「赤一点のオーバー」


二年ほど前、新宿のデパートで、赤いオーバーを衝動買いしました。ちょうど、この冬の間、あちこちの生け垣に咲いていたサザンカの花のような赤です。

デザインも色も気に入っていますが、自宅から車で五分の通勤には必要ありません。買ったその年は、赤いオーバーの出番は無しでした。

ところが、この冬は数度、着用の機会があったのです。くだんの赤いオーバーで、私は、心うきうきと街へ出かけました。が、何か違う雰囲気です。私のオーバーの色が、妙に目立つのです。よくよく見渡せば、街中が黒服のオンパレードではありませんか!

若い時分は黒に凝り、やっと「赤でも着てみましょうか」と思ってみたら、黒の大流行だなんて・・・。

そう言えば「ここ数年のファッションのカラー傾向は黒だ」と、どこかに書いてあったっけ。それにしても、見事にみんな黒だこと。

髪型にしても、似たり寄ったりのワンレングス。「右へならえ」は、学校だけで終わりにしましょ。私って“あまのじゃく”なのかしら?皆と同じは嫌なんです。

主張があるから個性が出るのか、個性を出すから主張が見えるのか。自分のことは、自分で考える習慣、このごろの日本人に、本当に身についているのかな?

皆がモノトーンでも、私は赤いオーバーを捨てません。


*1989年(平成元年)2月22日(水曜日)  毎日新聞 「女の気持ち」掲載



(このオーバーは、購入後十数年過ぎた現在でも愛用しています)