2008年4月アーカイブ

コメントについて

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 のブログへのコメントに制限がかかっていたことに本日気づきました。さっそく解除いたしましたので、今後はどなたでもコメントが可能だと思います。

 

 ろしくお願いします <(_ _)>

amikake.jpg週、急ぎの用事で駅前に行ったついでに手芸屋さんに立ち寄りました。サマーセーターでも編みたいと思い糸を見ていると、私の横に立った70歳前後の年配のご婦人が

「最近は糸も種類が豊富ですね」

と話しかけてきました。

  

「そうなんですよ、選ぶのに苦労します」

と応じると、

 

「私も何か編めば良いんだけど、何を編めば良いのやら・・・」

「編んでくださいよ、たくさん。楽しいですよ」

「・・・・・・・・ 毎日することがなくて暇で暇で・・・・・」

と、そのご婦人はスーッと立ち去って行かれました。

 

 は現在私なりにとても忙しい毎日です。でも、そんな時こそ編み物がしたくなります。少しでも時間が空けば、いえ、時間が空かなくても処理すべき難問を抱えるとあえて編み物をしています。針と糸を操りながら「ああしたら良いかこうすればどうか・・・」と考えているのです。そのうち、難問解決に着手して片づけることができたりします。

 

 【ぎの用事は忙しい人に頼め】と言われるそうです。最近になってその意味がハッキリわかります。忙しい人間は他人から何かを頼まれると、断りの理由を探すよりやってしまった方が面倒が無くて話が早いと考えてしまうのです。その結果、優先順位を考え時間をやりくりして物事を片付けてしまいます。

 

 が多くあるということが単純に幸せにつながるのか?手芸屋さんで話しかけてきたご婦人の言葉と様子から、ちょっと考えてしまいました。

春の花

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tanpopo.jpg  ンポポとカラスノエンドウです。

 

 の季節はどこにでも咲いている春の花です。

 

 週の日曜朝「所さんの目がテン!」でタンポポの話を取り上げていました。強い性質の花なんですね。

小さなチューリップ

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minichulip.jpg 日、ある花壇を見ていたら通常サイズのチューリップの根元に丈20?ほどのチューリップが咲いていました。

 

 い花びらが通常サイズの花びらです。

 

 んな球根から芽吹いた花なのでしょう。小さくてもしっかり一人前。可愛いですね。

妄想するべからず

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 りもしないことを勝手に想像することを「妄想(もうそう)」と言います。仏教語としては「妄想(もうぞう)」と読むようです。インターネットの交流サイトにはこの「妄想」がはびこっているようです。

 

 日、私がよく知っている場所で傷害事件が発生しました。いわゆるプロフというインターネット上の出会いサイトでのやり取りが高じてのことだと報じられています。中学生と未成年の無職少年との間に起きた現実を伴わない誤解から発展した現実の傷害沙汰によって中学生は意識不明の重体となっています。プロフの中でどのようなやり取りが為されたのかつぶさに知ることはできませんが、最終的には「半殺しにしてやる」という被害中学生の書き込みが引き金になったようです。

 

 ンターネットは匿名の世界と言われますが、今回の事件では加害者の少年が知人の情報から相手中学生を特定して呼び出していることからもわかるように、必ずしも完全な透明人間のごとくになれるわけではないのです。

 

 うせ匿名だからと高を括ってインターネット上で不道徳な振る舞いをすれば、いずれはわが身にその災難は降りかかってくるものと心得なければならないでしょう。匿名であろうが実名であろうが、行動する実体はどちらも「私」という一個体なのですから。私に人格と生活があるようにネット交流の相手にも人格と生活があります。お互いを尊重するなら、ネット上で踏み込める範囲は限られてくるはずです。

 

 盛んだった、相手の手元にあった物がこちらの手に届けられるという文通とは、同じように見知らぬ同士の交流であっても似て非なるものです。文通は封筒や便せんの好みや筆跡からある程度相手の人柄や温もりが感じられました。そうであっても、見知らぬ人という不安は厳として存在していました。

 

 「努々(ゆめゆめ)、インターネット世界で妄想をするなかれ」なのです。そこは決して現実と隔絶された世界ではなく、その世界を利用している我々は紛れもなく傷つきやすい実体だということを相互に忘れないようにすることが肝心だと思うのです。

 

 し、現実逃避として匿名性を楽しむのなら徹底的な自己管理のもとに発言するようにしたいものです。そうすることにより現実世界の自分が慰められ高められて行くのなら、せっかく人類が新しく手に入れたインターネットという手段は役に立つ道具と言えるでしょうに。

 

