2003/10/31 (金)  晴れ  午後  うす曇り





気がついてみれば10月も早や最終日。
家の中のカレンダーをめくって歩く。

「Trick or treat?」
今日はHalloween。
目鼻をくり抜いたカボチャのオバケもすっかりお馴染みになった、
海の向こうのお祭り。

スーパーに並ぶカボチャも、今が旬。
カロチンの色も鮮やかに、ホクホクとして美味しい。

イモ・クリ・カボチャ、
ホクホクした秋の味覚の代表選手。

店先のリンゴの種類が日に日に数を増して行く。
ミカンも、色づいた温州ミカンがお目見え。

なくなってしまったようでいて、実は、身近にたくさんある季節感。
気づくか気づかないかは、こちらの問題。

2003/10/30 (木)  晴れ





北海道でオーロラが観測されたと、テレビで報じている。
太陽の表面に生じた大爆発の影響は、この地球にどんな影響を及ぼすのか計り知れない。

人は、地球でしか暮らしたことがないから、自分たちが一番偉く、
何でもお見通しだと思ってはいないだろうか?

そんな人間に、大宇宙の一撃が「目を覚ませ!」と
一撃をくらわせたのかもしれない。

謙虚でありたい。
そう思う。

2003/10/29 (水)  晴れ





予報どおりの晴天。
汗ばむくらいの上天気。

太陽の表面の大爆発が映像でとらえられたそうだ。
今日・明日、磁気の影響があちこちで出るかもしれない、と
テレビで注意を促していた。

さっそく、日本の人工衛星に影響が出たらしい。

宇宙のスケールはでっかい!

2003/10/26 ()  晴れ





今朝のテレビ番組の中で、少子傾向や晩婚・未婚の男女の増加について、
訊かれた社民党の土井党首が答えていた内容に「お節介おばさんの減少」という言葉があった。
そんなこと、そんなこと・・・いまさら言ったって・・・
でも、言わないよりはましか、と思って聞いていた。

♪ でしゃばりおよねに手を引かれ 愛ちゃんは太郎の嫁になる ♪という歌があった。
「でしゃばりおよね」さんが、さしづめ土井党首のいうところの「お節介おばさん」であろう。

いつのころからかこの国では、傍から「あゝだ、こうだ」と言われることを極端に嫌い、排除する風潮が強くなった。
そのことは、「見て見ぬふり」を助長し、真剣に困っている人にさえ手を差し伸べることにためらいを感じる社会にしてしまったように思う。

「W-income No kids」などという言葉が注目された時期もあった。
自分の時間をタップリ楽しんだ後の「高年出産」を奨める文章を書いていた有名人もいた。

そして今、結婚しないまたは結婚できない男女が増え、この国の将来を託す子どもの数が減少している。

後ろを振り返ってみたところで取り返しのつくこととつかないことがある。
出生しなかった子どもの数は、今更つじつま合わせはできない。
この時代に生まれる子どもの不幸も気になる。
本能的な親の情さえ失ったかのような親の下に生まれておいでとは、とても言えない。

せめて、今この時代に子どもとして在る者たちに対して、私は「お節介おばさん」であり続けよう。
嫌われたって怖がられたって構やしない。
いま、彼ら彼女らから友人のごとくに好かれることより、
先立つ者として果たす役割は他にある筈だと思うから。

2003/10/25 ()  曇り





ちょっと疲れています。
何に疲れているのでしょう?
当たり前だったことが当たり前ではなくなり、
眉をひそめられていたことがまかり通るようになってから、
昔かたぎの人間には、生きづらい世の中になっているように思います。

ある場所に引用されていた文章が目に止まりました。
以下は、その概略です。

凧は、大空を舞いながら、自分をつなぎ止めている糸がなくなれば、
今よりもっと自由に大空を飛べるかもしれないと思っていました。

しかし、凧のバランスは糸で引っ張られることによって保たれ、
糸があることで力強く天高くを舞うことができるのです。

もしも糸が切れてしまったら、凧はたちまちバランスを崩して地上に落ちてしまうことを知りません。

私たちは束縛のない自由を欲しがります。
しかし、「よりどころ」という糸の切れた自由は、必ず失速してしまうのではないでしょうか?
「よりどころ」とは、人であり、家庭であり、社会であり、
人によっては思想や信念かもしれません。

