2017年(平成29年)3月22日(水)友引      晴れ



終わった。
30年近く勤めた仕事が終わった。
淡々と半日を過ごして、職場をにこやかに後にした。

別の事業所で60歳定年を迎えた時には、
私だけ、誰からも何も声をかけられずに寂しく職場を去ったけれど、
今回は、少数ながら玄関で見送ってくれた人たちがいた。

まあ、私からトップ上司に「そっと去りたい」という意向を伝えてあったこともあり、
職場の多くの人は、私が今日で最後だと知らなかったと思う。

何事も仰々しいことが苦手な性格の私は、晴れがましい場所に立つことが極端に苦手。
そっと、そーっと生きて来たし、これからもそのように生きて行くだろう。

No.2上司からの「花束を用意するから」という申し出は事前にお断りした。
60歳定年の時には無かった花束だが、
私の気持ちとしてはあの時のほうが一段落気分が強かったので拍子抜けしたことを忘れられない。

今回は再雇用でおまけのお勤めであり、
職場に対して過大な期待を抱くことは無く、花束で送られる立場でもないことは事前に承知済み。

No.2上司を通じて打診のあった花束をお断りしたことについて、No.1上司に自分の意思を伝えておいた。
「高齢になると物は要らないのです、戴けるなら『心の花束』を」。


最後の職場で、
ただ一人だけ、私を公平対等の心持ちで接してくれた女性がいた。
彼女との交流の思い出は、今後の私の人生を照らしてくれる灯になるだろう。

私の採用は彼女の父上が業界最高地位に在られた時。
それまでは、誰でもできる仕事と軽視されていたのか、コネや紹介で採用されていたと聞く。
たとえ末端の職種であっても、正式な採用試験を実施することで業界の意識改革を目指されたのだと推察している。
その際の募集広告をたまたま目にした私は受験し職を得た。

残念ながら、その後、彼女の父上が地位を去られることになり、その採用試験も行われることはなくなった。
一度きりだったこの職種の採用試験のおかげで、
私は、見知らぬ土地で二人の子供を育てながら暮らしを立てることができたと言える。

そして、最後の職場でその方の娘さんである彼女と共に過ごし心を通わせることができたことに不思議な縁を感じる。

と言うより、
あの親ごさんにしてこの娘さん。
情に厚く職務に厳しいお父様のDNAは、確実に彼女の生き方に受け継がれている。

この父娘さんに関しては、まさに私は「足を向けて寝られない」存在と言える。 

感謝の念は、私がこの世を去るまで胸から消え去ることは無い。


さあ、明日からは新しい挑戦が始まる。
幾つになっても新しいことを始める人間は新人。
頑張らねば。

2017年(平成29年)3月17日(金)先負       晴れ        彼岸入り



現在の業界を去ることに未練はないが、
残すところの最大行事を無事に終えることができるかどうかだけが気がかりだった。

それが今日、無事に終わった。
無事と言うのは私の仕事の範疇においての自己評価であって、
全般的にみると、さまざま今後を憂慮すべき点は多々あると感じた。

まあ、それもこれも、今となっては私の関知するところではない。
今後もこの職場で働く人々の問題である。


それにしても、
ニュースで知る世界も日本も、
そして現在私が所属している職場でも、
人間の劣化の著しさに愕然とする。

俗な言葉一言で表現するなら、
「お行儀が悪い」
それに尽きる。


あまりにも卑しい欲望のままに行動する人間が、我がもの顔で跋扈していることに吐き気をもよおすほどだ。

まあ良い、私は私らしく、スッキリスッパリ出直しすることにしよう。

明日の風を信じて、前を向いて歩こう。

2017年(平成29年)3月11日()先負       晴れ



いよいよ年度最終月。
私の勤務も残すところ7日となった。

同職を継続することはできなくなったのだが、
先日来の求職活動で気持ちの切り替えはできつつある。

約30年間続けてきた仕事への感謝は抱きながらも、
私の胸の中でくすぶり続けたこの業界への不信感は日に日に増すばかり。
この際、業界に別れを告げることに何らの未練も無い。


今日、所用で東京へ出かけた。
電車の中で見かけたポスターの文言にハッとさせられた。
曰く、「新しいことを始める人は 年齢に関係なく 新人です!」と書かれていた。

4月は年度替わりで、新人が社会に溢れる季節なのだ。

私もこれから新しいことに挑戦しようとしている。
年齢に関係なく新人である。

がんばろう!