2003/05/31 ()  曇り





何かおかしい、どこかが違うと思っていても
言葉や文章で表現できなくて、自分ひとりの思い過ごしかと悩むことがある。
そんな時、本や雑誌などで同様の意見をまとめた文に接すると、
「ああ、これこれ、こういうことが疑問だったんです。そういうことだったのですね」
と、途端に胸のうちがスッキリすることがある。

養老孟司さんの「手入れ文化と日本」(白日社)の最初に収められている一文(子どもと現代社会)が、そうだ。

いつの頃からか、周囲に対して、何を言っても何をしても手応えを感じなくなったと思っていた。
私が小さかった頃には、何かにつけて周囲の人間の反応が返ってきた。

誉められる、叱られる、慰められる、茶化される、おだてられる・・・・・・・
大人になった私は、そうした大人たちから受けた影響のままに大人になっているように思う。

しかし、その私の働きかけに対する反応が、私の幼い頃とは全く違うことに戸惑うことが多くなった。
何を言っても何をしても、反応が返って来ない。
一時は、私を用心しているのか無視しているのか、と悩んだこともある。

養老孟司さんによると、
テレビを一日に数時間見て育った「シラケ世代」にとっては、
眼前に繰り広げられるアレコレは自分とは関係の無いブラウン管の向こうの出来事にしか映っていないのでは、となる。
だから、養老さんが大学で講義をしている最中にも、
学生たちは、自席でお茶は飲むわおしゃべりをするわ平気で教室への出入りをするわ、ということになる。
講師に対する『礼』などは一切念頭にはないらしい。

それはなぜか?
養老さんは、ある日ハタと気付かれた。
「そうだ、彼らにとって私はテレビだったのだ」と。
語っているのがテレビだと思えば、面白くなければ私語を交わすし席も立つ。
そういうことらしい、ということ。

「シラケ世代」は「団塊の世代」の次の年代。
そして今は、その「シラケ世代」の子どもや孫の時代になっている。
しかも、情報取得にはテレビだけでなくコンピューターという手段まで加わって、まさに、情報の氾濫状態になった。
考えようによっては、自分に不都合なことや嫌な情報は簡単に拒否したり捨てたりできる時代である。

もしも、そうしたテレビ世代以降の子どもたちが、
生身の大人の言葉さえも、あたかもテレビやコンピューターの情報のように切り捨てているとしたら・・・
大人から子どもへと伝えられ続けてきたアレコレの伝達は途絶えてしまう。
たいていの事は、しんどい事だったり耳に痛いことの方が多いから、
そうした大人の苦言をテレビのごとく扱って「自分とは関係ないこと」としてしまえば、その時その場は楽に通過するはずだ。
こうして「シラケ」はどんどん広がり、コミュニケーションは希薄になって行ったのか・・・

なかなか示唆に富み、長らく私の胸のうちにくすぶっていた「何故?」に方向性を示してくれた一文だった。

2003/05/30 (金)  晴れ





何となく体調不良かなと感じていたら、どうやら私だけではないらしい。
声高には言わないけれど、みんな少しづつお疲れ気味の様子。
考えてみると、毎年この時期には「だるい」「痛い」「気が重い」などの症状があることを思い出した。
季節的なものがあるのかも知れない。

新年度が始まり、張り詰めていた気が緩み始める時期、
ふっと疲れた自分に気がつくのだろうか。
過労に陥らないための本能的なシグナルと捉えて、
この際ちょっとお休みモードが良さそう。

幾ら丈夫で動くことを厭わないとはいっても、
一人の体で頑張る事ができる仕事量には限度がある。
そうは知りつつも、みんな引き受けざるを得ない状況なんだろうなあ・・・

2003/05/29 (木)  晴れ





仕事帰りに図書館へ、借りていた本を返しに立ち寄った。
図書を借りるのは良いけれど読んでいる暇がない、返しに行くタイミングを逸する、
と言うことで結局一ヶ月近く手許に置いてしまった。

少しづつ読み進んで、やっと一冊は読み終えたところ。
一冊を返して一冊の借りかえの手続きをした。

「言われるだろうか?知らん振りをしてくれるだろうか?」
おそるおそる差し出した本のバーコードを読み取り、
パソコン画面に表れたデータを見ながら、
「日にちが過ぎていますね」と、本と顔を見比べながら言われた。