多様な人種や文化の共存するこの世界で、
人が人として守らねばならない最低限のルールはあるはずです。
そんなルールをないがしろにせず、
自分の拠って立つ所(家庭・社会etc.)という糸との繋がりを保ちながら、
天高く、おおらかに自由に清々しく、広い世界を泳ぎたいものです。

2003/10/23 (木)  晴れ  ときどき  曇り  午後一時雷雨





ふだん野球など観たことのない私が、今年は野球を観ています。
昨日と今日、甲子園での日本シリーズ第三戦と第四戦は、阪神タイガースが勝ちました。
今晩も、手に汗握ってゲームの成り行きを見守りました。

人が真剣な面持ちで何かに取り組む姿には、心打たれます。

近年、そうした場面に遭遇することが稀であるだけになおさら、いたく感動しています。
いろいろなことを考えつつ・・・

2003/10/21 (火)  曇り  一時  晴れ





千葉の銘柄米「ふさおとめ」、
ハイ、たしかに、かの有名な「・・・こまち」とはりあっております(名前に関しては)

「・・・こまち」は、言わずと知れた全国区ブランド。
「ふさおとめ」は、地方区でがんばっております。

「・・・こまち」の食感を好んで、この銘柄を買い続けてきたけれど、
今回は、地元のお米「ふさおとめ」を選んでみた。
しかも、新米!
さあ〜、お味の程は・・・

目もとパッチリで赤い着物の現代娘が描かれた袋は、
いかにも千葉県らしいキャラクター。

2003/10/17 (金)  晴れ





昨日、姉が電話を切る間際に
「今から『おしん』を観て『小津安二郎作品』を観るのよ。あなたも観なさい」
と言った。

「こんな厳しい時代に『おしん』を観るともっと辛くなりそうだから、私はいいよ」
と答えた。

私は、いわゆるホームドラマを、あまり好まない。
それは昔からそうだった。
何故かと問われても、ハッキリと答えられる理由も思いつかないけれど、
とにかく、そうだった。

肉親に縁の薄い生い立ちが、温かそうな家庭のやり取りから距離をとらせたのかもしれない。

今晩、ふと姉の言葉を思い出して「小津安二郎作品『秋刀魚の味』」にチャンネルを合わせた。
しみじみと胸の奥深いところに届く映像と会話、ゆったりとしたストーリー展開に見入ってしまった。

ああ、あんな時代もあったんだなぁ・・・

近頃、テレビや映画、また、身辺のあれこれを見るにつけ、
カリカリと苛立ってしまっていた神経が、
久しぶりに鎮められたような気がしている。

『礼節』や『気遣い』が、
演技の端々に当たり前のように取り入れられていることが懐かしさを呼び起こす。

変わってしまった、本当に変わってしまった。
この感じを、時代は違うと言って済ませて良いものだろうか?

2003/10/13 (月)  曇り  一時  晴れ  のち  雨(集中豪雨)  のち  晴れ     体育の日





2時〜3時に大雨が降った。
ちょうど柏から帰宅する時刻に重なり、激しい雨の中を帰って来た。
いつもはバスの座席に座っていては見えないはずの川面が見えた。
いっきに水かさが増したのだろう。
道路も、まるで川のように水が溢れて流れていた。

「離婚旅行」という二時間のテレビドラマを観た。
文化庁芸術祭参加作品。
さすが、ドラマのTBS、充実した内容のドラマだと思った。

リストラされた夫と、離婚したい妻が、頼まれ仲人の責を果たす為に旅に出る。
その旅先で、これまで語り合えなかったお互いの胸のうちを見つめあい、語り合う。

ほとんどの妻たちが望んでいるであろうささやかな自己実現の望みと、
仕事一辺倒でやって来た夫の“大切なこと”への気付き。
自然体を感じさせて淡々と進行するストーリーの中に、
夫婦の経てきたであろう歴史を垣間見る。

このドラマを、同じ高さの視線で観る年齢に、自分も達していることを意識させられる。

夫が生きていたなら、我々夫婦はどんな“今”だったのだろう。
ふと、そんなことを思っていた。

2003/10/12 ()  雨  のち  曇り





師走と言うにはちょっと早いのだけれど、
衆議院の解散を受けて、国会議員の“センセイ”たちが走りまわっている。
投開票日は、11月9日。

小泉首相の遊説先で、首相に歩み寄ろうとして取り押さえられた男がいたと報じられた。
大事がなくて良かったけれど、彼はいったい「何を」意図したのか?