 んなに便利で有用な仕組みなのに、次々に起きる故無き犯罪のきっかけとなって批難を浴びているインターネットが気の毒になります。責めるべきは他にあると思うのですが。

何故受け入れ難いのか

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 年の異動で同じ職場になった若い女性(20代後半)は自信家です。学生時代に成績が良かったようで、本人もそれなりに努力してきた自覚があるようです。それはそれで素晴らしいことに違いありません。

 

 かし、何故か私は彼女に対して拒否反応を感じてしまいます。その原因は他を見下すような彼女の言動にあると思います。場合によっては50代の私がご指導を受けることもありますし、私の仕事ぶりを観察して、前の職場から彼女と一緒に異動して来た上司に私のあれこれをご注進に及ぶこともあります。

 

 んなあれこれを「若気の至り」と鷹揚に構えられないこちらが悪いのでしょうが、私は何故彼女のそうした行動が受け入れ難いのか考え続けています。考えた結果、ひとつ思い浮かんだことがあります。それは「20年そこそこの人生経験者に50数年間必死に生きてきた自分の人生を評価されたまたは否定された」と感じることの辛さのような気がします。

 

 しも完璧な自信をもって生きているわけではありません。紆余曲折を経、試行錯誤しながらの人生は息絶えるまで続きます。その愚かにも遥かな道のりを後から来る者に軽くあしらわれては落ち込んでしまいますよねえ・・・

 

 い人に言いたい。「年長者は、たとえ現在の姿や立場や行動がどうであれ、その年数生きて来たという事実だけで敬うべき存在だと心得て下さい」と。「あなたもこれから10年20年30年生きて行けば分かるでしょうが、生きるとは生易しいものではないのですよ」と。

 

 も気にせず考えずに生きていけば楽なのでしょうが、ちょっとしたことでも深く掘り下げてしまう性分とは、こんな出来事にもそれなりの理由や理屈を並べなければ心の平安が保てないのです。

 

期待できそう

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 の理事長予定は男性(私より若い、おそらく40代)です。この方がなかなか好印象。私が1年間必死で取り組んだ管理組合正常化路線を引き継いで頂けそう。大いに期待が持てます。

 

 自身が不十分な引き継ぎで苦しんだので、次期理事さんたちには早くから呼び出しを掛け、昨年暮れから理事会見習のような期間を設けました。特に、次期理事会では大規模修繕実施が予定されているので、理事長さんには今期理事会の大半の情報を共有してもらい、年度が替わった4月からは次期理事長さんの意向を尊重しながら動くようにしてきました。

 

 日は自治会関係で行政に提出する書類を書くお手伝いをして来ました。次期理事長さんと次期副理事長さんと3人が集会室でワイワイと和やかに仕事を片付けました。メンバーが変われば、こんなに楽しい理事会の雰囲気になるのですね。ま、それは時の運ということで過去は不問にしましょう。

 

 か気の進まないことをやらざるを得ない立場に立った時、楽しんでやるか嫌々ながらやるかは人それぞれですが、できれば人生大学で学ぶつもりになって謙虚な気持ちで楽しくやれば、たとえできることが限られていても仲間に負担を感じさせないもののようです。

これからは・・・

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 沢賢治の詩「永訣の朝」という作品があります。病気がちだった妹の最期の日を描いたものです。その中に妹の言葉で「今度生まれてくるときは、こんなに自分の事ばかりで苦しまないように生まれて来たい」という部分があったように覚えています。(こんどうまれてくるだで、こたにわりゃあのことばがりでくるしまなあよにうまれでくる)←うろ覚えですがこんな言葉だったと思います。

 

 年1年間、マンション管理組合、自治会、地域組織2部門の肩書を背負って本来の仕事の他に毎日懸命にボランティアとして務めを遂行してきました。今朝やっと、1年間の総決算である住民定期総会資料を印刷可能な状態に仕上げて管理会社に送りました。

 

 の心境は、上に紹介した宮沢賢治の妹の言葉とは正反対の気持ちです。「これからは、あまり他人に奉仕ばかりするのではなく、残り少ない人生はせめて自分だけでも自分のことを大切にしながら生きて行きたい」と。

ブログ再開しました

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 の度、使用ブログを新しくして再開しました。

 

 年6月から引き受けてきたマンション管理組合理事長の仕事も大詰めを迎え、今日の監査が通ると総会議案がほぼ整います。あとは印刷に回して刷り上がれば各戸配布。1年間の仕事への住民審判を待つばかりです。

 

 ろいろなことが次から次に発生しますが、それら一つ一つに真摯に取り組んで行くことが「生きる」ことだと考えています。

 

 もまだ「生きている」ことの証としてのブログ公開です。これからもよろしくお願い申し上げます。

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