「ハイ、ごめんなさい。気をつけます」
ひたすら謝る私。
「まあ、これくらいなら構いませんが、他の方からリクエストが出ている場合は連絡させてもらうこともあります」
「その場合には、いつでもご連絡下さい」
ということで、一ヶ月間気にかかっていた本の返却を済ませた。

今日返却した一冊は随筆集。
プロ・アマを問わず、活字となって世に出た作品の選集である。
選ばれたものだけに、それぞれ読ませるのだけれど、
作品のタイトルがその本全体のタイトルに使われた小学校5年生の女の子が書いたものが一番印象に残った。

*********************

台所に、まあたらしいまな板が使われないまま置かれているのを見た「私」が、母親にその理由を尋ねると、
ガンで余命幾ばくもないおばあちゃんがくれたものだと言う。

自分の病名を知っているおばあちゃんは、
「自分がいなくなっても、このまな板の上で野菜を刻むトントンという音が響く度に思い出してもらえるから」
との思いを込めてそのまな板を女の子の母親に手渡したのだそうだ。

そんないきさつがあってそのまな板は、ま新しいまま台所に置かれていた。
母から事情を聞いた女の子は、こう結ぶ。

「このまな板は私たち家族にとって『最高の贈り物』だと思いました」

**********************

しっかりしたメリハリのある文章でありながら、分かりやすく素直なストーリー展開。
具体的なエピソードから視点をずらさず、印象深い言葉で文を締めくくる、
多くのプロ・アマの大人の文章に劣らぬ作品に感嘆する。

やはり、文章に奇をてらってはいけないことをこの作品から教わったように思う。
見たこと感じたことを素直に言葉に移し変えてこそ、文章は読み手の心を打つという見本のようなエッセイだった。

2003/05/28 (水)  晴れ





昭和のスターと言える三人の女性の愛を描いたテレビ番組を見た。

越路吹雪、美空ひばり、江利チエミ。
三人とも、懐かしい存在になったしまった人たち。
若くして亡くなったのだなぁと、ほぼその年齢の周辺に達した私は思う。

スターの恋愛は常に注目され取材の対象になる。
インタビューする方もされる方も、あの当時はまだ「礼儀」という言葉が生きていた。
それでも、芸能界という特殊な世界の出来事、
恋愛というごく個人的な領域にまで踏み込んで聞かれる立場は、大変だっただろうなぁと思う。

昭和の芸能人と最近の芸能人、
取材の受け答えのことばやしぐさの違いに、時代がどのように変わったかを垣間見る。
「たしなみ」や「礼節」が、ごく当然のこととして備わっていた時代の人の顔は見ていて落ち着く。

良くも悪くも、マスコミで頻繁に見かける人たちの影響力はあなどれない。
「昔は良かった」というつもりは無いが、
最近のタレントと呼ばれる人たちも自分たちの及ぼす力を自覚して、
せめて、品性だけは保って欲しいと思っているのだけれど・・・

2003/05/27 (火)  曇り  のち  雨





世界主要国の意見を分裂させたイラク攻撃が次の段階になり、
視点は東アジアの一国の動向に移った。
世界各地の経済状況はいまだ解決されず、
聞いたことも無い悪質な感染症が拡大の危険性をはらんで人々を脅かしている。

いずれの問題にも、有効な解決手段を見出せないというこんな時期には、
人の心は、とかく疑心暗鬼に陥りやすい。

エイズという病気が表面化した時、
罹患者は病気そのものの他に、周囲の人々の無知から来る差別や偏見にも苦しんだ。
難治の病に罹ると、多かれ少なかれ周囲の人々から隔絶される。
不用意な言葉や詮索で、病そのものの苦しみ以外の苦しみも抱え込むことがある。

今回のSARSに関しては、不特定多数の人が日常の行動をする中で感染してしまう危険性があるらしい。
一日も早く、予防法やワクチンなどができることを願っている。

それと同時に、不運にもSARSを疑われた人に対して、
追い討ちをかけるような苦しみを与える差別や偏見の矛先の向かわないことを祈りたい。
十分に予防自衛しても、誰がいつどこでぶつかる災難かわからないのだから。