国民の大部分が「腹ふくるる」思いの昨今。

* 「もの言わぬは 腹ふくるるわざなり」

2003/10/11 ()  うす曇り





三連休の一日目。
朝のテレビ占いで、私の星座の運気が最高の日だと知った。

「そうだ!映画を観に行こう!」
ということで、恵比寿ガーデンプレイスへ。
新聞を読んでチェックしていた「マグダレンの祈り」

am 11:30 からの上映に間に合った。
初日の初回ということで、チケット購入の際に白いバラの花を頂く。

入場は10名単位で行うということで、チケットに番号が打たれた。
その番号が No.077 。

観終わって映画館の外に一歩踏み出したところで、
「すみません、二ー三分お時間いただけますか?」
と呼び止められる。
チケット情報誌のスタッフから映画の感想を聞かれて写真を撮られる。
「20日発売の雑誌に載るかもしれません」とのこと。

しかし、考え込まざるを得ないストーリーの映画を観てすぐのインタビューは、
ちょっと答えづらかったなぁ・・・

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マグダレンの祈り

“堕落した女性たち”を収容するマグダレン修道院は、19世紀にアイルランドに建設された。
“一族に恥をもたらした”女性たちは、家族や近親のものの手によってその施設に送り込まれる。
そして、私語禁止、家族との面会禁止という規律の中で洗濯女として過酷な生活を強いられる。
その施設で一生を終える女性もいたという。

それぞれ、
レイプされたこと、未婚で出産したこと、男性の気を惹く仕草で話をしたことの理由で
同じ日に修道院にやって来た三人の少女たちを中心にストーリーは展開する。

閉鎖された修道院の内部で行われる人権無視の扱いの数々。

それらの困難にもめげず、強い意志で三人は施設を出て行く。
一人は、弟の迎えにより、
二人は、シスターの制止を振り切っての自発的な脱出。

女性を縛る宗教観や、男性と女性の性的な立場の違いなど、
重いテーマを受け止めた。

このマグダレン修道院が、1996年まで存続していたことに驚く。

女性の“自由な性”とは?
人としての女性の尊厳が保たれる社会とは?

実話にもとづく映画。
最後のテロップで、三人のその後が伝えられた。

2003/10/10 (金)  晴れ





米泥棒が相次いでいる。
とうとう、田んぼの稲を、夜の間に刈り取って盗むという新手の盗みまで発生して・・・
つくづく、品の無い時代になったものだと、嘆息するしかない。

楽をして上出来の結果を手に入れようなんて魂胆は、薄汚い。
途中経過に汗を流すことなく手に入れた他人の実りには、喜びは伴わないだろうに。

米や生り物などの収穫物だけではない、
知的な作品やアイディアなどの盗みにも同じようなことが起こり得る。

身の丈に合った自前の“もの”や“こと”でまかなって暮らさなければ、
ちぐはぐな結果は、いずれその身の統一の無さとなって刻み込まれて行くのだから、
迂闊なことはしてはいけないと、たいていの人は知っていた。

「盗むべからず」とあえて語らずとも、盗まないことが当然と思う人より、
「ちょっと失敬」にたいした罪を感じない人のほうが増えてきているのだろうか?

2003/10/09 (木)  晴れ





ときどき甘いものが食べたくなる。
甘いものと言えばケーキ、と思っていたのは少し前までのこと。
今日は、久しぶりの和菓子屋さんをのぞいて見た。
以前と変わらぬご主人の笑顔にホッとする。

季節がら、さつま芋や栗を使ったお菓子が並んでいる。
さつま芋餡の饅頭を買って、お茶といっしょにいただいた。
おまけしてもらった塩大福も・・・

食べながら、ちょっと幸せ。
食べ終わって、どっと後悔。

今度の三連休は、しっかり運動をしなくっちゃ!


2003/10/07 (火)  曇り





しばらく続いた秋晴れだったが、今日は雲に覆われた肌寒い一日。

変わりやすいもののたとえを「女心と秋の空」と言われるが、
これは「男心と秋の空」が正しいのだそうで、
まあ、「女」にせよ「男」にせよ、「人」の心は移ろいやすいものであり、
秋の空も同じく、変わりやすい天気であるということなのだろう。

一年も後半に入り、次第に日暮れも早まり、気温も下がってきて、
物寂しさは日に日に募ってくる。

こんな時は、暖かいお茶でもいれて、両の手で温もりを確かめながら飲むのも好い。