害"。この性格傾向にある人は自分の行動が他人の心に傷を負わせていることに対する自覚がない。フランス人精神科医マリー・フランス・イルゴイエンヌの著した本が紹介されてから日本の精神医療界でも適用されるようになった見方のようだ。

 

 ともとが外国の症例研究からの発想であるので、同じ"自己愛性人格障害"によるメンタル事例でも、外国人と日本人では背景の文化や民族性の違いで多少の差異があるという。日本人に当てはめた場合「身近な他人の気持ちがわからない人」「身勝手なコミュニケーションの一方通行しかできない人」と言ったほうが分かりやすいのではないかと著者は書いている。こうした人と出会って被害を受けた人間は(私が悪いから・・・)(私が駄目だから・・・)という気持ちになるのだという。事態を改善するためには、被害者はそうした性格傾向の人間から遠ざかることだと著者はアドバイスしている。

 

 去長らく自分を苦しめてきた「なぜだ!」に対して、やっとひとすじの光明を見出したような気がする。そんなに自分を責め苛まなくても良かったんだと。人生半世紀を過ぎて見出した心の安寧ではあるが、つきものが落ちたような安堵感を覚えている。

 

 日からは新しく生き直そう。これまでの分も取り返すべく。

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