2003/05/26 (月)  曇り





夕食の支度に取り掛かって間もなく、ユラユラと揺れを感じた。
しばらく揺れていた。

地震を感じるとすぐにテレビのスイッチを入れるのが習慣になっている。
最近では地震情報が表示されるのが早くなっている。

今日の地震は岩手県が震源で、震度6という大きい地震であったことを知る。
関東各地では震度3−4か。
揺れは相当広い範囲に及んだ模様。

つい先日も二回ばかり、千葉県北西部の震源で地震があったばかり。

社会状況にも自然の変化にも、微かな不安を感じる出来事が続いている。
謙虚に受け止めて、自分の足元を見直したい時期のように感じる。

2003/05/24 ()  晴れ





中国野菜農家の畑で、半日の農作業実習。
規格に合わせる為に捨てる部分が多く、参加したものは皆「もったいない」の言葉の連発。
作主は、「皆さんそうおっしゃるんですよね。でも、それを言っていたら商品として通用しないんです」と笑われる。

うすうすは知っていたことだけれど、農業現場に立ってみて始めて知ることは多い。
消費者の求めに応じて野菜を管理育成して行く大変さを、目の当たりにする。

見栄えが良くて、形が揃っていて、土がついていなくて、新鮮なものを市場に送るには、人手を頼む部分は多い。
自然を扱う産業には、昔から変えられない作業の過程がある。
そこが大変なところ。
この中国野菜農家のご主人は、一年のほとんどを畑に出て仕事されているそうだ。
お子さんが作文に「ぼくのお父さんは仕事ばかりしています」と書かれたとか。
でも、素晴らしい『親の背中』を示しているのではないかしら、と思った。

「これくらいの大きさで、ここをこう切ってください」
と言われたって、なかなかその通りには行かない。
「お願いしているパートさんでも、慣れるまでには二年くらいかかりますよ」
結局今日は、お手伝いどころかお邪魔しに行ったようなものかも、と皆で苦笑い。

美味しいものを作っているという自信に満ち溢れた農家の方の言葉に、明るい気持ちになる。

屑として打ち捨てられた部分は畑に鋤きこまれ、やがて土になって次の野菜を育む。
一時的には無駄になったように見えても、ちゃんと次の世代に貢献して行く。
自然の循環は、うまくできている。

2003/05/23 (金)  曇り





昨日、職場に捨て猫が持ち込まれた。
下校途中の中学生数人が子猫をタオルにくるんで連れてきた。
生後二・三ヶ月の子猫は愛らしい盛り。

生き物を飼ってみたいという衝動に突き動かされたけれども、
「まて、まて、最後まで面倒を見切れる保証はあるか・・・」と考えた末、引き取ることは断念した。
私はペット禁止のマンション暮らし。
おまけに、家人に猫アレルギーがいる。

一人の女子中学生が、一旦その猫を自分の家に連れ帰った。

そして今日、再び私の職場にその猫を連れてきて、だれか飼ってくれないかと懇願する。
すがりつくようなその真剣な表情が切ない。

たとえ猫といえども命は命。
最後まで面倒を見切れないと分かっているものを、情に流されて引き取るわけには行かない。

その女子中学生は、何とかして飼い手を探そうとねばっている。
仕事の時間を大幅にさいて、その中学生を説得する。

ペットブームは結構なことだけれど、その一方でこんな罪作りな現実をも生み出している。

「命の宿命・運命」を子どもに分かってもらうのは、実に難しい。

その子猫がどういう経緯で捨てられていたのかは、わからない。
けれども、捨てられたことも、飼い手が見つからないことも、全ては「どうしようもない」できごとなのだと、
その中学生に説明するのは一苦労だと感じた。

だからこそ、命を扱うことは疎かにはできないことを、その子には分かって欲しいと思った。

一匹の捨て猫と出会ったことが、この中学生に『命』の何たるかを考えるきっかけになれば、
この子猫の存在は、大きな意味を持ったと言えるような気がした。

う〜〜ん、難しい・・・

動物も、子どものうちは可愛いけれど、その一生に付き合えるかというと、
現代の風潮では、はなはだ怪しい。

生きた動物は、ぬいぐるみとは違うことを分かっている人は、一体、どれくらいいるだろう。
また、人間の感情とは異なる動物の本然もある。
共生する為の方策を探ることが難しくなっていることを痛感した出来事だった。

2003/05/21 (水)  朝のうち小雨  のち  晴れ





誰かに丁重に扱われると、くすぐったくなって居心地の悪い思いをすることがある。
自分を一番知っているのは自分。

人は、誰かに頭を下げられたり持ち上げられた時には十分に心しなくてはならないような気がする。
福沢諭吉の「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」を持ち出すまでもなく、
人は誰しも、生まれながらにして人の上に立って当然という人はいない。

もちろん、
丁重に扱われる境遇に生まれる人もあるし、
社会活動の結果として頭を下げられることの多い社会的な立場に立つ人もある。
が、周囲との比較条件で頭を下げられているのであって、
一己の人間として考えた場合、人は皆、常に平らな土台に立っている。

人生の一時期に、人から頭を下げられることが当然の勘違いをしてしまうと、
その条件を失った後は、辛く寂しい毎日になりそうだ。

どんな人でもどこかで頭を下げられている。
お店に行けば「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」
普段の生活でも「おはようございます」「こんばんは」「ごめんなさい」
これらは、ごくありふれた日常の挨拶に過ぎず、
受けて当たり前のように聞き流してしまいがちなのだけれど、
この当たり前の言葉さえ、かけてもらえなくなることも間々ある。

頭は下げられるより、こちらから積極的に下げる方が気持ちが良いような気がする。
お互いがそう思いあっていれば、争いやいじめなどは少なくなるのだろうなあ・・・

2003/05/18 ()  曇り





昨晩のBS放送で取り上げられていた「子どもの学力低下」の問題について。
傾向としては(読解力の不足)が一番の問題らしい。

算数や数学の試験において、問われている問題の内容把握ができない。
その結果、問題に手がつけられない。
国語の文章を読んで、何を言わんとしているかを読み取り、まとめることができない。

昔、ドイツは日本と並ぶ教育先進国だった。
ところが、今回行われた世界の子どもたちの学力検査では、OECD諸国の中の最下位。
ドイツは非常にショックを受けて、新しい教育への模索を始めたと報じていた。

一位はフィンランド。
紹介されたその授業内容を見ると、自分の力で、仲間と協力して、レポートを作成する形式を取り入れている。
教科書を使わない授業。その為に教師は、自宅で明日の授業の準備をする。
一クラスの人数も20人以下。

グループ学習において、分かる子どもが次々に動いていくその過程で、
問題点を理解できない子どもたちも分かる子どもたちの影響を受けて行く。

成果をあげている授業だと言っても、取り立てて奇抜な目新しいものではなく、
教育の手法としては昔からあったものだと思う。

現在の日本の教育とフィンランドの教育と、いったいどこが何が違うのだろう。
そう考えた時、やはり、その国の大人の生き方に行き着いてしまう。

『一を聞いて十を知る』という行動は、こと現代の子どもに関しては望むべくも無さそうだ。

2003/05/17 ()  曇り





朝早く家を出て東京へ。
先日オープンして、報道の話題になっている六本木ヒルズへ。
まるで迷宮のような造りにとまどいながら、友人と遊んできた。

今日は朝から、若い人たちの「今とこれから」について深く考えた一日。
家を出る直前まで見ていた日本TVでは、職の無い若者について取り上げ、
帰宅してから見たBS放送では、低下する世界の子どもたちの学力についての番組を見た。

やっと報道に取り上げられるようになったことに、ホッとする。
問題を表に出して考察するのが、少し遅すぎたというのが正直な感想。
しかし、このまま放置されるより、今からでも人々の関心を呼びかける意味において、
報道や番組にひんぱんに取り上げられることは必要なことだと思う。

巷では中高年の失業問題と高齢化による介護の問題が大きな話題となっている。
その陰で、若者の問題はひっそりと深刻さを増している。

若者の問題は「これから」の問題。
国の世界の地球の将来に重なる問題。

生きる術や働く意欲と知恵、そして各個人の人生の充実のために、
私たちのように先に生きてきた者たちが若い人たちに、真に伝えなければならないことを伝える必要性を強く感じる。

もう、今をおいてはチャンスはない、とも思う。
私たちも高齢化して、自らの体力・気力や記憶力が日に日に磨り減っているのを自覚しているから。

大変な時代には老若男女が力を合わせて、困難に立ち向かいたい。
今盛んに使われている言葉『コラボレーション=協働』の求められている時代なのだ。

2003/05/16 (金)  曇り  ときどき  雨





「沖縄はもう入梅したんだって」という会話が交わされるようになった。
毎日曇天が続き、雨が降ったりやんだりの天候が続く。
こんな時は、体調もいまひとつ。

(人間は一日一食の食事で健康体を保てる)という話題をラジオで取り上げていた。
話の出所は外国の医師。

太古の昔、食物を手に入れるのが困難な時代に、ヒトはどのような食生活をしていたのか?
たぶん「食べ過ぎ」るほどの食には恵まれていなかったに違いない。
野生の動物は命をつなぐ為にのみ食べるのであって、
楽しみやストレス解消や義務感などのメンタルな要素からの食行動は珍しいことだろう。

『食』は難しい。

ものの無い時代には、食べ物をすすめる事は親切であり、すすめられる事は嬉しいことだった。
ところが、食べ物が身近にあふれる現代、食べ過ぎや健康への影響を意識すると、
相手の厚意をわかってはいても、差し出された物を口にすることにためらいを感じることがある。
「私はダイエット中だから」と断りきれない意志の弱い食いしん坊の自分もいる。
断りきれない自分への嫌悪がストレスになって、また食べ過ぎてしまうという悪循環を繰り返す。

適度な空腹感は感覚を鋭くするような気がする。
これは、空腹を感じると獲物を狩るために行動を起こす野生の名残か。
獲物を狙うためには、感覚を研ぎ澄ましたすばやい行動が必要になる。
こうした時には仕事もはかどることが多い。

「少食多動」が実行できると良いのだけれど・・・などと、ラジオに耳傾けながら考えた。

2003/05/12 (月)  雨  ときどき  曇り





関東と関西では「せんべい」と呼ばれる物が違うことを、関東に住んで始めて知った。

関東では、米から作ってしょうゆを塗り焼いた物。
関西では、小麦粉で作り甘く味付けして焼いた物。

関東のものが、薄いお餅を焼いた物なら、
関西のものは、薄いホットケーキを固く作った物と表現できそう。

関東の人は、この「せんべい」が好きな人が多い。
「せんべい」に限らず、しょうゆで味付けした、いわゆる「からい」味が好みのようだ。

甘辛団子を勧めたとき、早くなくなるのは「辛団子」。
クッキーとせんべいを並べると「せんべい」に手が伸びる。

食の文化というものは、面白いなあと思っている。

それも最近では、メディアの発達やフランチャイズのネットワークが広がり、
日本全国、何所に行っても同じような物を食べるようになっていくようで、少しさびしい。

2003/05/10 ()  晴れ





半日、ネギ栽培農家へ農業ボランティアの実習に行ってきた。

ボランティアとはいっても、まだまだ、戦力になるわけではなく、かえって手間をかけることのほうが多い。
大事な作物に触らせてもらって、野菜の扱い方や栽培の勘所を教えていただく。
それも、将来の人手になるための第一歩。
ボランティアに行く側も受け入れる側も、手探りの段階。

ネギをまっすぐに育てるには、植付けの段階から注意しなくてはならないことを学ぶ。
育苗床の便利な仕掛けに感心したり、ネギの生命力を見直したり、
新しい知識を吸収してきた。

農家を訪ねる楽しみは、農家の庭先。
植木や花、小動物や小鳥、魚などがのびのびとしているように感じる。

今日も、訪ねたお宅の犬と遊んできた。
ワイヤーロープを2−3m横に張り、そこに垂らした綱につながれた犬は比較的広い範囲を横に移動できる。
こうすると、犬もストレスが少ないだろう。

昔、私が犬を飼った時には、地面に埋めた棒っ杭に巻きつけた短い綱で犬をつないでいた。
あれは可哀相だったなと、今ごろになって思っている。

楽しい一日だった。

2003/05/09 (金)  晴れ





生まれ育った所は、グルリを山に囲まれた片田舎。
「あの山の向こうには何があるのだろう」
そう思い続け、山の向こうを見ることに憧れて子供時代を過ごした。

山を越して、グルリ視界の開けた土地に暮らして20数余年になる。

果たして、子ども心に描いた幸せはあったのだろうか?

最近つくづく感じるのは、慌しく過ぎていく時間の無情。
何事も中途半端のままに、次に進んで行かねばならない無念が多過ぎるような気がする。

「山の向こうの幸せ」を思い描きながら暮らしていたあの頃、
同じ問いかけを内心に反復しながら、ゆったりと時間が過ぎていた。
それは、現実の平坦さにも関わらず、ずっしりと重みのある毎日であったことが、
今になってわかる。

今では、かつてに比べると比較にならないほど数多くのことをこなしながらも、
内面に積み重なる「想い」を撫でさすって確認するゆとりもない。
多くのことは闇に葬られ、無かったことにしなければ前に進んで行けない。

土を耕し、種を撒き、苗を植え込み、毎年同じようでいて同じではない年月の積み重ねをいとおしみながら暮らす、
そういう暮らしを存在させていた時代の意味を考え始めたのは、
単に、半世紀の歳を拾った私個人の感傷だろうか。

目新しいものや刺激的な出来事を求めてウロウロすることには倦み飽きた。
変わらぬもの、少なくとも変わらぬように思えるものを大切にする生き方こそ
「求めていた幸せ」だったかもしれないと思う時、
子どもの頃から親しんだ、チルチル・ミチルの「青い鳥」やカール・ブッセの「山のあなた」が
とてつもなく奥深い問いを私に投げかけてくる。

2003/05/08 (木)  曇り  ときどき  雨





最近、就職はしたけれど、はたしてその職が自分の適職かどうかで悩む若い人が増えているようだ。
「何か違う」「充実感が無い」「忙しいばかりで気持ちにゆとりが持てない」
そんな声がチラホラ聞こえてくる。

仕事って何だろう?
長い間、「就職はするもの」「就職さえできたら、仕事は覚えるもの(覚えさせらるもの)」「仕事は長く続けるもの」
と思ってきた。そして、大半の人はそのように生きてきたはずだ。

今の時代は、その昔とは社会状況は大きく違う。
けれども、こと『生きるために働く』ことに関する基本的な姿勢、心構えまで違って良いとは思えない。
どの頃からどのような変化が生じてきたのだろう?

このごろ「コーチング」という言葉を聞くようになった。
「管理職研修」として、社長や役員などのエグゼクティブなどが受ける研修のようだ。
アメリカでは、管理職が個人的に専属のコーチを契約して、
管理経営に行き詰まると電話でカウンセリングを受けたりしていると聞く。
そのコーチの内容は、経営戦略や人事管理の相談だけにはとどまらない。

管理職も悩んでいる。
部下も悩んでいる。
そうした悩む人たちの周囲にいる人たちも悩んでいる。

今の時代、管理職コーチだけではなく、
人々全てに「生きるためのコーチ」が専属に欲しい時代なのかもしれない。

2003/05/07 (水)  曇り  ときどき  晴れ





いつも、あわただしく出勤して行く。
今朝も、そうだった。

たまたま聞こえてきたニュースの交通情報によると、通勤路で事故発生。
混みそうな予感。
「今日も、あの近道で行こう」そう思った。

何の迷いも無く、その小道に侵入してしばらく走ったところで、
前方の空き地に数人の警察官と数台の車を発見。
「事故か?」と思いつつ通りかかると、
「はい、いまこの車が出て行きますので、そこに入ってください」と呼び止められた。

「この道は、この時間、交通規制の時間帯なのをご存知ですか?」
「え、そうなんですか?」とは言ったものの、一瞬のうちに全てを悟り腹をくくった。
心の声(えーっ、そうだったの?聞いてないよー!標識、あったっけ?)

確かに、車がすれ違えないほどの狭い道ではある。
近くに高校があり、そこの生徒がパラパラと登校するし、数は少ないけれど小学生や中学生も歩いている。

ずっと以前から知っていた道。
狭くて危険だから、通るのは止めようと思っていた道。
ところが、今年の4月に異動した職場に行くには便利な道。
最初は大きい道を利用していたのに、つい一週間ほど前からこの近道を通るようになっていた。

目先の利便に負けてしまっていたなぁ・・・反省。

「いくらですか?」
「7000円ですね」
ハァ〜ッ、これだけあれば、どれほどの買い物ができたことか・・・

暦を見ると、今日は仏滅だった。

2003/05/06 (火)  曇り     立夏





スズランが咲いていた。
そんな季節になったのかと、気がついてみれば暦は立夏。

車で通り過ぎる道の周囲に広がる田んぼは、すでに田植えが終わっている。
幼い苗は、まだ緑の色薄く、頼りなげに、まばらに立っている。

繰り返し、繰り返し、そしてまた繰り返し、
同じように見えて違う日々のつながり。
気楽に行こう、自分自身にそう呼びかける。

2003/05/05 (月)  晴れ       子どもの日





連休最終日。
どこにも行かない、何も特別なことをしたわけでもない、
なのに、「祭りのあと」のように軽い虚脱感。

黒があるから、白がより白く見える。
辛い時期があるから、楽しい時の大切さがわかる。
などと小理屈を並べなくても、
働いているからこそ、たまの休日が貴重に思えるという単純な事実。

風呂上りに、ベランダに出て一息つくと気持ちの良い季節になった。
向こうに見える街の灯りや国道を流れる車のライトを眺めていると、
下の公園で「キーキー、ギュルギュルギュル」と、聞き慣れない鳥の鳴き声。

♪よ〜るな〜くと〜りの〜 か〜なし〜さは〜♪
って、これは海辺の鳥の歌だった。

とはいえ、内陸の鳥だって、夜の鳴き声はもの悲しい。

2003/05/04 ()  晴れ





昨晩0:40〜2:11 NHK ETVスペシャル「美輪明宏・一番美しいもの」を観る。
話は、美輪さんの代表的な舞台「黒蜥蜴」の舞台稽古の模様をはさみながら進行していく。
今回の明智役は、高嶋政宏さん。

もう何年前のことになるだろう、私が「黒蜥蜴」の舞台を観たのは。
あの時の明智役は、名高達郎さん。
台詞の一つ一つが深く美しいことに感動して、黒い表紙の台本を買ってきた。

「物事を見る時に『あれは古いから新しいから』などという価値観ではなく、この世には『良いか悪いか』しかないのですよ」
という美輪さんの話に聞き入る。

確かに「古いか新しいか」は移ろいやすいもの。
いま新しいものは、一秒後には古いものへと変わってしまう。
『普遍なるものやこと』・・・やはり、そういうことなのだろう。
そこを見据えて物事を考えていけば、揺ぎない自己を確立できそうな気がする。

もう三十年も昔の話になってしまったけれど、市ヶ谷で三島由紀夫が亡くなった時、
世の中が大きく方向転換していく、そのタイヤの軋みを聞いたように感じたことを忘れられない。
今回、三島由紀夫と親交のあった美輪さんの話から、その周辺の事情を知ることができた。

半世紀生きてきて、うっすらと、それでも確たる認識ではなく薄らぼんやりと、
失われたものが見えてきたような気がする。
それは、三島由紀夫の美学に賛同するということではなく、
人々が「見据えなければならないものから目を逸らしているのではないか」という思いである。

「普遍なるものやこと」を意識しながら生きていると、「美しさ」に近づけるかもしれない。

2003/05/03 ()  晴れ   憲法記念日





今日は憲法記念日で祝日。
今年のゴールデン・ウィークは、土日に重なって、実質的にはお休みの日が少ない。

二年ぶりにフィットネスに行ってきた。
県の施設の中にあるフィットネスも、今日はガラガラに空いている。

連休ということもあって、各種イベントが開催されていた。
もうじき「子どもの日」を考慮してか、子供対象にNPO団体による遊びのコーナーもあった。
その看板を見ながら、ちょっと考えたことがある。

コーナーの看板に「昔の遊び」と書いてあるのだけれど、
大人にとっては郷愁をさそう懐かしいものであっても、
子どもにとっては目新しいものであるなら、
あえて、「昔の・・・」とはしないほうが良いかも知れない。

「昔」という言葉に反応するのは大人であって、子ども向けには必要のない言葉だと思える。
単に、「竹を使って遊ぼう」とか「きれいな紙で作ろう」とかのネーミングのほうが良いかもしれない。

ひとつの物事に関して、どの方向から見るかということは大切なことのように感じる。
竹馬・竹とんぼ・千代紙などでも、そこにあるものとして扱えば子どもたちにも受け入れられる可能性はあると思う。
昔の子どもが面白かったものは、今の子どもにとっても面白いはずなのだけれど、
それに触れる状況は、大きく違う。

「与える」のではなく、「そこに置く」という自然な提供の仕方で子どもに文化を継承できれば、どんなにか嬉しいだろう。


2003/05/02 (金)  晴れ  八十八夜





昨日、今日、さわやかな五月の風がふく。
団地サイズの鯉のぼりがハタハタと泳ぐ様子をチラッと横目にしながら、
駐車場で車に乗り込み、出勤する。

あゝ、なんという心地よさ。
こんな日もあるから、生きることを続けていける。
あらためて、命を実感する一瞬。

「時」を、ただ漫然と流してはいけない。
このところ、そんな思いが強くなっている。